03話.[壊してしまえば]
「航、ちょっといいですか」
今はまだ放課後というわけではなく午前中だった。
教室にはクラスメイトがいていつも通りの賑やかさだ。
が、それに逆らうように佐竹は冷たい顔でこちらを見てきている。
「いつか飽きてどこかに行く、とはどういうことですか」
「聞いていたのか?」
「はい、出てきそうになったときに隠れましたけど」
「まあ……あれだよ、佐竹としては間違いなくその方がいいって話だ」
俺はあくまで雄太のおまけみたいなもので奈々みたいに行かないとひとりになってしまうから来てくれているだけだと思う。
もちろんそう考えて来てくれているのは普通に嬉しい。
情けないことにひとりだと寂しくて仕方がないから。
それでもそれに甘えてばかりでは駄目なんだ。
自分が誰かといられて安心できているということはその相手の時間を無駄にしてしまっているのと同じなので、変えていかなければいけないんだ。
「廊下に行きましょう」
「分かった」
この前もそうだったから賑やかなところは苦手なのかもしれない。
意外なことでもなんでもなく、読書を好む少女であれば当然かと片付ける。
「勝手にあなたが決めないでください」
「悪い……」
ずっと前からこういう思考をすることはあった。
いつかは飽きてどこかに行く、俺はおまけとそんな風に。
だが、もうずっとこうして頻度は低いとしても一緒にいるわけだから俺の想像通りになんてならないのかもしれない。
いやほら、悪い方に考えたことは起こりやすいらしいからさ、なんか意外だったというか。
「あと、これ」
「あ、俺に渡すために本を持っていたのか」
読書の途中に昨日のそれが気になって来たのかと思っていたが違ったらしい。
まあそれなら置いてくるか、歩きながら読むような人間じゃないから。
「はい、あの本が読めたのならこれも読めるはずです」
「ありがとな、読ませてもらうわ」
彼女はそれで納得して戻るわけでもなくこっちを見上げてきていた。
同級生を見つめるような趣味はないから俺は違う方を見ておく。
……なんか佐竹の顔を見るのは怖かった。
「教室以外で過ごすのではなかったんですか?」
「昨日は寝られなくてな、賑やかさとかどうでもいいぐらい眠たかったんだよ」
「そうなんですか」
マイナス方向に傾いているからこんなことになる。
少し前ならもっと堂々と彼女に接することができたし、顔だって平気で見ることができたというのに駄目だった。
この先どんどん酷くなるか、よくなるかは周り次第だと言える。
「眠たいなら空き教室とかで寝た方がいいと思います」
「はは、反対なんじゃないのか?」
「授業中に寝ていないのであれば問題ないです。でも、いまのままでは問題となってしまうので絶対にそうした方がいいですね」
「それなら佐竹にいてもらおうかな」
ひとりで寝ているともしかしたら予鈴すら聞こえずに終わるかもしれない。
その点、彼女がいてくれれば起こしてもらえるだろうからもっと寝ることに集中できるはずだから間違いなくよくなる。
あ、もちろんこんなのは冗談だが。
先程時間を無駄にしてほしくないとか考えておいてこの発言はないだろう。
「嫌ですよ、そんなことをしているぐらいなら藤川さんといます」
「冗談だ、藤川のところに行ってこい」
これでも傷つかないのはやっぱり奈々と佐竹は違うんだ。
どっちも違う人間が好きだからこういうことになる。
他人に期待しなければこう普通にいられるのであればこれを貫くのもいいのかもしれない。
いや違う、そうするしかできないというのが本当のところか、そう片付けた。
彼女は去ったから教室に戻ることはせずに窓の外を見ていた。
「なにを見てるの?」
「外を見ているだけだよ」
別になにかが見たくてこうしているわけじゃない。
俺は教室から逃げ続けられれば勝ちだからこうしているだけだ。
「こーくんは最近、佐竹さんとよく一緒にいるよね」
「友達だからな、佐竹といないときはよく雄太といるぞ」
雄太も来たり来なかったりという感じだからひとりの時間は増えていく。
それでもずっと誰かといるよりかは落ち着くから本当はこれが合っているのかもしれない。
本当にたまにだけ誰かといられれば奥村航という人間は十分なのかもしれないな。
「なんかずるい」
「は……?」
「佐竹さんや藤川くんのところには自分から行くのに、私のところにこーくんは来てくれないからだよ」
そりゃそうだろ。
阿部や他の友達と楽しそうにしているところに行けるわけがないんだ。
それに行こうとも思わない。
それならなんで教室から逃げているんだって話になってしまうから。
「友達の友達がいる場所には行きづらい、それは分かるだろ?」
「でも、ひとりのときも来てくれないから」
「話しかけようにも放課後になったら奈々がすぐに帰るだろ、だから俺が意識してそうしているわけじゃないことは分かってほしい」
こういう話はすぐに終わらせるに限る。
もう授業が始まるからという最強のカードを切って教室に戻った。
「これ面白いな」
佐竹はセンスがあるんだろう。
というか、多分頑張って俺でも楽しめるような物を探してくれているんだと思う。
まあこれは佐竹が自分からしてくれていることだからマイナスに考える必要はない。
「帰ろうよー」
「なんでいるんだよ……」
「なんでって、こーくんが意地悪するからでしょ」
本をしっかり閉まってから問題の少女を見る。
彼女は「帰ろ」と誘ってきているが、これはまた面倒くさいことになりそうだった。
俺としては阿部といる時間を増やしてもらうのが一番だ。
いまとなっては彼女といたいなんて思ってはいないというのに。
「航――」
「佐竹か、どうした?」
彼女はいま入ってきたばかりなのに慌てて「いえ、やっぱりなんでもないです」と言って出ていこうとした。
別に抱きしめていたりキスをしていたカップルを目撃したわけじゃあるまいし、そんな反応はやめてもらいたい。
断じてそんなことはないから。
俺らの間には本当になにもないんだよ。
「おいおい、言いたいことがあるなら言ってくれ」
「あ……、本の感想を聞こうと思いまして」
「面白いぞ、いままで読んでいたからな」
渡された次の休み時間から読んでいたぐらいだからだいぶ変わった気がする。
それもまた彼女のおかげだ、まあ少し申し訳ない気持ちになることもあるが。
「そうですか、それならよかったです。あ、邪魔をしてもあれなのでこれで……」
「まあ待て、邪魔とかそんなことは一切ないから帰ろう」
「あ、それなら……」
悪いがこうなったら利用させてもらうしかない。
それぐらいいまの奈々といるのは嫌だった。
もちろんこれではメリットがないから雄太を誘おうとしたら、彼女から「今日はもう帰りましたよ」と言われて少し複雑な気持ちに。
とにかく謝罪をしてから帰路に就く。
「佐竹さんはこーくんと仲がいいんだね」
「え、あ、そうですかね?」
「うん、最近はそういう風に見えるよ」
「前からこんな感じなので特に変わったような気はしませんけど」
「それならずっと前から仲がいいってことだよね」
奈々のこういうところは嫌なところだと言える。
頑固なんだ、それがまたいい方に働いているところもあるのかもしれないが。
とにかくこれでは佐竹があれだろうから止めておく。
自分から来ることを選んでいないくせにずるいはないだろう。
「変な絡み方をするな、文句があるなら俺に言えばいい」
「も、文句とかそういうのじゃ……」
「だったら普通に帰ろう、なんにも悪くないのに佐竹からしたら迷惑だろ」
これもある程度落ち着いたからなのかもしれない。
いまは余裕を持って阿部と接することができているからだと思う。
そこまで自分勝手な感じはないが、結構俺と同じでわがままなところがあるから苦労したことはあったんだ。
止めたことも一度や二度だけではない。
「今日、阿部はどうしたんだ?」
いつも一緒に帰っているのにこうしてここにいるから違和感しかない。
彼女は複雑そうな表情を浮かべつつ「用事があるからって帰ったよ」と答えてくれた。
まあそういうのは仕方がないな。
「まあそういう日もあるわな。あ、また出かける約束とかしてないのか?」
「あ、私の誕生日のときにどこかに行こうってことになってて……」
「へえ、よかったな。そうしたらなにかを買ってもらえばいい、礼がしたいということなら逆になにかを買ってもいいかもな」
五月九日が彼女の誕生日だった。
今年は菓子かなんか済ませようと決めている。
本命がいるんだから変なのが頑張る必要はないし、変に頑張られても引くだろうし。
「というか本当に相性がいいよな、阿部も奈々を優先しているわけだからさ」
「うーん、どうなんだろう」
「いやいや、ずっと一緒にいるのにそれはどうなんだよ」
「女の子の友達は普通に多いからね、男の子の友達はもっと多いけど」
「だけどその中で優先してくれているだろ? 間違いなくいいと思うけどな」
俺は全く話したことはないが、奈々がずっと居続けるということはつまりそういうことだ。
相談を持ちかけられたこともないし、この先もきっとそれはない。
悔しさとかそういうことは全くなかった。
寧ろ好きな人間が幸せそうならそれで十分というもんだろう。
「あ、悪いな佐竹、こんな話をされても困るよな」
「いえ、気にしないでください。ただ……」
「ただ?」
「……いえ、私なら大丈夫ですから」
「どんどん入ってきてくれればいいからな」
とはいえ、この話では入ってこられないだろうから困ったときようのやつに切り替える。
今日の夜ご飯はどうだとか、昨日はどうだったんだとかそういうの。
あとはもう少しでテストがあるから大丈夫なのかなんてことも話した。
結局、佐竹は参加してくることもなく別れることになってしまったが……。
なんか申し訳ないからスマホを使って謝罪をしておいた。
ちなみに奈々は話せたことで納得できたのか文句を言ってくることはなかった。
「やべえだろこれ……」
読んでいる途中で寝落ちして紙を曲げてしまった。
だからあれからずっと本屋でこれと同じのを探しているが、見つからないという状態で。
ネットで注文とかしたことがないから分からないし、最近はなんか電子書籍の方が流行っているみたいだからないかもしれないし。
「航――なんでいま逃げようとしたんですか?」
「い、いや……」
「そういえばこの前の本は――先程から怪しいですね」
もうこうなったら仕方がないから勢いで謝罪をする。
曲げてしまったのは俺だ、しかもそれを隠して新品を返すことで問題なく終わらせようとしていたのも俺だ。
まずなによりも先に謝罪が必要だというのに悪いことをしてしまった。
「なるほど、それでずっと持っていたんですね」
「か、買って返すからっ、だから新品がくるまで待っていてくれ」
「本のことを考えると残念ですけど、別にそれを返してくれればいいですよ」
「いや、そういうわけにも……」
「申し訳ないから、ということですか?」
それは……そうだ。
誤魔化そうとしてしまっていたわけだから余計に引っかかる。
「それなら私のためになにかをしてください」
「佐竹のために? 俺にできることは……あ、雄太といられるように協力することぐらいはできるぞ」
寧ろそれ以外にできることがない。
そりゃ肩揉みとかそういうことはできるが、別にそんなのは求めていないだろう。
「藤川さんといられると確かに楽しいですが、私はあなたに求めているんです」
「いやだから……、俺にできることで佐竹が喜んでくれることはこれぐらいかなって」
こんな情けないことを言わせないでくれよ。
まあでも、雄太と友達である俺と一緒にいればそういうチャンスも増えるから悪いことばかりではないと思いたい。
佐竹にだって感謝している、だからこそしてやりたいこともある。
少しでも役に立てるということなら利用されているだけだとしてもどうでもよかった。
「ところで、どうして藤川さんのことを名前で呼び始めたんですか?」
「求められたんだ、って、そこまで聞いていたんじゃないのか?」
「……聞いていましたけど」
「あ、頼めばできると思うぞ? それか勇気を出して雄太って呼んでみるといいかもな」
彼女が名前を呼ぶことに関しては止めてきたりはしないはず。
ただ、雄太が名前で呼んでくれるのは遠いことかもしれないが。
それでも臆してなにもできないで終わるよりは絶対にいいからそうするべきだ。
「よー、ふたりは最近いつも一緒にいるな」
「借りた本を曲げちゃってその謝罪をしていたんだ」
「え、航が読書……?」
「ああ。これがまた楽しい、というか、面白くてな。まあ、それもあって寝落ちして~という感じだけど」
……仕方がない、読書なんて俺とは縁遠い行為だったからな。
過去の俺が聞いても同じような反応をするだろうから責められない。
でも、なんか釈然としないのはなんでだろうか。
「ははは! 変われないとか言っていたけど変われてるな!」
「それも佐竹のおかげだ」
黙ってこっちを見てきている彼女を見たら頭を撫でたくなったが我慢。
流石に気軽に触れられるような関係ではないからな……。
ちなみにこれは奈々に対しても同じことだから、つまりその、異性とそのような関係になれたことは一度もないということになる。
まあ、十年以上いる相手とそんな感じなんだからそれより少ない彼女とはそうだよなと。
「佐竹さんはしっかりしているからな、航の近くにいてほしいのは佐竹さんみたいにしっかりした子だと思うよ」
「確かに佐竹の存在は助かるな、間違ったことを間違っていると指摘してくれる存在は中々いないからさ」
っと、俺が喋りまくっても無駄だな。
それにこの前のように参加できない話題というのはあれだろうし。
というわけで黙ってふたりが話をしているのを見ていた。
奈々も面倒くさい絡み方をしてくるのはなくなったから平和でいい毎日だと言える。
「そういえば航から聞いたんだけど、佐竹さんの誕生日ももうすぐなんだよな?」
「はい、六月ですから」
「なにか欲しい物ってあるか?」
「えっと……」
「あ、ゆっくり考えてくれればいいから。航といるようになってから佐竹さんといる時間も増えたからさ、そろそろなにかを贈ってもいいぐらいかなって」
俺がなにかをするまでもなく雄太の奴が積極的に動いてくれている。
……結局なにもしてやれないってことかとなんか悲しくなった。
だからなにもしてやれない人間がいても仕方がないから戻る――ということはせず、まあ今回は合わせて存在しておくことにした。
放課後から空気を読んでどこかに行けばいい。
それに本を買わなければいけないからそもそも一緒にいるのは無理だ。
そういうこともあって放課後はすぐに出て遠い本屋に行ってみた結果、同じのを見つけたから購入して戻ってきた。
雄太との時間を邪魔したくないから十九時頃まで待って佐竹の家に行く。
「これ、本当に悪かった」
「え、もしかして本当に買ってきたんですか?」
「ああ、近い店にあったからなにも問題はないよ――あ、こっちで処分しろって言うなら持って帰るけど」
「い、いえ、いいですよ」
「じゃあほら、ちゃんと綺麗なやつだからさ」
腹が減ったから家に走って帰った。
家は好きなんだから明日からはすぐに帰ればいい。
幸いテスト週間も始まるから急にそうなっても不自然とはならない。
いまでも放課後になったら話す毎日が続いているからその前提を壊してしまえばいいんだ。
「ただ――」
「おかえり!」
どうやら今日も父はいないようだった。
最近は忙しいみたいだから今度マッサージでもしてやろうと決めた。
幸い、時間はいっぱいあるわけだから問題もないしな。
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