第3話


 最初は正直、この人はカウンセラーの人かなんかだと思っていた。

 今まで、にこやかな作り笑いをしながら近づいて来たお淑やかそうな女の人は、皆そうだったから。

 最初は当たり障りのない世間話から、段々私のこれからのこととか、今の私に同情するような内容になっていく。

 中には率直に延命治療を受けろとか、周りの言うことを聞け、とか。それだけ言ってくる人もいて、あぁ、仕事って大変なんだなぁとこっちが同情するようなこともあった。うんざりだった。

 でもこの人は…ウズメさんは、違う気がする。

 なんとなくだけど、そのふわついた直感はほとんど確信に近かった。


 昨日の別れ際に「またね」と言って去って行った彼女は、その言葉通りに今日も姿を現した。

 そうしてまた、昨日と変わらず自分のことを語った。


 自分のことを旅人だと言って、こんな風に飛ぶんだよー! と両腕を広げて見せる。それじゃあ鳥じゃん。

 語ると言っても、こんな感じのふわふわとした掴み所のないものばかり。

 じゃあ、普段何してるんですか?と訊けば


「アマちゃんの子守り」

「違いますよね」

「秘密!」


 中学生の私よりよっぽど子どもっぽい。なんとなく年齢を訊いたら、一応社会人だと胸を張って教えてくれた。こっちはあっさりなのか。よくわからない人だった。

「夢は~」と言うのが口癖らしくて、本を出したいだのホールケーキを一人で食べたいだのジェット機になりたいだのなんだのを、夢としてよく語っていた。鳥のように飛べるんじゃなかったのか。


「夢を語るのって恥ずかしくないですか」

「えー、なんで?」

「あんまり大それたこと言って叶わなかったら嫌、だし」

「でも言うだけタダじゃん?叶うか叶わないか、じゃなくて夢は叶えるものだよ。……あ!超能力を手に入れるのも私の夢です! 」

「……そーですか」


 そんな感じでずっっっと自分のことを話している。いや私は話すのが苦手だからむしろ助かるんだけど、やっぱりそういうところを見ているとカウンセリングをしに来ているようには思えなかった。

 そもそも一週間後に死ぬようなやつに何を説く必要があるのか。

 だとしたらこの人は、何が目的で私に話しかけたのだろう。


 次は何処に行こうかなーと嬉しそうににこにこ笑って、未来をみているウズメさんに、もしついていくことができたなら。

 もし、もっと早くこの人と出会っていれば、今はもう枯れている私の人生は、変わっていたのだろうか。もっと、"人生"を生きられたのだろうか。


「……ウズメさんは、私と居て何が面白いんですか」


 突然な私の質問にウズメさんは一瞬言葉を途切らす。だけど軽快な調子で、直ぐに続きを紡いだ。


「一緒に居たいかなんて、理屈じゃなくて感覚でしょ」


 そう言う顔は、当たり前だ、とでも言いたげに何も飾らず堂々としている。……そういうもの、なのか。


「キザですね」

「ピザはマルゲリータ派だよ?」

「それ誰得情報ですか」

「アマちゃん得」

「つまり無駄、と」

「な!?じゃあ私、なんと実は雨の精霊なんだよ!私が此処に居るから梅雨が来ないの。これ、アマちゃん得情報」

「いや急に爆弾発言しないで下さいよ。だったら今すぐ空に帰って下さい」

「わー、アマちゃんひどーい」

「私が酷いんですか! ?」


 この人とずっと居たら。

 ベンチに座ってるだけで寿命が縮むわ。


 だけど想像しただけで、胸が弾むのは確かなことだった。

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