08話.[それでいいんだ]

 八月になりもう十日を過ぎた。

 もう祭りの日となっているが、依然として俺はひとりだった。


「賑やかだな」


 食べ物を買って設置されていた椅子に座って食べながら見ているわけだが、子どもから大人まで変わらず楽しそうだった。

 彼ら彼女らが目の前のことや一緒に来た仲間に集中しているから独り言を言おうが全てスルーしてくれるから全く問題はない。

 ただ、やっぱりこれは普通に寂しいな。


「あれ、奥村先輩じゃないですか」

「ん? おお、西はひとりで来ているのか?」

「いえ、この前言った友達と来ているんです」

「そうか、じゃあ楽しめよ」


 花火を打ち上げる祭りじゃないからこれで帰ることにした。

 見られているわけじゃないのに自分のいる方を向かれるだけで突き刺さるから。

 それでも家に帰る気分じゃなかったから川でも見に行くことにした。


「落ち着くな、やっぱりこの場所は」


 昔みたいに入ってみることにした。

 中央まで行かなければ深くなることもないから安心安全だと言える。

 これが温泉だったら帰ってわざわざ風呂に入らなくて済むんだが。


「なにをしているんですか」

「おいおい、ひとりだと危ないだろ」

「ひとり寂しく会場から出ていくところが見えたので追ってきたんです」

「それはまた優しいな」


 寝転んだら綺麗な月や星が見えた。

 横には冷たい顔をした佐竹。


「風邪を引きますよ」

「そんなのどうでもいい、それより雄太とはどうなんだ?」

「夏休みに入ってから一度も会っていませんよ、連絡もしていません」

「まあそれは自由だからな」


 濡れない場所に移動して座り直したら彼女は横にしゃがんだ。

 それからこっちをなんとも言えない顔で見てきた。


「協力してやるよ」

「いちゃいちゃされたくないんじゃないんですか?」

「もうどうでもよくなったんだ。本命に振られた時点で終わっているし、それは自由だし、別に目の前で仲良くされてもなにがどうなるってわけじゃない――って、うわ!?」


 気づいて慌てて立ち上がったがもう遅かった。


「な、なんですかいきなり……」

「携帯の存在を忘れていたんだ……」


 なんで誰からも連絡がこないのに持ってきてしまったのか。

 ……嘘だ、俺は期待して待っていた。

 会場で会えば自然とみんなで行こうみたいな雰囲気になると思っていた。

 でも、会ったのは仲良くない西だけだし、友達と来ているみたいだったから邪魔することはできなかったんだ。


「馬鹿なことをするからですよ、あなたが集中しなければならないのは自分のことです」

「はは、キャッチしきれねえよそんな豪速球は」


 自分からしたこととはいえ濡れたから帰ることにした。

 もちろん忘れずにこの面倒見がいい人間を送ってからではあるが。


「風邪を引かないでくださいね」

「そっちもな、それじゃ」


 ぽたぽた水滴を垂らしながら歩くとか馬鹿すぎる。

 本当に極端な人間だ、佐竹は俺のことをよく分かっている。

 でも、最低限の常識はあるつもりだからそこまで絶望する必要もないだろう。


「ただいま」

「おかえ――ま、まさか誰かに襲われて!?」

「違うよ、あの川に行ってきたんだ」

「あの川……ああ、奈々ちゃんとよく行っていたところだよね」

「ああ、あそこは高橋云々を抜きにしても好きな場所だから」


 なんて言っている場合じゃなかった。

 一生懸命に拭いて確認してみたが電源は点かないまま。

 この状態で充電器をさすのは勇気がいる行為だ。

 下手をしたら火事に、なんてこともありえるかもしれない。

 防水能力は年々上がっているみたいだが……。


「ええいっ!」


 このままにしてはおけない。

 勇気を出してさしてみた結果、


「なにも反応ないから壊れてんな……」


 充電が切れているだけだった、なんてこともなく答えは沈黙だった。

 自分の馬鹿な行為でこうなってしまったわけだから大人しく吐いて謝罪をした。

 修理費用はかかるし、小遣いはいらないと言っておく。

 あとは夜ご飯作りは俺がやるからやらなくてもいいとも。


「父さん、必要ないからもう解約でいいよ」

「は? それだと困るだろ?」

「大丈夫、違約金だって払えるぐらい貯めてあるからさ」


 二万はいかないだろうし、それを払ってもラーメンを食べに行くぐらいの余裕はある。

 だから雄太が誘ってきたら付き合えるし、違う人間が誘ってきても問題はなかった。

 つか、こんなのがあるせいで期待を捨てきれなかったんだと思う。

 学校では無理でもこれで遅くまで会話することができてしまっていたから。

 だから違う異性が好きな異性を好きになってしまったりしたんだ。


「本当にいいのか?」

「おう」


 環境だけ小学生時代に戻してしまえばいい。

 まあ戻せるのは携帯をなくすとかそういうことだけではあるが。


「よし、それなら他県に飯でも食いに行くか」

「なんで急に?」

「だって出かけたかったんだろ?」

「はは、そういえばそうだったな」


 もうすぐ夏休みも終わる。

 確かに終わる前にそれが叶うのはいいことだった。




「佐竹、そろそろ動こうぜ」

「余計なお世話です」


 学校が始まってから毎日彼女の教室に通っていた。

 だが、もうずっとこんな調子で前に進めていないことになる。


「お、いた」


 救いなのはこうして佐竹といると自然と雄太が来てくれることか。

 まあ、彼女に用があって来ているわけではないみたいなのが問題ではあるが。

 それを見ているからこその反応なのか?


「まったく、場所を変えるにしても言ってからにしてくれ」

「アホか、逃げているのにわざわざ言ってからそうする奴はいないだろ」

「避けないって言ってくれたはずなんだけどな」


 あ、そういえばそうだった――って、結局逃げてないしな。

 俺は無視をしたことなんてないし、それをできるような強さもない。


「雄太さんはしっかりこの人を見ておいてください」

「そうしたいんだけどすぐに教室から消えるんだよ」

「首輪をつけて鎖で繋いでおいた方がいいんじゃないですか」


 やっぱり西と彼女は違う、西は大人しすぎる。

 でも、これぐらいのメンタルでいられた方が絶対にいいから真似をするべき人間と言える。

 そっちも一緒にいられるように動かなければならなさそうだ。


「お、それはいいな。航犬、ほらお手」

「航犬じゃないけどほい」

「はははっ、意外とノリがいいよなっ」


 西を見に行ってみたらいまはひとりでいるみたいだったから無理やり連れてきた。

 無表情で冷たそうな先輩を紹介しておく。


「西も佐竹ぐらいになれるといいと思うんだ」

「そ、そう言われても……全く知りませんから」

「こう、ときに冷たく、ときに優しくができる人間かな」

「余計なお世話です、西さんはこの人といないことが一番自身のためになると思います」


 西が堂々とこのふたりと関われるようになったら去るから安心してほしい。

 あと、雄太ともっと仲良くなれていなくても勝手に付き合い始めそうな雰囲気を出し始めたらそこで俺の役目は終わりだ。

 で、残念ながらそれはいつくるの? という状態になってしまっているのが問題で。


「西さんは高橋さんと仲がいいんですよね?」

「どうでしょうか、たまたまひとりでいたところで声をかけてくれただけですから」

「でも、ずっと続いているんですよね?」

「……毎日夜になるとやり取りをしたりするので確かにそうかもしれません」


 おお、こうやってすぐに変われるのは羨ましいな。

 少し前までなら仲良くないと断言していたところだった。

 下手をしたら同情でいてくれているだけとか言い出しかねないぐらいだ。

 だけどいまはそうじゃなかったということになる。


「いいですね、私でもそんなことができる人はいませんよ」

「そうなんですか? ここにいる奥村先輩や藤川先輩とは……」

「ないですね、片方は連絡がないからって解約をしてしまうような人ですし」

「それなら藤川先輩は……」

「同じくダメダメです、文字を打つのが面倒くさいとか言い出すんじゃないですかね」


 雄太は「直接話せる環境が整っているんだから必要ないだろ?」とか言い出しやがった。

 うわこいつ……そりゃなにも進展しないわけだ。


「ラーメンばかり食べているからふたりともそういう思考になるんです」


 それはラーメンを愛している人間に失礼な発言だ。

 ラーメンが悪いわけじゃない、たまたま食べていた奴の脳が残念だっただけだ。

 酒と同じでそれに罪はないんだよ。


「あ、そういえば美味しかったです、また行きたいぐらいですよ」

「おっ、それなら行くか!」

「藤川先輩達がいいなら、ですけど」

「いいに決まっているだろっ、航だって西ちゃんのことをなんか気に入っていたしな!」

「「「に、西ちゃん……?」」」


 が、雄太はそれをスルーしてもう行く気満々になってしまっていた。

 当たり前か、ラーメン大好き男の前でそんなことを言ったらじゃあ行くかってなってしまう。

 でも、西が楽しそうだからこれでいいんだろう。

 俺がなにかをしなくてもやはり勝手に前に進んでいくんだ。

 ただ、ここが仲良くしすぎて佐竹がやきもきするような展開にはならなければいいと思った。

 ん? いやっ、逆にそれで燃えてくれればもっと前に進める気がする!

 それでも、佐竹にその気がなければ意味がない話だから黙っておく。


「奥村先輩とおふたりはなんだか違う感じがします」

「ん? まあそうだな、俺とふたりは全然違うよ。だからこそ、このふたりのアホさが大きくなってくるわけだけど」

「はあ!? アホなのはあなたじゃないですか!」

「そうだぞこのアホ航!」

「うるせえ! 俺と敢えていようとする人間はアホなんだよ!」


 くそ、このふたりのせいで俺らしくを貫けないのが残念だ。

 一応頼れる先輩的なポジションでいたはずなのに残念なところばかり西に見られてしまっているのが普通に悲しい。


「え、じゃあ私もアホって――」

「西は違うから安心してくれっ」

「は、はあ、ありがとうございます」


 わーわーうるさいふたりを黙らせて腕を組んだ。

 似たような発言、語彙力だからやっぱりお似合いなんだこのふたりは。

 だから、さっさと付き合っちまえと内で思い切り吐いておいた。




「いらっしゃいませー」

「五人で」


 案内された席に座って窓の向こうを見ていた。

 ここはメニューが少ないから悩まなくていいのはいいことだと思う。

 だが、


「なんで高橋がいるんだよ……」


 これ、これが気になって仕方がない。

 意図的に佐竹と雄太を並ばせたわけだが、その間に空気を読まず座りやがった。

 西はこっち側に座って少しだけ落ち着きないような感じがする。


「言ったでしょ、一緒にいられないと嫌だって」

「……阿部には言ったのか?」

「うん、ちゃんと言ってきたよ」


 無駄に抵抗するのは馬鹿らしいから雄太をこっちに連れてきて高橋の横に西を座らせた。

 ここからは同じだ、女子が多いというだけで基本は変わらない。

 雄太がまとめて注文してくれたからくるまで待って、きたらずずずと食べて。

 長居はしないルールだからそうしない内に会計を済ませて外に出た。


「航、もう逃げたりしないでくれよ?」

「意味ないからしないよ、それに西のためにもならないしな」


 俺みたいになってほしくないのに年上が率先して逃げてどうする。

 それにいまはいいが、引き止めてもらえる前提みたいな感じで逃げているのにそれがなくなってしまったら怖いから。

 そうしたらいよいよひとりになってしまうからもうできない。


「じゃ、今日はありがとな、俺はここで帰るわ」

「は――」

「じゃあな」


 自分勝手、自己中心的とはこういう人間のことをいうんだな。

 これに比べれば俺のそれなんて可愛すぎて仕方がないぐらいだ。


「私も帰るよ、なんか明浩くんに会いたくなっちゃって」

「……もう好きにしてくれ」


 残された俺達にできることは多くない。

 一緒の方向へ向かうのに別行動をする意味が分からない。


「あ、こっちなので」

「あ、送るぞー……」

「大丈夫です。今日はありがとうございました、楽しかったです」

「そうか、それならよかった」


 西が別れたことによって佐竹とふたりきりになった。

 本当だったら雄太とこうさせるつもりだったのに分かって避けられているみたいだ。

 しかもいつも通り冷たい顔だから話しかけづらいという……。


「本屋さんに行きませんか?」

「分かった」


 実は家の近くに小さい本屋があったりする。

 人気ではないからいつ潰れてもおかしくはない感じだが、それでも潰れたら悲しい気持ちになる気がした。

 小さい頃はよくここで漫画を買ったりしたから。


「どうぞ」

「は?」

「また読書をする毎日に戻してほしかったんです」


 もう苦手とか自分に似合わないとかそういう風には考えていない。

 だけど人から借りた本はこの前みたいなリスクがあるからちょっとな……。


「あと、わざわざ新品を買ってきてくれるなんて思いませんでしたよ、物を雑に扱う人ではないことは知っていましたけどね」

「だってあれは佐竹のだったからな、曲がったまま返したら駄目だろ」

「……そういうあなただからこそ本を読むことを好きになってほしいんです、大切にできる人なんですから」


 人として当たり前のことをしただけだが嫌な気持ちにはならないことだ。

 それに面白くて寝落ちした結果でもあるんだからまた読むのも悪くはないかもしれない。

 いや、ここで抵抗するとこれに集中しそうだから受け取らなければ駄目だった。


「ありがとな」

「いえ、元々劣化が酷くなってきた気がして、買い直そうか悩んでいたところだったんです。そんなときにあなたが買ってきてくれてありがたかったわけですからいりませんよ」


 それじゃああの元の本には悪いが丁度よかったことになるのかね。

 全部が全部悪いことに繋がることばかりではないということか。

 同情で紹介された西と出会えたのもそう、全然悪いことばかりじゃないぞこれ。

 やっぱりある程度の余裕がないとこういうことにも気づけないから気をつけなければならないようだ。


「たまたま近くに売ってたんだ」

「ふふ、嘘つきですね」

「は、はあ? 嘘じゃないよ」

「レシートがそのまま入っていましたし、本を貸してからはずっと慌ただしかったですからね。放課後の教室で寝ていることが好きだったあなたがすぐに帰っていたぐらいなんですから気づきますよ普通に」

「そ、それはあくまで佐竹の――」


 彼女は小さい手でこっちの腕を掴みつつ「梓でいいですよ。というか、もっと早く呼んでくるものだと思っていましたけど」と言ってきた。


「雄太が好きだと知っているのに呼ぶわけがないだろ」

「まあ好きですけどね」

「だったら――」

「帰りましょう、早くそれをあなたに読んでもらいたいですから」


 ……当たり前のように送って帰るかとなったときのこと。


「あなたこそもっと積極的に来てください」

「俺と佐竹は十分一緒にいるだろ」

「そうですか? 私的には避けられているように感じますし、全然足りませんけどね」

「……分かったよ、じゃあな」

「はい、待っていますから」


 最近と違ってひとりなのに寂しい感じがしなかった。

 結局俺は欲に負けて雄太や佐竹――梓、西といてしまうんだ。

 言葉とは裏腹に期待してしまっている。


「ふっ、まあいいか」


 別に死ぬわけでもねえ、来いと言われているんだから迷惑をかけるわけでもねえ。

 寧ろ行ってやるか、ぐらいの気持ちでいればいいんだ。

 そりゃいつかは終わるだろうが、いまはまだ続いているんだから。

 関わってくれている人間を信じて堂々としていればそれでいいんだから。

 幸い、いまのメンタルならそれができそうな気がしたのだった。

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