06話.[祝ってやるから]

「なんか可哀想だから私の友達を紹介しておくね」


 割り切った後じゃなかったら間違いなく精神的に殺されていた。

 こんな酷い人間だっただろうか。

 ……やっぱり好きだということに気づいておきながら阿部くんが阿部くんがとアピールしてきていたのかもしれない。


「あー……高橋のせいで悪かったな」

「いえ、気にしないでください」


 せめて同級生を連れてきてくれよ……。

 一年生だから敬語でも無理はないが、佐竹と被っていちいち引っかかる。


「それにどうせ暇ですから」

「え、それはどうなんだ……?」

「はい?」

「いやほら、せっかく高校に入れたんだから――」

「そんなの関係ないですよ、結局高校なんて最低でも高卒資格が欲しいから入学しただけですからね」


 おう……これはまた高橋の友達としてはすごい感じだった。

 明るさMAXの高橋に対してこの子はドライというか……。


「だから利用したいならしてくれていいですよ、私はどうせ暇ですから」

「いや、利用なんかしないよ」

「そうなんですか?」

「えぇ、俺ってそういう人間に見えてるのか?」

「いえ、あなたのことはなにも知りませんから」


 まあそりゃそうだろうなと。

 とりあえず悪い子ではなさそうだったから自己紹介をしたら西寿子ひさこと返してくれて安心した。

 そこはまあ高橋の友達なわけだから怖い人間なわけがないしな。


「西、もう少しぐらい明るい方に考えないか?」

「うーん、そう言われても私はずっとこうでしたから」


 なんであの高橋といてこういう風になるのか。

 それとも今年から出会っただけであまり仲良くないということなのか?

 なんか心配になるな――って、そうじゃない。


「西は好きな男子とかいるのか?」

「急に踏み込んでくるんですね」

「悪い、俺の友達がそうだったからさ、もし好きな人間がいるのなら近づかない方がいいなと思って」


 もう恋愛対象として見ているとかそういうことではない。

 もう嫌なんだ、仲良くしていた友達が違う異性といちゃいちゃし始めるところを見るのは。

 長く一緒にいたのになにもないまま遠いところに行かれてしまうのは嫌だった。


「いませんよ、これまで一度も異性を好きになったことはありません」

「じゃあ同性か?」

「そもそも恋をしたことがないです」

「そうか、教えてくれてありがとう」


 しかし……慌てることなく、怒ることもなく対応できるなんて大人だ。

 普通こんなことになったら嫌な顔をしてもいいぐらいなのに。

 まず間違いなく佐竹だったら冷たい顔をしていただろうし、高橋だったら空気を読まずこれはなんの時間だとか聞いているところだった。


「興味があるんですか?」

「それはまあ男としてな」

「そうなんですか」


 ……全く知らない後輩のことを狙っていると思われたら嫌だぞ。

 いや、そういう目で見られないということじゃない。

 ただ単に興味がないだけなのかもしれないが、こうして普通に対応してくれているだけでも俺からすればありがたいことだったから。

 でも、やっぱりこういう形だと恋に興味がありすぎて友達に頼ってしまった哀れな人間、みたいになってしまうから不味いんだ。


「か、勘違いしないでくれ、高橋が急にああしてきただけなんだ」

「そもそも可哀想ってどういうことですか? 奥村先輩は高橋先輩といたわけですし、ひとりぼっちだった、ということではないですよね?」

「あーまあ……」

「もしかして高橋先輩のことが好きだったけど振られ――すみませんでした」

「い、いや、謝る必要なんかないぞ……」


 まああの無様なところを見られていたわけではないのが救いか。

 もうこうやって言い訳をすればするほど怪しいし、なんか失礼な気がしたからやめた。

 ここで必死になられても西からしたら嫌だろうしな。


「悪かった、嫌なら離れてくれればいいからさ」

「嫌じゃないですから安心してください、でも、とりあえずはいまはこれまでですね」

「そうだな、相手をしてくれてありがとう」

「なんですかそれ」


 少なくとも一ヶ月ぐらいは他者といちゃいちゃしているところを見ることはなさそうだからありがたいんだ。

 これからは教室から逃げるどころか、あのふたりを見ないようにするために三階から逃げなければならなくなるから彼女の存在は必要だった。

 いやまあ、いちゃいちゃしてくれなければ同性でもいいわけだが。


「どこに行ってたんだ?」

「あなたには関係ありません」

「お、おいおい、まさか佐竹さんの真似か?」

「いい加減名前で呼んでやれよ……」


 なんでこいつはそうなのか、なんでここまで無自覚に贅沢な人間なのか。

 いまは引っ付いていなかったが、引っ付いた状態でこれだったら発狂していた。

 だから正直名前で呼んでいる、呼んでいないことよりもそれでよかったと思った。




「よ、よう」

「こんにちは」


 二階の廊下で西と出会った。

 正直に言うと物凄くつまらなさそうな顔で外を見ていたから話しかけるのをためらったぐらいだった。

 本当に仕方がないから通っているぐらいの気持ちなんだとよく分かった。


「り、利用するために来たわけじゃないから許してくれ、俺は逃げなければならない相手が本当に多いんだよ」

「別に利用されても構わないって言ったじゃないですか」

「いや待て、異性相手に利用されても構わないとか絶対に言わない方がいい」


 ゲスな奴ってのは意外と近くにいるかもしれないから絶対に駄目だ。

 そこはもう一度喋った身としては放っておくことはできない。

 まあこういうところがモテないきっかけになっているんだろうが……。

 いやだってほら、会ってすぐの人間にこんなこと言われてもあれだろ?


「あ、利用されても構わないって性的にではないですからね?」

「分かってるよ、だけど気をつけた方がいいに決まってる」

「分かりました、まあそんなことは絶対にないですけど」


 いい、なに言ってんだこいつ程度に片付けてくれればそれでいい。

 なにか嫌なことに巻き込まれないようにしてくれればそれでいいんだ。


「奥村先輩は学校、楽しいですか?」

「学校自体は嫌いじゃないかな、そこに存在している人間のせいで複雑な気持ちになることも多いけど」

「そこに存在している人間のせいで複雑な気持ちになるなんて私ならしょっちゅうなことです」


 俺の方は限定的すぎるから彼女とはまた違うような気がした。

 つか俺の方は流すことができてしまえば無問題ということになるから、ただただ自分の弱さが表に出ているだけとも言えるし。

 いやもう本当に体が大きくなっただけで中身がこれなのは残念だと言うしか……。


「苛められているとかそういうことはないよな?」

「ないですよ、仮に悪く言われても全く構いません」

「俺は気になるから嫌だな」

「なんで奥村先輩が?」

「こうして話してしまったからだよ。もう見て見ぬ振り、聞いておいて聞いていないふりはできないんだよ」


 きっかけが高橋の変な考えだとしてもそこから先は俺が決めることだ。

 俺は十分以上ふたりきりで一緒にいた人間のことはもう放っておけなくなるんだ。

 まあ自分のことに集中しろと言われたらそれまでだが……。

 とにかく、それだけは小さい頃からずっと続けてきたことだから変えられない。


「あははっ」

「え……?」


 え、こんな風に笑ったりするのか……とマジで困惑した。


「あ……もう、笑わせないでください」

「えぇ……」


 彼女はデフォルトでつまらなさそうな顔をするから変えてやりたくなる。

 だが、攻撃的な態度になることはないから一緒にいる身としては安心できる。

 それになにより、現段階では誰か気にしている異性がいるわけではないからいちゃいちゃを見なくて済む時点で幸せだ。


「奥村先輩って変な人ですよね」

「変っていうか……心配になるだけだ」

「それなのに高橋先輩から振られてしまったのは不思議ですね」

「俺じゃなくたって心配はするさ、だからこれと振られたことは関係ないな」


 心配なんて誰だってする。

 振られたのは単純に俺がそういう対象として見られない人間だったというだけ。

 冷静になってみれば寧ろ選ばれていた方が問題だったんだ。


「単純に魅力が足りなかったということですか?」

「ああ、間違いなくそうだ」


 これぐらい真っ直ぐ言ってくれると気持ちがいいぐらいだな。

 佐竹もそうだった、俺には間違いなくこういう人間が必要だ。

 求めたところで都合良く現れてくれるとは思えないから本当に恵まれていることになる。


「……って、ほとんど知らない人間に自由に言われているんですよ? 怒らないんですか?」

「気持ちのいいぐらいの正論だからな、だから気にするな。それにな、それで少しでも楽しくなるなら別にいいよ。それこそ利用してくれればいい」


 彼女はどれぐらいなのかは分からないが俺はとにかく暇だから。

 ただまあ、他者を攻撃して暇をつぶさせるのは年上としてはどうかと思うが。


「ただ、できればもっといい感じで利用してくれると嬉しいな」

「そもそも利用することが悪いことのような気がしますけど……」

「俺は目の前でいちゃいちゃしてくれなければそれでいい」


 その点、佐竹や雄太はもう駄目だ。

 なんて、俺基準ではそう考えているというだけ。

 俺の目の前じゃなければ何度もいちゃいちゃしてくれればいい。

 仲を深めて、さっさと付き合ってくれた方がいい。

 そうすれば高橋とときと同じくおめでとうと祝ってやるから。


「安心してください、そういうことにはならないですよ」

「いや、俺の目の前でいちゃついてくれなければ自由にしてくれればいいんだぞ? 抱きしめようが、抱きしめられようが、キスされようが、キスしようが、そんなの全部西とかの自由だ」

「だからそんな相手がいませんって」


 また、仮にそういうところを目撃してもリア充爆発しろ程度で抑えてやるつもりでいる。

 俺だって大人になっているつもりだ。

 流石にな、妬み全開でいられるわけがないんだ。

 それに全部のカップルにそういう風に感じているわけではない。

 自分が関わった人間がそうなるから気になるだけで……。


「と、とにかく、男子に気軽に利用していいとか言うのをやめてくれ」

「心配してくれているんですよね?」

「ああ、独占欲を働かせているとかそういうことではないから安心してほしい。この点に限っては誰だって同じことを言うからな」


 戻らなければならないのは地獄だが仕方がない。

 挨拶をしてひとりとぼとぼと上階へ戻った。




「航、ラーメン食いに行こうぜ」


 周りを見てみたら佐竹はいないようで安心できた。

 が、裏切り者とふたりきりは嫌だったから西を連れて行くことにした。

 なんというか細くて気になったんだ。


「あの、私はラーメンとかあんまり食べないんですけど」

「た、頼むから付き合ってくれ、裏切り者とふたりきりは嫌なんだ」

「じゃあ……たまには」

「おう、あ、金なら俺が払ってやるから」

「え、いいですよ」


 いやいや、そういうわけにはいかねえ。

 利用しているわけになるんだからこれぐらいは当たり前のことだ。


「ん? というかその子は……」

「高橋の友達の西だ、いま俺が世話になっている感じだな」


 席に案内されてからそれを聞くというだいぶずれた人間だった。

 でも、友達の友達っぽい人間には触れにくいだろうから仕方がないか。

 俺だって雄太の友達がいたら行くことすらしないわけだから偉そうには言えない。


「そうなのか」

「ああ」


 その西は珍しくつまらなさそうな顔ではなく興味津々といったような顔で店内を見ていた。

 まあ珍しくとは言ったが、全くこれまでを知らないわけだから正しくはない。


「俺は塩ラーメン、西はどうする?」

「……はっ、……私も奥村先輩と同じでいいです」

「分かった」


 雄太を見たらまとめて注文してくれたから助かった。

 誰かがしてくれるのは本当に楽でいい。

 ……意外とコミュニケーション能力に問題があるのかもしれない。

 きたらいつも通りずずずと食べて。


「なんで佐竹を誘わなかったんだ?」

「俺は佐竹さんともいたいけど航ともいたいんだよ」

「はは、それはまた物好きな思考だな」


 約束通り西の分を払って外へ。

 結構喋りたがりなところがあるから店内でするには向かないんだ。


「奥村先輩」

「あ、もう帰りたいよな」


 いきなり外食に付き合わせるなんて普通はしないことだ。

 仮にするとしてもそれは相当慣れている人間だけができること。

 だから中々に大胆というか、リスクがあった行為だった。


「いえ、お金のことですよ」

「あれはもう気にしなくていい、そもそもそういう約束だったんだからな」

「じゃあ……あの、今日はもう帰りたいので」

「分かった、家の近くまで送るよ」

「え、そういうことまでするんですか? それなのにどうして高橋先輩からは……」


 途中から一緒に帰れる機会というのはほとんどなかった。

 中学一年から部活が始まったし、阿部という存在と出会ってしまったからそっちと過ごすことが増えたから。

 それに俺に送られた程度でなにがどうなるというわけではない。

 それは佐竹が証明している、横にいる雄太が好きなわけだし。

 とにかく家の近くらしいところまで送ってまたあの公園まで来ていた。


「避けないでくれよ、俺は航の前でいちゃいちゃなんてしたことないぞ」

「でも、雄太といようとすると佐竹も来るわけだからな」


 この前までの距離感ならなにも問題はなかった。

 だが、いまはそうではないから俺は避けていたわけで。

 こればかりは俺のクソ雑魚メンタルが問題なだけでふたりが悪いわけではない。

 だから別に馬鹿にしてくれてもいいから、あくまで他のところで~と考えているだけ。

 ……同じことばかり考えているが仕方がない。


「航といられなくなるぐらいなら佐竹さんを遠ざけてもいいぐらいだ」

「ま、待て待て、流石にそれはどうなんだ……」

「佐竹さんとは最近話すようになったばかりだけど、航とは違うわけだからな」


 俺だって雄太単体なら問題ないと考えていた。

 一対一であればあんなことをする必要はないとも。

 でも、そうなると今度は佐竹に対して酷いことをしているような気持ちになってきて駄目になってしまうんだ。


「分かった、もう避けたりはしないからそんなことは言わないでやってくれ」

「いやでもそれぐらいの覚悟じゃないと航は戻ってこない気がしてさ」


 戻ってこないって大袈裟すぎる。

 俺は二階に逃げているだけだし、放課後はさっさと帰っているだけ。

 それ以上でもそれ以下でもないんだ。


「これからは絶対に西も連れてくるけどな」

「はは、やけに気に入ってるな」

「ああ、なんか心配になるんだよ」


 利用したいわけではなく本当にこれだった。

 少なくともあのつまらなさそうな態度をやめるまでは一緒にいるつもりでいる。

 あ、もちろん迷惑だと言われたらすぐに離れるが。


「いまとなっては俺にとって貴重な友だからな、人目も気にせずいちゃいちゃする人間は嫌なんだよ」

「でも、結局航が誰かと付き合った場合はいちゃいちゃするわけだろ? それとも、自分のときの場合はなしにするのか?」

「当たり前だ、だって自分がそれを見る側じゃないからな」


 知っている人間がそうするのが嫌というだけ。

 だからまあ仲良くするなら裏でこそこそしてほしいだけ。

 それを守ってくれたら性行為をしてようがどうでもいいと言える。


「高橋も佐竹も雄太も裏切り者だからな」

「なんでだよ……」


 そんなの俺が非モテで三人がモテるからだよ。

 複数からなんて求めていない、ひとりからでも好かれたかった。

 だが、振り向かせるとかそういうことを考える前に既に終わっていたんだ。

 だったらこう極端な思考になってもおかしくない。


「嘘だよ、だからそんな顔をしてくれるな」

「ああ……」


 結構長く一緒にいるのに意外なところばかり最近は見ている気がする。

 とにかく、来てくれるのなら相手をするから安心してほしかった。

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