02話.[このままでいい]
「こーくん!」
「よう、上がれよ」
「うんっ、お邪魔します!」
好きな異性とデートできたんだから当然ではあるが、物凄くハイテンションだった。
手を洗ってからリビングに突入した彼女はそこでも明るさMAXの人間となる。
「
「奈々ちゃんもねっ」
あれ? 見回してみても父がいない。
理由を聞いてみたら仕事が増えてしまったみたいで、今日は二十一時ぐらいの帰宅になってしまったみたいだった。
待つのはあれだから先に食べちゃおう、そう言った母の笑顔で複雑な気持ちに。
「俺は後で食べるわ、このままだと父さんが可哀想すぎる」
「駄目、お父さんもそんなこと望んでいないと思うから」
「そうだよっ、こーくんと一緒にご飯が食べられるって楽しみにしていたんだからっ」
いやだからって……なあ?
鍋物をひとり寂しく食べるようなことになったら寂しいだろう。
が、こうなったふたりが言うことを聞いてくれるはずもなく。
食べている間は父にすまないと謝罪しつつ食べることになった。
「ぷはあ、食べた食べた~」
「馬鹿、腹なんか出すなよ」
「なんで? あ、これは食べた後だから膨らんでいるわけでですね……」
「違う、好きな人間の前でならともかく、俺の前でするなって言っているんだ」
母は現在洗い物中だからこれが聞こえているわけではないから安心できる。
奈々に好きな人間がいるなんて言っていないから聞いたらそれはもう酷いことになるから。
もったいないとか、情けないとか言われても嫌だからこれでいいんだ。
彼女が阿部と付き合い始めたら、そのときに始めて言えばいい。
「送るよ、もう帰った方がいい」
「まだいたかったけど……確かにこれ以上は迷惑だよね」
「そうは言ってない、時間も時間だからさ」
「うん……帰るよ」
そういう露骨にがっかりとした顔はやめてほしかった。
言ってしまえば複数の異性の前でしているというわけだから軽いという扱いをされてもおかしくはなくなってしまうから。
いつでも来てくれればいいが、あくまでそういうのは好きな異性にだけ見せるべきだろう。
「あ、佐竹さんだ」
「本当だな」
しかも藤川と歩いているというあっちも中々に積極的なようだった。
すれ違ってしまうと佐竹的にあれだろうから違うルートから彼女を送ることに。
「それじゃあな、今日は楽しかったぜ」
「私も、凄く楽しかったよ」
「おう、それじゃ」
多分、こんなことはあと一回か二回あるか、というところだった。
デートかどうかはともかくとして、一緒に遊びに行けるようになったら話は早いから。
「はあ……」
というか、正直来てくれなくていい。
声を聞くだけで無理だと言われ続けているような気持ちになるからだ。
すぐに帰るのもあれだからと珍しく寄り道をしていた。
「大きなため息ですね」
「藤川はどうした?」
「先程別れました、あなたがわざわざ違う道の方に歩いていったのでむかついたんですよ」
彼女はこっちを睨みつつ「どうせ変な気を使ったんでしょうけど」と。
正直これでもこっちを見上げてきているわけだからなんにも怖くない。
寧ろ可愛いぐらいだろう、子どもが背伸びしているような感じに見えてくる。
「今日の夜ご飯はなんだったんですか?」
「鍋だな、奈々と一緒に食べたんだ」
「高橋さんと? お家に招いてご飯を一緒に食べるぐらいの仲なんですね」
「まあ、昔から一緒にいるからな」
「でも、好きになったのはあなたではないんですよね」
おお、これはまた踏み込んできたもんだ。
その通りだったから頷いたら途端に慌てだして「こ、攻撃したかったわけじゃないんです」と言われてしまった。
「……ごめんなさい」
「別にいいよ、その通りなんだから」
その程度で怒ると判断されている方がよっぽどショックだった。
恋とはそういうもんだ、誰かが選ばれれば誰かは選ばれないことになる。
昔からそうだ、二股なんて最悪だからこれでいいんだ。
「佐竹、本当に好きなら手遅れになる前に頑張れよ」
「……はい」
大して役に立てないが俺を見てこうはならない、頑張らなきゃってなったら幸いだ。
なにも言葉だけが相手のためになるわけじゃないから。
「いらないかもしれないけど家まで送るよ、一応もう暗いわけだから」
「ありがとうございます、お願いします」
彼女を家まで送って別れ、
「あ、ちょっと待っていてください」
「あ、おう」
ようとしたらこうなったから突っ立って待っていた。
異性の家の前で突っ立つ怪しい男って感じだからなるべく早くしてほしい。
「これ、多分航でも読みやすいと思いますから」
「本か……」
「だ、大丈夫ですからっ、それでは、……今日はありがとうございました」
彼女としては寝るばかりの毎日を直してほしいということと、読書仲間を増やしたいという気持ちがあるのかもしれなかった。
まあでも、読んだら死ぬというわけではないから持って帰って読んでみた。
これが意外と面白くて、結構遅くまで読んでしまったというオチになる。
それでもある程度のところで寝て、早く起きてから続きを読んだのだった。
「よう」
「珍しいですね、あなたから来るなんて」
「これを返そうと思ってな、あ、ちゃんと読んだからな?」
目的は達成できたからもう戻ればいい。
ただ、教室からは依然として逃げている状態だから戻る気にはなれなかった。
それでも佐竹は怖いから彼女の教室からは出る。
もし藤川と付き合い始めたらこうして話す機会もなくなるのか。
藤川とも多分そうなるから俺はひとりになってしまう。
「航」
「どうした?」
もしそうなったら普通に寂しい。
大きい男がこんなことを言うのはださいが、例えそういう関係になれなかったとしても話せる関係ではいたかった。
ひとりで過ごしていくなんて無理だ。
ゆっくり寝られるのもそういう土台があるからこそだから。
「あなたこそどうしたんですか? こんなところで過ごして」
「日中とかはここで過ごすんだよ」
知らなくても無理はない。
所詮、藤川の友達程度の人間だから知ろうとする必要がないからだ。
あいつに嫌われないためにこうして来ている可能性もある。
少なくとも俺のところに来れば自動的にあいつは来てくれることになるからな。
「そうだったんですか? じゃあ寝ていないというのは本当だったんですね」
「おう、放課後だけが唯一ゆっくり過ごせるからああしているんだよ、俺は放課後のあそこが好きなんだ」
なんて、マイナス思考をするのはやめよう。
ほとんどしていないのにたまにこうなってしまうのは悪いところだった。
幸いだったのは途中で藤川が出てきてくれたことだ。
いちいち慌てるということもせずに冷静に対応できている彼女を見ているとなんか安心する。
「今度この三人でラーメンでも食いに行くか」
「どれだけ好きなんだよ、それに佐竹は女子なんだからもっとなんか食べたいのがあるだろ」
「私はいいですよ? ラーメン屋さんには入りづらいですからあなた達がいてくれれば寧ろ美味しいラーメンを食べられていい日になると思いますけど」
このメンバーだったら俺は間違いなくいらないと言える。
緊張するかもしれないがそんなのは最初だけだ。
それに仲を深めていったら結局ふたりきりになるんだから後か先か、という話でしかない。
「それなら俺は遠――」
「今日行きましょう、後にすればするほど航は行かないとか言い出しそうですから」
そういう理由ではないが、いま正に行かないと言おうとしていたから鋭かった。
いやだって好きって聞いているんだから行動してやりたくなるだろ?
彼との時間を増やせるなら俺は遠慮だってするさ、それが友達ってもんだろ。
寧ろここで嬉々として邪魔をしていたらそんなのは友達とは言えない。
「お、航のことよく分かってるな」
「高橋さんほどではないですけど、一応前々から一緒にいるわけですからね」
「よし、じゃあ今日行こう」
マジかよ、まだ食べに行ってから一週間も経っていないというのに。
まあいいか、俺なりにサポートしてやればいい。
ちょっと役に立つことぐらいは俺にだって言えるし。
というわけで放課後、あのラーメン屋、ではないラーメン屋に来ていた。
佐竹は藤川の横に座らせて俺はひとり広々と座る。
……睨まれていたがまあ、そんなことはどうでもいいからなにを頼むのか決めて待っていた。
こういうとき彼が注文してくれるから助かるというもの。
ラーメンが運ばれてくるまでは会話をして、きたら食べることに専念して。
「ごちそうさまでした、凄く美味しいんですね」
「佐竹さん的にはやっぱり来ないような場所なのか?」
「はい、カップ麺を食べたりすることもないですから」
それはまた珍しい話だ。
俺なんか昼は特にそういう簡単な物で済ませているというのに。
まあだからこその細さなのかもしれない。
「話すのは外でもできるから会計を済ませて帰るか」
「そうですね。そういう常識はあるんですよね、航にも」
そりゃあるだろ……。
長く一緒にいるはずなのに悪く言われてばかりなのは何故なのか。
嫌いなら去ればいいのにな、いやだってこのままだと傷つくぞ……。
「というか、藤川は外で食べ過ぎじゃないか?」
「俺は航と違って家族と仲良くないんだよ、だからなるべく顔を合わせないようにしていることになるかな」
「そうなんですか? 藤川さんは明るいのに意外な感じがします」
「昔からそうなんだよ、なんか上手くいかなくてさ」
こっちは喧嘩とかしたことがないから分からなかった。
両親とはずっとあんな感じだ、いや、両親がずっとあんな感じだ。
だから嫌いになれないし、そもそも嫌いになる必要なんかない。
俺みたいな人間はせめて家族とぐらいは上手くやれていないと駄目なんだ。
そうでもなければ潰れてしまう、余裕すらなくなってしまうから。
「くそ……帰ってこいって連絡が来たから帰るわ」
これはまたピンポイントな感じなそれ。
もう帰るということなら丁度いい、理由がどうであれ帰らなければならないわけだし。
「それなら佐竹のことを送ってやってくれ」
「分かった、それじゃあまたな」
「おう」
佐竹は一度こちらを見てから、それでもなにも言わずに藤川と歩いていった。
これでいい、これで少しは動けたというもんだ。
あと、何気にふたりより家が手前にあるから遠くなるというのもあった。
自分でそうしておいてなんだが、こんなの好かれるわけがないなと内で呟きつつ帰った。
「やっぱり阿部くんって格好いいなあ」
ほへーっとしていると思ったら急にそんなことを言ってきた。
俺はなんとなくそのちょっとアホな顔を見て、それからすぐに違うところを見る。
「直接言ってやれよ、そうしたら振り向いてくれるだろ」
「でも、実際に本人を目の前にすると言えなくなっちゃってねー」
もはや意地悪だろこれ。
なんでいちいち俺のところに来て言うんだ。
同性の友達だっているんだからそっちと話せばいいことだ。
が、そんな複雑さがあってもちゃんと対応しようとする自分の情けなさがださかった。
「そういえばこーくんはどうなの? 好きな子とかいないの?」
「いても言わないな、だって絶対に上手くいかないから」
これは彼女に聞かれているからではなく本当のことだった。
こんなことを言っておきながらあれだが、俺は彼女よりも弱いから。
自覚してしまったら誘うこともできない、上手く話すこともできない。
それでもこうしていられているのはもう無理だと分かっているからだ。
彼女が決めてくれればこちらも完全に捨てることができる。
こんな状態で緊張していても仕方がないという話だった。
「そんな悲しいこと言わないでよ、それに最初から諦め気味だと相手の子も振り向いてくれないんじゃないかな」
「はは、これはまた痛いストレートだ」
流石、現在進行系で頑張っている人間は違うなと。
事実その通りだ、だからこうやって前に進めないでいる。
別に苛ついたりしなかった、それどころか痛いぐらいの正論で気持ちがいいぐらいだった。
まあいい、このことを知っているのは藤川だけだから恥にもならない。
「トイレに行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい」
やっぱり教室にいるといいことなんかなにもない。
あのふたりは元々来るのはランダムだからなにを期待していたのか……。
「はあ……」
マジで痛え、なんだあの正論は。
しかもそれを奈々から言われるのが一番堪える。
まだ佐竹に言われた方がダメージも少なかったというもんだ。
「うお、ここで会うなんて珍しいな」
「ゆっくりしてくれ」
その佐竹だって彼が好きなんだから俺の近くには誰もいてくれなくなる。
まあでも奈々達が悪いわけじゃないから責められることではないが。
「きゃっ」
「え」
俺の目の前で尻もちをついていたのは佐竹だった。
ぶつかったのかもしれないから謝罪をして手を差し伸べる。
彼女は意外にも文句を言うことなくその手を掴んでくれたから優しく引っ張った。
「本当に悪かった、怪我はないか?」
「はい……、大丈夫です」
「あ、藤川ならトイレだから用があるなら待っていればいい、じゃ」
考え事をしていて他者を倒してしまうなんて初めてだった。
少なくとも留まっているときにしようと改める。
怪我をさせてしまったらそれこそ駄目になるだろうから。
それにこんなことを繰り返されるぐらいなら佐竹的にも相手が寝ていてくれた方がいいだろ。
「おかえり」
「ああ、もう席に戻れよ」
「そうだね、阿部くんとお喋りもしたいから戻るよ」
ま、まあ、こういう苦さを味わっておくのもいいことだ。
社会に出たらこんな気持ちになることも多いだろうからいまから耐性作りということで。
とにかく勉強面で悪い結果を出さなければ特に問題にもならない。
「終わった……」
放課後になると物凄くほっとする。
奈々は阿部とさっさと出ていくからゆっくりできる。
あの無駄にこっちに来るのはなんでだろうか。
もしかしたら気持ちに気づいていて、諦めさせるためにわざとこっちが痛くなるようなことばかり言ってきているのかもしれない。
意地悪というわけではなくそれも奈々なりの優しさなんだ。
ただまあ、あくまで想像だから意味はないことではあるが。
「今日はやけにぐったりとしているな」
「よー……トイレぶりだな」
「な、なんか嫌だなそれ」
彼は前の椅子に座って「どうしたよ?」と聞いてきた。
正直言うことではなかったから少し眠たいんだと言っておいた。
俺といえば=として寝ているような人間だからきっと信じてくれる。
「また佐竹さんに怒られるぞ?」
「いいんだよ、それに佐竹が言っていることも正しいからな」
「じゃあわざと悪いことをしているってことになるけど……」
「どうせいつか飽きてどこかに行くだろ、だからこのままでいいんだよ」
寧ろ佐竹からすればそれが一番だ。
奈々だってやっと解放されたと言ってもいい。
それをいま突きつけられているんだと思う。
「それよりどうしてさん付けなんだ?」
「それはやっぱり時間がな」
「変なところでこだわるんだな」
「おいおい、俺のことを名字で呼んでる人間がそれを言うのか?」
おお、これもまた普通に正論だった。
だが、佐竹に対してもしているわけだし、嫌だからというわけでもない。
同性と異性で態度を変えたりしないからそこは信じてほしかった。
信じられないってことならそれはもう仕方がないが。
「そろそろ名前で呼べよ」
「雄太って呼べばいいのか? でも、藤川はやっぱり藤川だろ」
「なんだよそれ、名前で呼んでくれ」
「まあいいけどさ――よし、そろそろ帰るか」
「おう、そうだな」
雄太といる時間は複雑な気持ちにならないから好きな時間だった。
これもいつかは変わるだろうが、来てくれる限りは不快な気持ちにさせないように気をつけて対応しようと決めた。
それぐらいの価値は間違いなくあるからな。
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