07話.[気持ちが悪いし]

「奥村先輩、少し相談したいことがあるんですけどいいですか?」

「おう、どうした?」


 これは誰か気になる人間ができたというパターンでは?

 佐竹から雄太が好きだと聞かされたときと同じだから不安になる。


「最近、話しかけてきてくれる同性の子がいまして」

「お、いいことだな」

「でも、正直なにを話していいのかが分からないんです。ほら、私は基本的に奥村先輩から話しかけられて答えていただけじゃないですか」


 なにを話していいのかが分からない、か。

 そんなことを考えたのは高橋相手に自覚してからすぐの頃しかないな。


「授業の話とかでいいんじゃないか?」

「授業の話……、難しいとかそういうことですか?」

「まあな、そこから話題を変えていってもいいと思う」


 まずは相手にいっぱい喋ってもらうのもいいかもしれない。

 どういう理由で近づいて来ているのかを知ることができるし、その中で自分の興味がある話題も出てくるかもしれない。

 だからこうやって逃げてきてしまっているのはいけないことだと言える。


「なんでここに来たんだ? どうせならその同性の子といればよかったんじゃないのか?」

「どうすればいいのか分からないから奥村先輩に聞こうと思いまして」

「あれだぞ? そういうことに関しては高橋を頼った方がいいぞ」


 それに一生懸命探したのに見つかりませんでした~みたいなことにもならない。

 トイレと移動教室のとき以外は教室にいるからすぐに話すことができるし。

 年上が存在している教室に入りづらいということならアプリでも使用すればいい。

 間違いなく高橋だったら喜んで相談に乗ってくれることだろう。


「最近は、というか、ずっと近づきにくいんですよ」

「高橋に? それはよく分からないな」


 同性の彼女が気にする必要はないと思うが。

 彼女は頭を掻きつつ「私とは真反対の人なので」と教えてくれたが……。


「明るすぎる人の近くに行くと眩しくて嫌になるんですよ」

「眩しく感じるのは分かるわ」

「ですよね、それに足を引っ張りたくないので」


 ドライというか怖いのかもしれない。

 怖いからこそどうでもいいという態度を装って過ごしている可能性がある。


「よし、行くかっ」

「え、あの、話……聞いてくれていましたか?」

「自分が微妙だからさ、関わってくれている相手にそんな風になってほしくないんだよ」


 押し付けになってしまうがまだまだ時間はあるんだからこのままではもったいない。

 恋云々とかではなくて学校を楽しめるようになってほしかった。

 楽しくても嫌でも三年までいなければならないんだからどうせなら楽しい方がいいはずだ。

 クラスにひとりだけでも話せる人間がいたらかなり楽になると俺も知っている、だから彼女にもそうであってほしいということになる。

 文句を言いたいなら高橋に言ってほしい。

 だって俺は昔からこういう人間だから。


「高橋、ちょっといいか」

「え、珍しいね」

「西のことで相談があってさ、いま大丈夫なら廊下に来てくれ」

「分かった」


 廊下で待ってもらっていた西に会わせて、話すのは本人に任せた。

 結局頑張らなければならないのは彼女だから俺が出しゃばったら駄目だ。


「うーん、難しいかもしれないけど寿子ちゃんは難しく考えすぎなんじゃないかな」

「難しく……ですか?」

「うん、私の場合はごちゃごちゃ考えると駄目になるからまず相手の子の話を聞くことに専念するんだ。でも、それがいい方に働くというか、うん、私にはそれが合っているんだ。だからまずはそれぐらいの感じで接するのもいいんじゃないかな」


 難しいが真似できないことではないと思う。

 とりあえず聞いて、それに答えていく形でも会話というのは成り立つから。

 逆に聞かれたとしても、たったその質問に答えるだけなら不慣れな人間でもできる。

 それもまた俺もそうだったから西にできないわけがないんだ。


「変えたいならそうやって動くべきだと思う」

「そう……ですか」

「うん、私はひとりになるのが嫌だからそこはいっぱい頑張ったよ。私だって怖いときはあるけど、怖がっているばかりじゃいい方には傾いてくれないからね」


 この感じを見るに、上手くできないから諦めていたというだけなんだろうか?

 本当は周りの人間みたいに誰かといたかったのかもしれない。

 どうでもいいならこんな顔はしない。


「いま言えるのはこれぐらいかな、困ったらいつでも私やこーくんを頼ってくれればいいから」

「はい、ありがとうございました」


 なんでいちいち戻したんだか。

 昔を思い出してしまうからと離れたのにあっという間に物理的に戻ってきやがった。

 結構わがままなところがあるからこれはもう彼女らしいと褒めるしかないところではある。

 自分が欲しい物を手に入れても、あれもこれもと欲張るのが高橋奈々という人間で。


「奥村先輩、私、少しだけ頑張ってみます」

「おう、一緒に頑張ろうぜ」


 とりあえずは夏休みが始まるまでの間だけ頑張ってみればいい。

 そこから一ヶ月程度空くからどうすればいいのかを考えられていいだろう。

 実践できないのはあれかもしれないが、そういう期間がないと頑張ろうとしすぎて上手くいかないかもしれないから。

 多分いい方に傾いてくれるはずだった。




「一緒に頑張ろうって俺はなにも頑張ってねえじゃん……」


 テスト勉強を真面目にやるなんてそれは当たり前だから頑張っているとは言えない。

 そもそも俺は目標すらないのに無責任な発言をして後悔している。


「航――」

「ストップっ」


 今日は佐竹ひとりだったが当たり前のように雄太も来るから止めるしかない。

 やっぱりこうして放課後の教室でごちゃごちゃ考え事をしているとこうなるから危険だ。


「あ、もう動いていいぞ」

「なんで私は止められたんです?」

「……雄太といちゃついているところを見たくなかったんだよ」


 佐竹と会話をするのは久しぶりというわけではない。

 挨拶をしてくるし、こうして近づいて来るから逃げられなくなっているのもあった。

 高橋と同じでなにかを手に入れてもそっちもとなってしまうのかもしれない。

 まああれだ、好かれているわけではないからその点だけはいいわけだが。


「最近は一年生の子といるみたいですね」

「ああ、西って子な」

「高橋さんをきっかけに知り合ったんですよね?」

「そうでもないと後輩と関わる機会なんてないよ」


 結果的にこうなっているだけで異性とだけ関わりたいというわけじゃないから。

 でも、俺は大きいくせにメンタルがクソ雑魚だから一緒にいてくれればありがたいわけで。

 あと、異性の方がやっぱり攻撃的な人間が少ないからその方がいいと言える。

 中には佐竹みたいに言葉で突き刺してくる人間もいるだろうから一概には言えないかと片付けておいた。


「つか、本当によく知ってるな……」

「私、耳が結構いいんです、この教室付近に来ることは多いですから聞こえるんですよ」

「もうそれを活かせる職に就いた方がいいぞ」

「私は大学に行くつもりですし、調理ができるお仕事の方がいいです」


 そういえば進路のことをなにも考えていなかった。

 大学に行きたいなら行けばいいと言われているが、特に学びたいこととかもない。

 就職に関しても分からないことが多すぎて先延ばしにしたままでいる。

 そろそろ考え出さないといけない時期だから去年と同じようにはできない。


「決まっていていいな」

「調理をする機会は多かったですからね」

「なるほど、そういうのも格好いいな」

「現時点ではあくまで我流です。でも、しっかり学ぶことができれば変われるはずですから」


 が、残念ながらこっちにはそういうのもないと。

 よし、決めるのはどうせ来年の自分だからそっちに任せよう。

 とりあえずは夏休みを楽しもう。


「もうこの話は終わりにしよう、なにもない俺には突き刺さりすぎる」

「なんでも極端な人ですね」


 それは仕方がない話だ。

 細かく調整することができない、所詮は逃げることしかできない人間だ。

 変わることを恐れているのは俺だと言える。

 だからやっぱり西にはこんな感じになってほしくなかった。

 偉そうだとしても気にせずに言わせてもらおうと決めた。


「その子はどういう子なんですか?」

「佐竹と同じで敬語で話す子だな、まあ佐竹と違って一年生だからってのが大きいと思う。あとは暗いようで暗くない、ドライなようでそうじゃない、誰かといたくないようで誰かといたがっている子だ」


 ここにいる佐竹とよく似ている。

 慣れてきたら痛いところを突いてくるようなこともあるかもしれない。

 そのときも関わってくれているのであれば、俺は彼女のときと同じくもっともだとか言って流すんだろうな。

 あれは正論だからたまに逃げたくなるぐらいの威力があるときもある。

 それでも本当にありがたいことだから後輩だからとか気にせず言ってくれればよかった。

 年上の俺を相手にそれができれば同級生と楽しく過ごすことなんて余裕だと思うから。

 難点があるとすればそこまで関わってくれるかどうか、ということだ。


「もし関わることがあったら優しくしてやってくれ」

「はい、あるかどうかは分からないですけど」

「でも、その前に佐竹は雄太に集中してくれればいいから」


 ただ、最近は来るときもひとりで来ることが多かった。

 雄太も佐竹もそう、もしかしたら雄太になにかを言われているのかもしれない。

 だけど悪いことじゃない、別にふたりのことが嫌いというわけじゃないからだ。


「……余計なお世話です」

「はは、そうかい」


 言いたいことも言い終えたし、やりたいこともそもそもないから帰路に就くことにした。

 彼女は図書室に寄っていくということだったからいつも通りの、ひとりでの帰路となる。


「寧ろ俺といない方がいいなこれ」


 これはマイナス思考と言うよりも冷静になってみたら、というやつだ。

 丁度よかった、目の前に夏休みがあるからそれでリセットしてしまえばいい。

 連絡先とかを交換しているような仲ではないから会うことは絶対にないし。


「ただいまー」


 まだ昼だから頑張る必要もない。

 ただ、あれを聞いた後になにもしないというのは問題だから夜ご飯は作ろうと決めた。

 俺だってなにも手伝いをしないで過ごしているわけではないから。




「――ということになりました」

「そうか、上手くいっているならよかったな」


 終業式も終わって帰ろうとしたら廊下に西が立っていて関わらず、とはできなかった。


「夏休みは遊ぶ約束をしているんです」

「じゃあもう友達なんだな」


 やっぱり女子ってこういう点がすごいな。

 すぐに誘ったり、名前を呼んだりすることができる。


「え、あ、そうなんですか? 私は誘われたので特に予定もないですから受け入れただけです」

「まあ最初はそんな感じでいいよ」


 そこで受け入れられた時点で前に進めているってことだしなにかを言う必要はない。

 誘われたのに断ったということなら俺は言わせてもらったが。


「それじゃ、初めての夏休みを楽しめよ」


 俺は俺で歩いたり、海に行ったり、祭りに行ったりして楽しむつもりでいる。

 もちろんひとりだ。

 彼氏持ちの高橋は誘えないし、この夏を使ってもっと仲良くなりたい佐竹の邪魔はできない。

 そうなると一緒にいてくれる存在はいないから仕方がないんだ。

 あとはとてつもなく余る時間をどう上手く使うかということ。

 家事手伝いや課題などをしたとしても普通に余ってしまう。


「こーくん、川に行こう」

「別にいいぞ」


 川と言えばここ、と決めている場所があった。

 昔はよくここで泳いだりして遊んだもんだ。

 彼女は靴と靴下を脱いで入っていたりもした。


「どうした?」

「……なんかちょっと寂しくなっちゃって」

「夏休みだぞ? 毎年終業式の日はハイテンションだっただろ」


 そのときに呼ぶ名前がこーくんから明浩くんに変わっただけだ。

 俺からしたらいつも通りの夏だからハイテンションにも暗くもならない。


「……こーくんから高橋って呼ばれるようになってからずっとこんな感じなんだよ」

「だけどそれは仕方がないだろ、阿部からしたら引っかかるだろうし」


 彼女が好きな阿部のことをなにも知らないからこれすら余計かもしれないが。

 実は滅茶苦茶寛容な人間かもしれない。

 最終的にちゃんと戻ってきてくれればいい的な思考の持ち主かもしれない。

 まあでも、変に敵視されても嫌だから俺はこれを貫けばいい。

 正直、寂しかろうがだからなんだと片付けられてしまうことなんだ。

 こっちの言うことは聞かないのに相手には聞かせるなんてそんなのありえない。


「あと、こーくんは私を避けるようになったでしょ?」

「避けてるんじゃない、空気を読んでいるんだよ」


 本命に振られたいま、恋愛とかどうでもいいと思っている。

 あ、もちろん馬鹿にしているとかではなくて、誰かが好きな人ができてその相手と仲良くしようと頑張れている人間は素晴らしいとしか言えないということだ。

 見えていないところでやるならどうぞご自由に、ということ。


「昔を思い出して駄目なんだろ? だからもう一回頑張って阿部や他の人間といることだけに専念しろ」


 まったく、俺はこれからの予定を考えなければならないのにいい迷惑だ。

 今年の夏は調理技術を高めるために練習しまくるのもいいかもしれない。

 できるようになれば両親だって喜んでくれるし、作った物を食べてもらって美味しいと言われたら嬉しいから間違いなくいい環境になる。


「ただいま」

「おかえりー」

「は? なんでいるんだ?」

「少し早めの夏休みかな、つか、昨日休みだって言ったけどな」


 リビングで長時間一緒にいたのに全く頭に入っていなかった。

 今年の夏は両親に少しずつなにかをして返していくことに集中しよう。

 出かけたりすることもできるが、それにしても限度があるから。


「父さん、なにかしてほしいことってないか?」

「ないな、俺が航に求めることは元気よくそこにいてくれることだから」

「なんかないのかよ、ふたりにはいっぱいしてもらっているのに俺はなにも返せていないぞ」

「当たり前だ、そんなすぐに返せるわけがない。そもそも、返してもらおうとなんてしないからずっとその機会はこないぞ」


 じゃあやっぱり俺にできることはご飯作りくらいか。

 それならそれで頑張ればいい、ここで放棄してはいけない。


「そういえば最近、奈々ちゃんも梓ちゃんも来ないけどどうしたんだ?」

「高橋は他の異性と付き合い始めたし、佐竹は雄太のことが好きだからな」

「はっ? それは本当かっ!?」

「嘘をついても仕方がないだろ」

「……ということはもう天使みたいなふたりが来てくれることはないのか……」


 そんなもんだろ、寧ろよくここまで続いたよ。

 極端な思考をする割に離れることを選ばなかったからこそだと思う。

 まあそれが関わってくれていた人間にとってよかったことかは知らない。


「天使はともかくとして、確かにいいふたりだったな」

「おいおい、振られたからどうでもよくなっちまったのか?」

「少なくとも恋だなんだは俺とは関係なくなったな」


 なんで好きな人間がいる異性を好きになってしまったのかって話だ。

 手に入らない存在相手の方が燃えるとか?

 もしそうだったとしたらかなり気持ちが悪いし、結局なにもできていないんだから無駄だとしか言いようがない。


「ということで、夏休み中に休みをとれる日はないのか?」

「あるよ、毎週必ずどこかに休みはある」

「じゃあそのときにどっか行こうぜ、このままだと暇死するからな」

「分かったよ、悲しい息子の相手をしてやらないとな」


 別に悲しくなんかないぞ。

 何故なら結局なにも変わってないからだ。

 だから俺は同じように前を見て歩いていけばいい。

 足を止めることがあってもずっと留まるわけじゃないから構わない。

 とにかく元気なままならそれでよかった。

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