05話.[そんなの普通だ]
「ちょっといいか?」
「なんだよ改まって、言いたいことがあるなら言えばいい」
まだ昼休みだから嫌な気持ちになることではありませんように。
彼は少しだけ間を作ってから「廊下に行こう」と誘ってきた。
やはり違うクラスというだけで居づらさというのはあるのかもしれない。
「佐竹なら今日は来てないぞ」
「ん? いや、佐竹さんのことじゃないぞ」
なんだ、違うのか。
そろそろ雄太からも「佐竹さんのことなんだけどさ」とか言われると思ったが。
これは一方通行になりそうだな、そうなったら佐竹は……。
「じゃあ高橋か?」
「いや、俺は航に聞きたいことがあっただけだ」
「俺に? じゃあ余計に改める必要はないだろ」
いつもの「ラーメン食いに行こうぜ」ぐらいのノリで来ればいいんだ。
高橋や佐竹関連ではないということなら俺はなんにも気にせずに彼といることができる。
「俺は振られたことを教えてもらえなかったなって思ってな」
「そんなこと嬉々として話したい奴がいると思うか?」
「それでも好きだと教えてくれていたんだぜ? 結果も知りたいだろ」
これもまた佐竹と同じで隠されていたことがむかつく、というやつか。
聞いてみたら高橋が普通に教えてきたらしい。
聞こうとしたわけではなく、たまたま近くに来たときにこうぽそっと吐いてきたらしい。
「色々と複雑だったからな、余裕がなかったんだ」
よく考えてみなくても誕生日に振られるって最悪だ。
俺のじゃなくても祝った後に振られるって否定されているような気持ちになる。
おまけにそこに佐竹も加わるわけだから最悪なコンボの出来上がりだ。
「でも、その割には教室で過ごすようになったよな?」
「それはもうどうでもよくなったからだよ、もう可能性が完全に潰えたから避ける必要もなくなったんだ」
あのとき高橋から言われたことがそのまま事実だったということになる。
どうせ無理だって考えながらも甘い自分が期待してしまっていた。
そんなのじゃ振り向いてくれないよな、こんなの小学生でも分かることだ。
だというのに高校二年生の俺が気づいていなかったという馬鹿なオチだった。
「聞きたいことはそれだけか?」
「あ、まだあるんだ、佐竹さんのことなんだけどさ」
おいおいおい、二段構えはやめてくれ。
安心していたら実は~なんて攻撃、耐えられるわけがない。
「実は航のこと、結構気に入っているんじゃないかって思ったんだけど」
「それは友達だからだろ……」
俺だって常に敵視されているわけではない。
それに佐竹は普通に優しいから嫌いになれなかったし、嫌いになる必要もない。
一緒にいてくれているのならと合わせようとする気持ちは自分にもある。
つか、〇〇さんのことなんだけどさ、ではなく、普通に言い切ってほしかった。
心臓に悪すぎる、もし気になっているとか言われていたら走り去っていた。
「友達相手には誰だってああいう対応をする、なにも俺だからというわけじゃない」
俺は気持ちを知っているからそんなこと言われてもなにも喜べない。
それを鵜呑みにしてアピールなんかしてみろ、冷たい顔と声の前に敗北するだけだ。
もう嫌なんだ、告白もしていないのに振られるのは。
あれは経験してみないと分からないことだから外野にとやかく言ってほしくない。
「それに雄太相手のときもそうだろ」
「んー、そうかねえ」
「名前で呼ばれているんだからそうだろ」
「まあ確かに名前で呼んでくれるようになったけどさ」
いけないいけない、自分からそうなるように持っていってどうする。
なんか危険だからいまはこれだけにしておいた。
最強のカードを切って個室にこもる。
「はぁ」
「ため息なんかつくなよ航」
「……なんで来ているんだよ」
なんで個室に入ってきているんだよ……。
最強(笑)のカードになってしまったじゃないか。
「なにかあったんだろ? 友達なんだから言ってくれよ」
「あーまあ、俺と関わってくれる異性はみんな違う人間を好きでいるからな」
「ほう、つまり航も恋に興味があるということか」
恋に興味があるってそんなの普通だ。
そもそも興味がなければ高橋のことを好きだとか彼に言ってはいない。
……本当に余計なことを言わなければよかったと後悔している。
それがこの結果なら尚更なことだろう。
「まあな」
「それはいいな、暗いよりずっといい」
とりあえずこのままだと怪しまれるから手を洗ってトイレから出る。
そうしたら腕を組んで、壁に背を預けて立っている佐竹がいたから挨拶をして離れた。
雄太は佐竹ほいほいに引っかかって足を止めていたから助かった。
いまぐいぐいと来られると傷が酷くなるから勘弁してほしいんだ。
でも、七月ももう目の前まできている。
期末テストを乗り越えてしまえば夏休みだから引きこもることができるようになる。
そうなったらごちゃごちゃなそれを捨てられるから間違いなくいいことだった。
というか、そういう空白の期間がないといまの俺には厳しかった。
七月。
今月は本当に期末テスト以外なにもないからよかった。
だが、
「……通してくれよ」
佐竹に通せんぼをされていて教室を出ることができないでいた。
もう放課後だから他者に迷惑をかけるというわけではないからその点だけはいいが。
「嫌です」
「なんでだよ……」
こんなことをしていてもお互いのためにならない。
そんなに誰かと一緒にいたいのなら雄太相手に仕掛けた方がいい。
「あなたが私を避けているからじゃないですか」
「避けてる? 挨拶とかをしているのにか?」
「避けているじゃないですか、雄太さんがいるときは顕著ですよ」
それは避けているんじゃなくて空気を読んでいるんだよ……。
あそこで出しゃばれるわけがないだろう。
寧ろ聞いたよ。
そうしたら冷たい顔で「そういう気遣いはいりません」と言われてしまったが、俺はこれからもそれを変えるつもりはない。
面倒くさい人間特有のもう決まっているのに相手に聞くという行為だった。
「はは、俺ともいられないと寂しいのか」
「寂しいとか悲しいとかではなくてむかつきます」
「はは、佐竹は結構短気だな」
なんかこういう顔をされると頭を撫でたくなるのはなんでだろうか。
まあでも、そんなことをしようものなら友達としてもいられなくなるからやめておく。
通せんぼも馬鹿らしいと分かったのかやめてくれたから帰ることにした。
残念ながら雄太は既に用事でいないから協力してやることもできないが。
「そういえばあなたはまだ私のためになにかをしてくれていませんよ」
「雄太といられるように行動しているつもりだけど」
「前も言ったじゃないですか、私はあなたに求めているんです」
と言われてもなあ……。
本はちゃんと新品で返したし、誕生日プレゼントだって渡した。
両親によくする肩揉み程度ならしてやれるものの、やっぱりそんなことは求めていないだろうしな。
そうなるとどうしようもなくなるんだ。
「さっぱり分からないな、俺にできることなんてそれぐらいだけだよ」
というかこれは延々と終わらない話だと思う。
俺に求めているということは俺がなんらかの行動をするように求めているということだ。
で、俺は雄太といられるように動いているわけで、その時点で俺としては動けていることになるわけだから絶対に無理なんだ。
まずそこが一致しない限りはどうしようもないことだった。
「なにかをしてくれない限りここを通すことは――」
「これでいいか?」
自分のしたいことを優先した。
その結果として嫌われてしまってもそれは仕方がないと片付けることができる。
どっちにしろあともう少し時間が経過すればおまけですらなくなるわけなんだから最後ぐらいはいいはずで。
「髪さらさらだな」
「な、な……」
「普段から大変そうだな」
爆発する前に終わらせておいた。
もちろん謝罪はしない。
やってから謝罪なんて卑怯としか言いようがないし。
「雄太の好みを細かく知っているわけではないけど、そういうところは好印象だと思うぞ」
たまにバグってそういう話をするが、好みとかを話し合ったことはなかった。
だって好みなんか言わなくても高橋が好きだと言っておけば雄太からすれば丸分かりだし、雄太自身は絶対に教えてくれないし、なにより聞いたところで頑張れ程度しか言えないから聞く必要がなかったから。
「なにをしているんですか!」
「いや、前々からこうしたくてさ」
「それはあなたがしたいことじゃないですか!」
「正論だ」
だけど彼女の求める行為が分からなかったからな。
どう頑張っても延々と終わらない話だったから無理やりそうする必要があった。
これで少しでも前に進めるということなら間違ってはいないと言えるはず。
「まったくっ、前々から変な人でしたけどここまでとは思いませんでした!」
「ま、まあまあ」
うわ怖……、怖いから家に帰ろう。
珍しく荒いまま歩いていってしまったから結局その背中に悪いと謝罪しておいた。
「ただいまー」
いつもより早いからご飯を作ってしまうことにする。
ただ、時間をつぶしてこなかったせいで調理を終えた後は暇で暇で仕方がなかった。
「暇だ……」
と、珍しく呟いてしまうぐらいには問題で。
こんな形で終わってしまうのは嫌だからアプリを使用して謝っておいた。
そうしたらすぐに『許しません』と返ってきて苦笑する。
普通許せないならこうやって反応することもないんだ。
結局、彼女は鬼になりきれないから損することもありそうだった。
「……なんですか」
「さっきは悪かった、だから友達をやめるとか言うのはやめてくれ」
「はい? そんなことを言う人間ならとっくに言っていると思いますが」
確かにそうか、彼女みたいな人間であればあるほどもっと早く動く。
「切るなら、佐竹ならもっと早く切るよな」
「はい? だからそんなことをする人間じゃないんですけど! 大体っ、人を切れるような立場にはいられていないですからっ」
なんか今日は高橋に負けないぐらいハイテンションだった。
でも、一緒にいてくれる人間が明るければ明るいほどこっちも楽しくなるからいい。
高橋と普通ではいられなくなってしまったからこそのそれかもしれない。
「そもそもそういう立場であったとしても切りたくなんかありません」
「そうか、それもまた佐竹らしいな」
途中で母が帰ってきたからいきなり代わってみたりもした。
十分ぐらい会話してもらった後に返してもらったら滅茶苦茶怒られてしまったが。
だけどそれも普通に楽しかったからしっかり謝っておいた。
「奥村くん」
珍しくクラスメイトから話しかけられたと思ったら高橋だった。
無視をするほどではないから普通に対応をする。
「名字呼びなんて徹底してるな、高橋も変わったということか」
「うん、だってもう付き合い始めたから。明浩くんは変えなくてもいいって言ってくれたけど、変えなければいけないんだって思ってさ」
「そうか、じゃあ遅くなったけどおめでとうと言われせてくれ」
「ありがとう」
十年以上一緒にいても俺達の間にはなにもなかったということになる。
そうなるとそれより少ない佐竹や雄太に限っては言うまでもないというか……。
それでも悲しいわけではない。
関わってくれた人間が幸せになれているのであればそれでいい。
彼女は阿部といることでそれを得て、佐竹は雄太といることでそれを得る。
じゃあ別に自分になにもなくたって問題があるわけじゃないよな。
こうして生きられていることと、誰かと一緒にいられているだけで十分だ。
「それで今日はいよいよ終わらせに来た、そういうわけか?」
「そうかもしれない」
「そうか。じゃあいままでありがとう、世話になった」
「……うん、だって昔を思い出しちゃうから」
彼女が去った後、そのまま椅子に座ったまま考え事をしていた。
昔、昔ねえ、高橋的にはなにもなかったというわけじゃないのかね。
俺としてはいつだって元気MAXの高橋に振り回されていたわけだから、甘い雰囲気とかになったこととかもなかったから分からない。
で、そんな甘い雰囲気とかにもなったことがない相手のことを好きになってしまった俺が馬鹿だったことになる。
「まさか終わらせるとはなあ」
「でも、意外でもなんでもないよな、彼氏ができた人間ならさ」
「だからって友達までやめる必要あるか? それに昔を思い出しちゃうからってちゃんとなにかがあったってことだろ?」
……なんで俺の友達はこうして盗み聞きしていることが多いんですかね。
当たり前のように会話に参加してくるもんだから当たり前のように返してしまった。
いやもう本当に無様なところばかり見られているからそろそろ恥ずかし死しそうだ。
「俺からしたらなにもなかったわけだからな」
「振られたからってなにもなかったと片付けるのはなあ……」
「それよりも、だ」
その雄太の制服の裾を握って小さな少女が立っているわけだが……。
なんでこれにツッコまないのか、というか、もうそこまで気に入ってしまったのか……。
そもそも気づいているのか? いやまあ、気づいていないわけがないか。
「なんか佐竹が妹みたいになってるぞ」
「ずっとこんな感じなんだよ、もしかして航は喧嘩でもしたのか?」
「は? おいおい……」
「えぇ、航からそんな反応をされるとショックだ……」
今回のことで初めて分かったが彼はどうやら鈍感なようだ。
異性に対してこんなことをするなんてそういう気持ちがありますよと言っているようなものじゃないか。
それなのに俺云々と話に出すとか馬鹿だとしか言いようがない。
「じゃ、俺はトイレに行ってくるから」
「……航は頻尿だなあ」
なんかずるいよな、魅力的な異性に勝手に好いてもらえるって。
しかし阿部と違って相手が全く分かっていないのがむかつく。
「俺はどうして好きな異性がいる異性とばかり関わってしまうのか」
鏡を見ていれば分かると思っていたら普通に分かってしまった。
俺が普通な顔だからだ。
卑下するつもりはないからあれだが、普通程度なら他の真面目な人間が選ばれるしな。
「よう」
「ようじゃねえよ……」
佐竹をそのまま連れてくるんじゃねえ。
言葉遣いだってどんどん悪くなってくるからよくないことだと思う。
つか佐竹も大胆すぎるだろ、流石にいきなりできることじゃない。
「なにを気にしているんですか?」
「なにも気にしてないよ、休み時間になったらトイレに行くって決めているんだ」
「でも、鏡に向かってひとり呟くのは精神的によくないのでは?」
「どれだけ耳がいいんだよ……」
いいんだ、これは分かりきっていたことだ。
さっき言ったように高橋や佐竹、それに雄太が幸せになれるのならそれでいい。
五体満足で生きられていることで十分幸せなんだから。
そもそもこの十六年間、非モテだったから当たり前の結果だ。
「ま、俺のことは気にしないでいいから楽しくやってくれ」
佐竹には触れられないから雄太の肩を一度叩いて離脱した。
……空気読めて格好いい、今回は本気でそう思った。
教室に戻ったらいつも通り賑やかな空間で。
阿部ではなく他のクラスメイトと楽しそうに話している高橋も、男友達と楽しそうに話している阿部もなんか絵になるというかなんというか。
多分、こっちから見ているからこんな感じに見えるんだ。
俺があっち側の人間だったらこうはなってはいなかった。
「こーくん」
「えぇ……」
「やっぱり一緒にいられないのは嫌だから」
いまも昔も変わらないと片付けておけばいいだろうか?
つか、多分これはずっと変わらないから折れていくしかないんだよな。
「出来上がっていた絵を壊すなよ」
「え?」
「上手い、座布団一枚」
困ったような顔が最高に面白かった。
最近は無表情でいることが多かったから新鮮すぎてやばい。
でも、この教室には彼氏がいるわけだから余計なことは言わないでおいた。
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