第9話


 これが、君だよ。

 そう言ってウズメさんは言葉を締めた。

 いつの間にか辺りは強い西日に照らされている。

 太陽も海へ姿を投げようとしているところだ。

 私は何も言えない。

 暫く静寂がこの場を支配していた。


 人生で一番を争うようなヘビー級の情報量を、この一瞬で放出しないでもらいたい。

 でも何故か、理解することはできた。

 言葉の一つひとつが私の一部になっていくような、全て私が吸収しているような感覚。

 やっぱり血が、家系のそれっぽいものを引き継いでるのかもしれない。いやわからないけど。

 わからないけど、そういう感覚だと腑に落とす。

 そうじゃなきゃ見えない大きな衝動に襲われてしまいそうだった。

 だとしても、もう少し私の人生に伏線があってもいいじゃないか。というかあって欲しかった。こんな、壮大な答え合わせがあるんだったら。

 だって、信じられないじゃんか。自分は神様でしたって。何処のファンタジーだよ。転生した記憶なんて一ミリもないんだけど。


 ……でも、その大きなものを正面から受け止めてやる。

 私が今まで枯れていたのは、目の前を誤魔化していたから。

 フィルターをかけて背伸びして、見ないフリをしていたから。

 楽な方に足を入れて、そこで満足していた。自分のことを卑下することで、上手く生きられるような存在になった。"私"が吸われていることも知らずに。

 だから等身大で生きているウズメさんが羨ましかったし、輝いて見えた。

 彼女の生き方に嫉妬していた。


 こんな時までこんな表現しかできないなんて、彼女に言わせれば素直じゃないんだろう。

 だけど上手く生きようと演じてきた私は、こんな不器用な言葉しか出てこない。

 少女漫画の主人公のように、簡単に前を向くことなんてできない。他の人を思いやるような余裕なんて本当は持ち合わせてない。

 人を妬むし疑ったりもする。

 でもきっと、これが私だった。


「ウズメさんは、ずるいです」


 その背中に言葉を投げる。


「ん?」


 ウズメさんが体をこちらを向かせた。背後に夕日を連れたその顔は、こちらからじゃ影になってよく見えない。ストレートの黒髪が、風に乗ってきらきらと踊った。


「急に大人の顔してくるのがずるいです。子どもみたいに純粋な表情をするのもむかつきます。……でもそういうところ、嫌いじゃないです」


 一度大きく息を吸って空気を取り込む。今は、苦しくなかった。


「だから全部受け入れます。理屈じゃなくて、感覚で」


 ウズメさんは一瞬、ぽかんと間の抜けた顔をした。だけどすぐに眉を下げて笑った。


「もう……言ってること、めちゃくちゃじゃん……」


 そう言って目元を拭う。


「私もそういう素直じゃないところ、嫌いじゃないよ」


 嬉しそうに歪ませたその顔は、悪戯に成功した子どものようになんとも楽しそうで、薄暗くなってきたこの場でもちゃんとわかる。それが私の心を擽った。


「……、それはどうも。……あの、私、夢があるんです」

「脈絡ないなぁ」


 ウズメさんの小言は聞き流して、もう一度、彼女の目を見る。

 私の次の言葉を待っている。今か今かと前のめりになっている、真っ直ぐな目。

 だけど彼女はわかっている、次の私の言葉を。

 ウズメさんは、超能力が欲しいと言った。それが夢だと、語った。

 でも彼女はもう、持っている。それを超能力だと言うかはわからないけど。私をここまで変えてしまうような、力を。

 私から見れば彼女はとっくに、唯一の超能力を持っていた。


「私の夢は、もう一度、ウズメさんに逢うことです」


 そんな超能力者さんに、いつか来る未来の約束を贈る。それは同時に、自分に課せた無理難題なミッションだった。

 だけど不思議と、一度言ってしまえば大きな存在として、私の中で丁度いいように収まった。それがなんとも、心地よかった。


「……夢は叶えるもの、だよ。絶対叶えてね?私は、待ってるから」

「勿論ですよ。って、そこは普通、迎えに来てくれるんじゃないんですか」

「ほら、普通じゃつまんないでしょ?」

「……わかりました。じゃあちゃんと仕事してて下さいね。私、最後はウズメさんの雨が見たいです」

「っ、……結構時間掛かるんだよ?君の頼みだから聞いてあげるけど……。その代わり、何かご褒美頂戴ね?仕事に報酬はつきものなので! 」

「嘘つかないでくださいよ。色んな人のために雨降らせてきたくせに。……まぁ、今度会ったら、ですかね」

「ふふ。もう、素直じゃないなぁ……! 」


 楽しそうに地団駄を踏むウズメさんの様子に、どちらともなく笑いだす。

 なんだろう、この空気。

 告白の成功した直後みたいななんとも言えない絶妙な雰囲気。

 いやもちろん告白なんてしたことないしされたことなんてないけど。間接的に知っているそれに例えても差し支えないような、またはそれ以上の充実感が体の底から湧き出ていた。

 久し振りに声を出して笑った気がする。

 もしかしたら上っ面ばっかの会話だったかもしれない。綺麗事で満ち溢れていたかもしれない。


 だけど今。私は、一人前に幸せだった。


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