16 幼なじみと答えあわせっ

家を出る前、いつもは『いってらっしゃい』しか言わない妹が今日に限って、俺を呼び止めた。

待ってと言ったくせに妹は特に何も言わずに、そっとポケットに何かを入れたのだ。


「…………。」


悠加はずっとずっと俺を見たまま待っている。

俺はポケットに手を突っ込んで、そこにあるの感触を確かめた。


「もしかして………さ…………」


俺はずっとごまかしてそらしてきた彼女の…………自分自身の感情にきりをつけようと震える唇をかみしめて、つぶやく。


「……………。」


悠加は返事をしなかった。

それどころか、相づちも、いつもはコロコロ変える表情を動かすことすらなく、おれを見つめていた。


「あの時の続き……しない?」


かなりの時間無言で見つめていた悠加は、さっきまでの厳粛な雰囲気はそのままに、そこにいつも通りの居心地の良さを混ぜてそう、言った。


「……いいのか、俺で。」


俺は痛いほど分かるその意味を、全身で受け止めながら、押し寄せる感情の波から、その一言だけを絞り出す。


「僕は、君で良いんじゃなくて、君が良いかな。」


立ち上がった悠加が、俺の座る石へと両手をついて、体を寄せるようにして、いつもの無邪気さからは想像もできない、恐ろしいほど妖艶に微笑んだ。


「…………アザス」


俺はもうなんて言えばいいのか全くと行っていいほどわからず、いいなれたその言葉に頼るしかなかった。


「…………。」


ほぼ生まれたときからの付き合いの彼女なら、分かってくれただろうか。

いや、今回だけは、この感情だけはさすがの悠加でも分からなかっただろう。


だって、俺自身がこの感情をのだから。


今まで気づかないように意識しないように、そっと蓋をしてそれが扉を叩くたびにキツく縛ってきた分、解き放ったときの溢れ出る量は、半端じゃなかった。


「行くぞ」


俺は、もうそれしか考えられない脳の中、焦るようにそう呟いた。


悠加の返答を待たずに、すぐそこにある彼女の唇へと自分の唇を重ねていく。


「ぬぅ」


チュパッ


作品の中みたいに『チュッ』という良い音は鳴らなかった。

初めてのそれは、すんごく不器用で、味わうにはあまりにも短すぎて、味も匂いも感触も分からない。


けれど、


「…………………ありがと」


俺と悠加の間に唾の糸が薄く引いていた。

それを拭おうともせず、彼女は呟く。


ーーーーただひたすらに、


「うん」


俺もしたは良いものとても恥ずかしく、彼女を見つめたままで目線だけをそらした。


ーーーー甘く、


「僕さ、今でも………今までずっと……」


悠加はここで言うしかないと、頬を赤く染めたままにそれを言おうとする。


ーーーー熱かった。


俺はその先を言わせぬと、もう一度彼女の唇を塞いだ。


「んぅ……!!」


悠加がいきなりのことで驚いたような顔で、惚ける中、俺は大声で、世界中の人々に聞こえるように精一杯、


「好きだっ!!!!!!」


叫んだ。

その瞬間、俺の声をかき消すように花火が上がる。


パァアアンと弾けたそのシンプルな花火を皮切りに、次々と色とりどりな花火が上がっていく。


「…ぁ…………」


上気して得も言われぬような、見たことがない表情をする悠加から目を逸らさず、花火に負けないように俺は言う。


「俺はそういうのに疎くて、その、今までこんな感情を持ったことはないんだけどさ…。」


恥ずかしい。

こんなことするようなキャラじゃないし、多分この先することなんて無いと思う。


だって…………ずっと隣りにいた彼女以外に、こんなことを言うことなんてありえないのだから。


「うん…。」


悠加は目尻に大粒の雫を浮かべて、頷いた。


「多分だけど、俺のお前を思う感情。この温かいのが、好きだと思うんだ…。」


そっぽを向きたくなるのを必死にこらえて、悠加の目を見つめたまま俺は続ける。


「うっ……うぅ……」


とうとう悠加は声を上げて泣き始めてしまった。


パァン、パァアアンと花火達は俺らのことなんて気にせず、爽快に打ち上がっていく。


周りのカップルたちは、それを見てうわぁなんて感嘆の声を漏らしていた。


彼らもこんなこっ恥ずかしいことを経ているのだろうか。


そう思うと今まで羨ましいとしか思わなかった彼らが、すんごい人たちに見えてくる。


「これからも色々迷惑かけるかもだし、気付かなくて忘れたりするかもだけど、俺と付き合ってくれませんか?」


俺は最後まで目を逸らすことなく、何とか言い切ることができた。


断られることは多分無い………と思う。

けど、やっぱり怖いものは怖い。


俺は彼女の反応を見るのが恐ろしくて、目を閉じてしまう。


「もちろんっ!!!」


でも、そんな心配は杞憂だったようで、聞こえてきたのはそんな明るい声と、花火の打ち上がる音だった。


このお話はまだまだ始まったばかり。

俺たちはこれから、“幼馴染”じゃなく、“恋人”として今後の長い長い人生を過ごしていくのだ。


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