04話.[言わせてもらう]
「誕生日おめでとう、今年は好きそうな甘い食べ物にしておいた――って、どうした?」
そんながしっと掴んでこなくても渡すつもりでいるわけだが。
まあ好きな人ができようとこれは昔からしてきたことだから守らなければならない。
直接拒絶されるまではあくまで友達として渡しておけばいいんだ。
あ、今日は残念ながらもう一日過ぎている状態ではあるが、そこは阿部と当日に楽しんでいる
彼女の邪魔をしたくなかったから仕方がないことだと片付けてほしかった。
「これじゃあやだ」
「え、あ、嫌いだったか?」
「ううん、嬉しいんだけど……昔みたいに一緒に選びに行きたい」
「それなら行くか、あ、これは食べてくれればいいから」
「うん、行きたい」
千円以内で済ませてしまったのが悪かったとか、そういうことではないらしい。
贅沢な人間だ、好きな人間と過ごして、翌日には違う人間からなにかを貰うって。
俺なんて昨日はまたデートをしているということで気分が最悪だったというのに。
なにかを貰っていた場合に限ってはしょぼいとか言われる可能性があったから今日にずらしたことになる。
これまでは当日の、それこそ物凄く早い時間にはおめでとうと言っていたのに、渡していたのにこのざまだ。
「どういう物を貰ったんだ?」
「あ、コーヒー……かな」
「はあ? え、なんでコーヒー?」
「……無理なのにブラックコーヒーが大好きだからそれでいいって言っちゃった」
いやなにやってるんだよ……。
流石にそれはない、自ら無駄にしたようなもんだ。
まあ意識しているからこそその人間の前では大人ぶりたいのかもしれないが……。
「……だからこーくんからぐらいはって思って」
「いやいや、それは阿部が悪いわけじゃないからな」
別に敵視しているわけでもないし、奈々絶対擁護マンでもないからこれでいい。
つか、これで阿部が敵視されるようなことになったら可哀想すぎだろ。
阿部だって気になる異性に送る物を多分考えていたはずなんだ。
それが当日になったらコーヒーなんて言われたらがっくりしてしまうはず。
もしかしたら贈った物をきっかけに告白なんかもあったかもしれない。
「これ……綺麗」
「綺麗……だけど」
値札を見てみたら五千円超えの物だった。
阿部がいなくて、彼女がこっちを意識していたらこれでもよかったんだがな……。
ラーメンをよく食べに行くから金持ちというわけではないものの、これぐらいを買うことぐらいなら普通にできる。
いやもう本当に両思いと分かっているならこれだって即決して贈ったさ。
でも、現実は違うからこんな物は贈れない。
言ってはなんだがこれでは俺が損するだけ、そんなことは選べなかった。
「でも、高いから無理だよね」
「悪い、流石にこの値段はな」
仮にこれを買ったとしたら奈々にではなく佐竹にやった方が気分的にもよくなる。
佐竹は佐竹で雄太が好きだからなにも発展しないといえば発展しないんだが。
「これでいいや」
「なんだそれ?」
「チョコレートのお菓子だよ」
「本当にそれでいいのか?」
「うん、一緒に食べられたらそれでいいかなって」
なんかそういうことみたいだから会計を済まして退店した。
今年もこれをできたのはいいことなのか悪いことなのか、それは分からない。
あの公園に寄ってふたりでチョコを食べている最中もなんかもやもやが消えなかった。
「なんでまだ付き合ってないんだ? もう高校二年の五月だぞ?」
「それは……好きだけどそう上手くいくことじゃないし」
「早くしろよ、あれだけ一緒にいるんだから余裕だろ」
女子としては告白されたいのかもしれないが、俺のためにもさっさと決めてほしかった。
ただ、阿部だって足を止めているわけだからそっちにも文句を言いたくなる。
俺は絶対に近づかないと決めているからそれを実行するときは延々にこないが。
……変な報告癖とか、近づいて来ることとかがなくればいいのにと思う。
「もしかして私のことが好きなの?」
「は? なんで急にそんな話になるんだよ」
「だって私が明浩くんのことが好きだと言ってからこーくんは私といるときに嫌そうな顔をするようになったし」
「それは気のせいだよ、もしそうだったら普通は相手をしないだろ」
「でも、よくトイレって言って行っちゃうよ?」
トイレぐらい行かせてくれよ。
ああでもしないと延々惚気けみたいなのを聞かされるから嫌なんだ。
「……実際のところは分からないけど、私はそういう風にこーくんのことを見られないから」
「なんで告白もしてないのに振られてるんだよ俺は」
「思わせぶりなことをしているわけじゃないし、このままだと苦しいだけだからさ」
「余計なお世話だ」
一応ださくならないように帰ったりはしなかった。
そうしたら奈々の方が帰ってくれたからひとりブランコに乗って遊んでいた。
これでよかったんだ。
はっきりしてくれたおかげで動くことができそうだ。
いや、そうしないと気持ちが悪いからそういう方向で頑張ろうと決めた。
空は灰色で自分中心に回っているわけではないのにいまの気持ちと連動している気がした。
「ま、問題はないな」
テストが返ってきて完全にテスト週間というのが終わった。
勉強は嫌いでも苦手でもないから毎回こんな感じで終わっていく。
あれから本も借りていないから寝不足になったり、寝落ちして曲げてしまった! なんてことになっていないのもいいことだと思う。
「航、ラーメン食いに行こうぜ」
「はは、行くか」
「おうっ、テストも終わったわけだからなっ」
聞いてみたらずっと終わったら食べると決めて頑張っていたらしい。
ご褒美か、俺もたまには甘い物でも買って食べるかな。
結構エクレアとかそういうのが好きだから癒やしになるだろう。
「つかさ、最近は教室にいるよな」
「ああ、動くのが面倒くさくてな」
なんか逃げているのも馬鹿らしくなって教室に居座っていた。
阿部と高橋が仲良くしているところを見てもなにも思わなくなった。
ふたりが変わることを待つより自分で終わらせるために動いた方がよかったんだと、俺は今更ながら気づいたことになる。
「俺は豚骨ラーメンで」
「じゃあ俺は醤油ラーメンかな、すみません」
佐竹も来ないし、雄太が来てくれるのが救いか。
あと、ここのラーメンは相変わらず味が濃くてごちゃごちゃを吹き飛ばしてくれる力がある。
「そういえば一週間ぐらい佐竹さんと話してないぞ」
「行ってやれよ」
「行こうとしたらかなり怖い顔で席に着いていたからさ」
「怖い顔? なにかあったのか?」
怖い顔ねえ、買った本が気に入らなかったとかそういう理由でもありそうだ。
センスがいいなら自信を持っているはずだし、変な本を選んでしまったのであれば自分に苛つくこともあるかもしれない。
彼は頭を掻きつつ「さあ、ただ、毎日そうだったから無理だったんだよ」と答えてくれた。
「ごちそうさま。帰るか」
「あ、待ってくれっ」
「ゆっくりでいい」
そこで雄太が行ってやれば間違いなく前進できるはず。
家を知っている人間だから寄ってみろと言ってみたら、
「いや、多分だけど航が来ないからだと思うぞ」
とかなんとか言われて躱されてしまう。
俺達は別に毎日一緒にいる人間というわけではない。
だからこういうことが起こっても怒ることはしない。
「ほら、航が行ってこい」
「ここまで来たなら雄太が行けばいいだろ……」
「いいから、ちゃんと行ったら今度奢ってやるから」
「いいよそんなの、それより雄太がい――」
「人の家の前でなにをしているんです?」
玄関からではなく学校の方から歩いてきた仏頂面の小さな少女。
雄太は手を上げて走っていった、おい……。
「またラーメン屋さんに行ったんですか? いけませんよ、少なくとも一ヶ月に一回ぐらいに留めておきませんと」
「よく分かったな」
「こんな中途半端なところにいるからです、あなたのお家は向こうじゃないですか」
それこそ学校の方を、いま歩いてきた道の方を指差して嫌そうな顔をした。
「悪かった、別に悪戯をしようとしてここにいたわけじゃないんだ。雄太が一週間は話していないって言うから家に行こうぜって誘った形になるかな」
「ああ、この一週間は本当に気分が最悪でしたからね」
「雄太がなにかしたのか?」
「はい? 下らないことを言ってないでどいてください」
ああ、これはもしかしなくても俺のせいかもしれない。
行かなかったからとかではなく、本を読まないからとかそういうのだと思う。
あとはテスト週間で自分が読めないストレスというのも加わったのかもしれない。
「もう帰るから安心してくれ」
「待ってください、たまには上がっていきませんか?」
「え、ラーメンを食べて少し汗をかいたからな……」
それに怖い顔をしていたのは間違いなく俺のせいだから怖いんだ。
小さいからこその圧というか、奈々よりもよっぽど怖い女子だった。
「気にしなくていいですから」
「あ、じゃあ少しだけ上がらせてもらうわ」
こうと決めたら無駄な抵抗はしないで上がっておく。
少なくとも神経を逆なでするようなことをしてはならない。
あと、彼女から嫌われたら女子の友達が消えることになるからそれは嫌なんだ。
「どうぞ」
「ありがとう」
味が濃い食べ物を食べた後だったから冷たい麦茶はよく染みた。
でも、いつまでも現実逃避をしているわけにもいかない。
もうひとつのソファに座って違う方を見ている彼女を見た。
「この一週間はあなたのせいで最悪でした」
「や、やっぱり俺が読書をやめたからか? あっ、この前本を曲げたからだよな……」
「違います、そもそも読書は強制しても続かないことですから」
じゃあ……なんだ?
まさか行かなかったから、なんてこともないだろうし……。
「あなたが高橋さんに対して強気な態度で接しなかったからです」
「おいおい、俺はまた聞かれてしまっていたのか?」
「あそこはお散歩のルートに含まれていますからね」
じゃあ無様に振られたところを見られていたってことかよ。
告白したわけじゃないのに、それこそそういうことを表に出したわけじゃないのに勝手に勘違いされて振られる。
いやまあ勘違いではないが、その振られたところを見られているって終わりだろこれ。
「あと、隠されていたことがむかつきました」
「ああ、そういうことか」
「はい、だって女の私が気持ちを吐いていたんですよ? それなのに男の子のあなたが隠したままでいるなんて……」
彼女はこっちを睨みつつ「友達なのに教えてもらえなかったのが一番不快でしたけどね」と。
俺もどうして雄太に吐いたのかは分からない。
まあでも、結果的にこうなったわけだから結局彼女には言ってなくて正解だったということになってしまうわけだが。
「その複雑さを整理するために頑張っていたら珍しくテスト結果が危なくて焦りましたよ」
「何点だったんだ?」
「平均は九十五点ぐらいですけど」
それはまた贅沢な焦りだった。
よし、今日はこれで帰ろう。
少しと決めていたわけだから彼女も文句は言うまい。
「佐竹」
「なんですか?」
「マジで頑張れよ、俺のような告白もしていないのに振られるような馬鹿な感じにはするなよ」
「少なくともあなたよりは上手くやってみせますよ」
「はは。ああ、それでいい」
ひとりとぼとぼと帰路に就いた。
自分の言葉で傷ついている馬鹿な自分がいた。
「誕生日おめでとう」
「ありがとうございます」
プレゼントは本人に選んでもらってもう渡してあるからもう持っていない。
それにしても中々に本というのは高いもんだな。
この前のあれといい、結構な札を俺の財布から盗んでくれたことになる。
「あ、追加プレゼントを持ってきたぞ」
「って、藤川さんのことですよね?」
後は雄太に任せて帰路に就く。
途中であの公園に寄ってゆっくりすることにしたが。
もう六月だからいつ雨が降ってきてもおかしくはないぐらいだった。
だけど今日は降らなかったから佐竹的にも嬉しかったことだろう。
自分の誕生日ぐらい晴れていてほしいだろうし。
「航くん」
「おいおい、これはどういう偶然だ?」
話しかけてきたのは仕事帰りの母だった。
母は「公園に入っていくのが見えたから追ってきたの」と言って横に座る。
「さっき梓ちゃんから聞いたんだけど航くんは奈々ちゃんに振られたって……」
「ああ、それは事実だぞ」
「そうなんだ……。ということは、私は無自覚に傷つけちゃっていたってことだよね……?」
「いや、そんなことはないよ」
八つ当たりをするような人間じゃない。
いまだって阿部や奈々に対して恨みとか一切ないわけだから。
そんな人間だと思われているのなら悲しいし、俺が信用している相手にぐらいそういう人間じゃないと思っていてほしかった。
「帰ろう」
「うん」
今日もまたご飯を作るのを手伝っておいた。
六月に入ってからは十八時には父も帰宅できるようになったから助かる。
一緒に食べられないと仲間はずれにしているようで嫌だから。
「航、腐るなよ」
「振られた程度で腐らないよ」
「はは、流石父さんの自慢の息子だ!」
その親ばかみたいなところはやめた方がいいと思うが……。
まあ、仲が悪いよりは絶対にいいからこんな感じでもいいか。
食べ終えたら風呂に入って、部屋に戻ったときのこと。
「うわ怖……」
不在着信が二十六件。
しかもその全てが今日誕生日だった佐竹からという……。
おいおい、おめでとうと言ったうえに、プレゼントまであげたうえに、雄太だって連れてきて華麗に去ってあげたというのに、それでもまだ足りなかったのか。
「……もしもし?」
「出てきてください」
「え?」
「外にいるので出てきてください」
外に出てみたら怖い顔をした彼女がいた。
「雄太を連れてきてやっただろ? なにがそんな不満なんだよ」
「あなたが空気を読んだつもりになって帰ったことにです」
そりゃ必要ない人間なんだから帰るさ。
やっぱり他人のいちゃいちゃを見たいような趣味ではないから。
教室からは逃げないようになったが、なんか佐竹が雄太と仲良くしているところを見たくないから仕方がない。
「つかこんな時間にひとりで歩いたら危ないだろ」
「むかついていたらなにも気になりませんでした」
「送るからもう帰った方がいい」
女子はたまにこういうことをするから対応に困ることがある。
もう目の前のことしか見えていないんだ。
それをしたらどうなるのか、よりも、それをしなければ前に進めない、みたいな感じ。
「もうこういうことはするなよ」
「しませんよ、あなたにむかついたりしない限りは」
「そうか、それならいいんだけどさ」
「それに雄太さんもいますから多分大丈夫だと思います」
雄太さん、ねえ。
誕生日を利用して仲良くなったのか。
まあ俺には関係のないことだからどうでもいい。
求められてもいないだろうからひとりで帰って今度こそベッドに寝転んだ。
「ついにきたかあ……」
なにも失恋中に頑張らなくてもよくね? そう言いたくなる。
いやまあ自由だから俺に遠慮なんかいらないわけだが。
「母さん、ちょっといいか?」
「どうしたの?」
洗い物をしている最中に申し訳ないが言わせてもらう。
「今度から高橋や佐竹が来ても俺はいないということにしてくれ」
「……分かった」
「おう、ありがとな」
虚しくなることばかりだから仕方がない。
メンタルが強いわけではないからそういう風にしないと無理なんだ。
学校では来れば相手をするが、多分それも減るから問題ない。
……ひとりになってしまうということを除けば間違いなくいいことだと言えるし。
だから登録解除とか極端なことはしなかった。
そういうことで構ってもらおうとするのは男がするには気持ちが悪すぎるから。
構ってちゃんになってはならない。
それぐらいは俺でもできそうだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます