第5話


「……はぁっ」


 夢だ。

 体を起こして見渡しても見えるのは闇。手の平に伝わってくるのはさらさらとしたシーツの感触、黒に慣れてきた網膜が映し出したのは、いつもの私の病室だった。

 耳を澄ませなくたって自分の鼓動がはっきりと鼓膜に響く。

 手にはじんわりと汗が滲んでいた。


 何だ、今の。

 枕元のデスクに乗っている時計を見る。

 ちくたくと狂いなく時を刻むそれは、消灯時間から三時間位経過していることを示した。さっきまでのは、ちゃんと夢だ。

 それを確認して大きく息を吐く。まだ呼吸が落ち着かない。どくどくと速く脈を打つ鼓動がやけに大きく耳に響いた。

 あんなウズメさん、見たくなかった。

 たった二日前に出会った人だから、本性なんて知らない。それはわかっている。

 でもあんな子どもみたいに無邪気で世の中の汚れなんて知らない、なんて顔をしていたウズメさんの、まるで大人みたいな表情。

 怖いというより、不安が勝っているような。頭が理解を拒むようなこの感情を、今までの経験から答えを導きだすことはできない。

 それだけでも混乱しているのに、意味わからないことなんか言わないでほしい。

 なんだよ。私が死んだらこの星が滅亡する、なんて。

 私が世界を司っているとでも言いたいのだろうか。

 あの人のお伽噺に私を巻き込まないでほしい。


 頭があーだこーだとぐるぐる回る。

 動悸の治まる気配がない。

 少し経てば何もなかったように、落ち着いてくるかと思っていたのに。

 喉からお腹にかけて、何か大きなものがつっかえているみたいで呼吸が儘ならなかった。


「ぅっ、けほ、げほっ」


 おかしい。

 空気が器官に入ると直ぐ、体外に押し返される。

 空気がまるで吸えない。

 水の中で無理矢理呼吸をしようとしているみたいだ。こぽこぽと漏れていく酸素を求めるほど、苦しくなった。

 あぁ、やばい。苦しい。

 私はこのまま、死ぬんだ。

 予定より少し早いけど、ぼーっとしていられる時間のたった少しがなくなるだけ。

 それで全然いい。全く問題はない。後悔だってない、はずなんだけど。

 多分これは一瞬の気の惑い。

 薄くなる意識の中で、ベッドの横に手を伸ばす。

 一瞬、窓の外が目映いほどに白んだ。

 部屋の中で悲鳴をあげる緊急のアラーム。

 大きな振動と共に鳴り響く雷鳴。

 もし、私が死んで星が滅亡するのなら。

 まだ夢を叶えていないあの人を残して、死ねる訳ないじゃんね。

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