72作品目

Rinora

01話.[ひとりとぼとぼ]

「こーくんこーくん!」

「……なんだよ?」


 顔を上げたらどこか嬉しそうな異性の顔が見えた。

 こういうときはなにがあったのかを聞かなくても分かってしまう。

 それでも聞いてやらないと不機嫌になるからこうしなければならない。


「あのねっ、今週の土曜日に阿部くんとお出かけできることになったんだっ」


 阿部明浩あきひろ、彼女が現在進行系で恋している相手。

 彼女、高橋奈々ななはこうして意味もなくこっちに話してくる。

 知りたくないのに、見たくないのに残念ながら一緒のクラスだった。


「トイレ」

「あ、うん、行ってらっしゃいっ」


 個室にこもってうーんうーんと唸っていた。

 なにをどうしてもそれを避けることができない。

 中学一年のときから一緒にいるからなんでまだ付き合っていないのかとツッコミたいレベル。

 ……個人的にはさっさとそうなってくれれば勝手にあいつが警戒しだすだろうからありがたいんだけどなと、そう呟いた。


「ふぅ」

「こーくん!」

「うわあ!?」


 男子トイレの前で待ち伏せするなよ!

 本当に教室じゃなくてよかったと思う。

 もしそうだったらかなり恥ずかしいところをクラスメイトに見られていた。


「……で、なんだよ?」

「こーくんの相手もしてあげないと寂しいかなって」

「そんなの気にしなくていい、あ、だけどありがとな」

「そんなの当たり前だよっ、だってこれまでいっぱい助けてくれたんだからっ」


 それは幼馴染ではないが小さい頃から一緒にいたからだ。

 それ以上でもそれ以下でもない、そう言い聞かせ続けている。

 まあでも抑えられる自信はないから早く付き合ってほしかった。

 そうすれば俺も忘れて次へと動き出すことができるから。


「教室に戻ろうぜ」

「うん、戻ろう」


 阿部と席が近いから戻ったら会話をしていた。

 俺はなんとも言えない場所だったから下を見て時間をつぶす。

 休み時間なんてのは短く設定されているからこれでも困ることはなかった。

 授業が始まればそれに集中するだけで嫌な気持ちを味わうこともなくなる。

 終わったら廊下に逃げればあれを直視する必要もなくなる。


わたる


 奥村航、それが俺の名前だった。

 阿部大好き少女だけがこーくんと呼んできているがそれは間違いだ。

 まあそう読めなくはないからいちいち言ったりはしないでいる。


「今日もひとりの放課後か」

「まあな」


 十八時には両親も帰宅しているから帰っても問題はなかった。

 仲もいいし、喧嘩とかもしたことはないから間違いなくいい時間を過ごせる。

 だが、こうして放課後の教室で過ごすのも好きなんだ。

 

「飯でも食いに行かないか? どうせ暇だろ?」

「そうだな、たまにはそういうのもいいか」

「おう、ラーメン食おうぜラーメン」


 彼はラーメンが好きすぎる。

 たまには~なんて言い方をしたが、ラーメンについては久しぶりではない。

 外食に行けないときは袋麺やカップ麺の攻略にかかるし、将来は味などについてブログなどを書いていそうなぐらいだった。


「美味え……」

「確かに美味しいな」


 一ヶ月に一度はここに来てお互いにこう吐いている気がする。

 まあでも実際に美味しいし、安価なわけだから財布的にも助かっていた。

 両親はうるさく言ってこないから連絡しておけば大丈夫だしな。


「そういえば阿部大好き少女とは別にもうひとり関わっている異性がいたよな? そっちの方はどうしたんだ?」

「今日は来ていないから分からないな」


 読書ができればいい的なことを言っていたから多分この先も変わらない。

 誰かと仲良くするかもしれないし、付き合うかもしれないし。

 それは全て自由だから俺としてはこういう風にしか言えなかった。


「ごちそうさま、払って帰るか」

「だな」


 なんとも言えない気温がずっと続いている。

 暑いわけでも寒いわけでもないからあまり文句も言えないが。

 救いな点は雨が降らないことだろうか。

 たったそれだけのことで萎えることなく過ごせるからいい。


「航はいつでも変わらないよな。暗いわけでも、明るいわけでもないよな」

「人はそう簡単に変わらないよ」


 なにかが起きる度に理想の自分に変われるなら苦労はしない。

 ただそれができても自分を貫けているとは言いづらいからそれでいいと思う。

 自分らしさを見失ったらお終いだ。

 他人を羨んでも仕方がないから自分らしく生きていくしかない。


「でも、急変するわけじゃないからそこがいいよな、一緒にいる身としては」

「はは、じゃあこれからもそうするよ――っと、じゃあまた明日な」

「おう、またな」


 何気に途中に家があるから楽だった。


「ただい――」

「「おかえり!」」


 ひとりっ子だからなのかいくつになっても迎えに来たりする。

 対する俺は両親が帰ってきてもリビングでおかえりぐらいしか言わない。


「あ、外で食べてきたから」

「「それは連絡してくれたから知ってるよ」」

「そ、そうか、じゃあ風呂に入ってくる」

「「行ってらっしゃい!」」


 ま、まあ、仲が悪いよりは遥かにいいだろう。

 その後は風呂に入って、出たら部屋でゆっくりしたのだった。




「航」

「んー……」


 俺と関わってくれている人間は俺の名前を呼ぶのが好きだった。

 ……冗談はともかくとして顔を上げるとぶすっとした異性の顔が見えた。


「あなたはいつも寝ていますね」

「読書をしていなくていいのか?」

「はい、先程読み終えてしまいましたから」


 佐竹あずさ、彼女は椅子に座ってこっちを見てくる。

 放課後に残ってまで本を読むのはどうなのか、そう問いたくなる一件だった。


「それで今日もどうして残っているんです?」

「寝られなかったからかな」


 恋する女子みたいにスマホをずっと持っていたがなにも反応はなかった。

 奈々はもうずっと阿部にしか意識がいっていないから夜にやり取りをすることもなくなってしまっていることを分かっているのに、馬鹿なことを繰り返してしまっている。

 これを終わらせることができるのは奈々だけ、こちらにはどうすることもできない。


「もう帰りましょう、寝るのならお布団で寝た方がいいです」

「俺はベッドだけどな」

「細かいことはいいんですよ」

「ま、そうだな、帰るか」


 実は彼女は昨日の男子が好きだったりする。

 もちろん言ったりはしないが、全く近づこうとしないのはなんとも言えないところだ。

 こっちにはずばずばなんでも言えてしまうのに恋した相手にはそうなんだなと。

 案外可愛いところもあるじゃないかと偉そうに言ったら殴られたこともあったなと。


「お、昨日指摘されたから一緒にいるようにしたのか」

「違うよ、佐竹がたまたま来たんだ」


 藤川雄太は実に変なところにいたが一緒に帰ることにした。

 教室と階段の中間地点ぐらいにいたからもしかしたら聞いていたのかもしれない。

 もっとも、ただの会話を聞かれていただけだから彼女的には問題もないが。


「藤川さんは航とお友達なんですよね?」

「ん? ああ、そういうことになるな」

「それなら『寝るな』って言ってくれませんか?」

「んー、本人曰く授業中もそうしているわけじゃないからな」


 彼も彼女も別のクラスだったりする。

 俺としてはこのふたりと一緒のクラスがよかったとしか言えない。

 阿部と奈々から距離を作れればそれで十分だからだ。

 そのかわりとして彼女からずばずば痛いところを突かれたとしても我慢できる。


「って、それが本当かどうかは分からないってことじゃないですか」

「でも、赤点になったりはしない人間だぞ? 成績だって見せてもらったことあるけど全く問題ないわけだからな」

「でも、……寝るのはよくないと思います」

「許してやってくれ、それに休み時間にどう過ごそうが本人の自由だし」


 そもそも寝ているのは放課後だけだ。

 放課後までは教室から逃げて窓の外を見ているから問題もない。

 だからそこだけピンポイントに切り抜かれると俺としては痛いというか。

 まあでも、佐竹と藤川にはあれを教えていないから仕方がないな。


「よし、久しぶりに公園にでも行くか」

「別にいいですけど」

「俺もいいぞ」


 この歳にもなると公園には滅多に行かなくなる。

 学校で寝たらすぐに帰る人間だから外で寄り道するとかそういうことは本当にないし。


「えーっと、佐竹さんは阿部と友達なんだっけ?」

「阿部さんとはあまりお話ししたことがありません」

「え、そうなのか?」

「はい」


 来る頻度が低いからそれも仕方がないことだ。

 それに読書を好んでしているから多分ほとんどの人間と同じような感じだと思う。

 それでもこっちの教室に午前中なんかに来たときは奈々が絡みに来るからあまり、ということになる。


「ん? じゃあ……航だけが友達――」

「航以外にもいますけどね」

「そ、そうか、分かったから怖い顔をしないでくれ」


 あ、一応友達ということは認めてくれるらしい。

 まあそりゃそう言いたくもなるか、佐竹的には藤川も友達だと言いたいんだ。

 それなのにその相手から自分は違う的なことを言われたら寂しいだろう。


「藤川が悪いな、俺しか友達がいないわけないだろ」

「よく知らないからな」

「俺もそれは同じだけどな」


 俺達は決して仲がいいというわけではない。

 そもそも文句を言ってくることも多いのに近くにいるのが不思議なぐらいだ。

 しかもはっきり藤川が好きだとも教えてくれたわけだし、謎の少女だ本当に。


「私は藤川さんともお友達でいられていると思っていたんですけどね」

「え、俺かっ? クラスが違うし、なんなら航のところにもあんまり来ないからな……」

「そ、それでもこうして一緒にいることもあるじゃないですかっ」

「三週間ぶりぐらいだぞ?」

「そ、それでも一緒にいるときはあるということじゃないですかっ」


 彼は察し力がなかった。

 ここまで必死になっているんだから友達なことぐらい認めてやればいいのに。

 モテるのかどうかは知らないが、こういう部分はそういうときに悪く働くと思う。

 まあでも俺には関係のないことだからなにかを言ったりすることはしないでおいた。

 元々、そんなことは求められていないだろうからな。




 土曜日。

 父は仕事で母は休みだった。

 今日は阿部と奈々が出かけている日だから正直助かる。


「お買い物に行ってくるね」

「俺も行くよ、運ぶぐらいはできるから」

「そう? じゃあお願いしようかな」


 そう、これができるからいい。

 普段は父と同じぐらい働いてくれているから俺もなにかを手伝いたかった。


「最近、奈々ちゃんとはどうなの?」

「普通だよ、これまでとなにも変わらない」

「ずっと小さい頃からいるんだし、親としては彼女になってくれるとありがたいんだけどなー」

「そこは奈々次第だからな」


 昔から一緒にいるからという理由で付き合わなければならないなんてルールはない。

 こっちを頼ってくることは多くあったものの、そういうつもりで意識されたことはない。

 幼馴染だからって付き合ったりする人間が多くないように、俺と奈々もそれに該当するというだけだった。


「今日はなににするんだ?」

「冬の方がいいかもしれないけどお鍋にしようかと思いまして」

「え、それはどうして?」


 別にお金持ちというわけでも、日々贅沢な毎日というわけでもない。

 特別なことがない限り鍋物とかはしないのにどうしたんだろうか。


「たまには奈々ちゃんも誘ってわいわい食べたいなって思ってね」

「分かった、じゃあ誘っておく」

「うん、よろしくね」


 荷物持ちだけをすればいいからスーパーを出てメッセージを送ろうとしてやめる。

 いま正にデート中なんだから十八時とかになってからでいい。

 帰ってからすぐに食べるというわけでもないから焦る必要もないし。


「ぐぇ、重い……」

「俺が持つから無理するな」


 母も寄り道とかはほとんどしないから帰路に就いている最中も特になにもなかった。

 家に着いたら冷蔵庫前まで持っていって、流石にそこからは母に任せた。

 なんかこだわりを持っているみたいだから変に手を出すよりはこれでいい。

 べ、別にしないことを正当化しようとしているわけではない。


「もしもし?」

「あ、こーくん? いまちょっと大丈夫?」

「おう、俺は大丈夫だけど」


 そっちはいいのか?

 気になる異性と出かけている最中なのに全く好意はないとはいえ違う異性に電話をかけるというのはちょっと……。


「今日の夕方に行くからねっ」

「おう、母さんが奈々を誘おうとしていたから丁度よかったよ――って、なんでだ?」

「ほら、こーくんの相手をしてあげないといけないから」

「それはありがたいけどいまはデート中だろ?」

「で、デートだなんてそんなそんな……」


 ああ、実は出かけていなかった、とかではないらしい。

 いまはトイレに行っているかららしいが、それってやっぱり結構リスクのある行為だ。

 好きなだけ来ればいいからいま電話はやめておけと言ったら言うことを聞いてくれて切ってくれたから助かった。

 いやだってそれで奈々に対して変な対応をされても困るし、俺が電話越しに阿部の声を聞きたくなかったから仕方がない。


「航くん、梓ちゃんが来てくれたけど」

「佐竹が? いま行くよ」


 リビングに移動したらソファの上にちょこんと座っていた。

 彼女は奈々よりも小さいから少し心配になるぐらいにはあれだ。

 もちろんちゃんと食べた方がいいと言ったら怒られたが。


「こんにちは」

「おう、今日はどうしたんだ?」

「時間が余っていたのであなたのお家に来たんです」

「あ、藤川といたいなら呼ぶけど」


 部活をやっているわけじゃないからこの前みたいに集まることができる。

 彼女がいるわけでもないし、進んで外に出かける人間ではないから今日だってゆっくりしていることだろうと判断してのことだったが、佐竹は首を振るだけだった。

 聞いてみたら迷惑をかけたくなかったらしい、俺はいいんだな……。


「本屋さんに行きたいので付いてきてください」

「いいぞ、行くか」

「はい、よろしくお願いします」


 ここに来るより本屋に行けばよかったのでは? なんて思っても言わない。

 これを口にしてしまったら藤川と同じになってしまう。


「普段はやっぱり文字びっしりな本を読んでいるのか?」

「そこまでではないですよ? あくまで普通の小説です」

「俺が読んだら頭が痛くなりそうだ」

「そんなことないと思いますけどね」


 中学のときは読書の時間が設けられていたから無理やり読む必要があった。

 もちろん漫画なんて許可されないから小説を読んでいたわけだが、俺はそのときの経験からこう言わせてもらっているわけだ。

 なにより俺に読書は似合わない。

 読書をしているぐらいなら寝ていた方がマシだし、寝るまではいかなくても寝転んでいた方が遥かにいい時間を過ごすことができる。


「それならライトノベルとかはどうですか?」

「いや俺は読書自体が――」

「いけません、寝て時間経過を待つよりも絶対にいいですから」


 彼女は小さな手でこっちの腕を掴みつつ「難しいことを考えずまず読んでみないと始まりませんから」と引く気はないようだ。

 これは俺にこうするために来たに違いない。

 だって欲しい本があったらひとりで買いに行くだろう。


「俺はいいから佐竹が欲しい本を買えよ」

「……そうですね、強制されても続くようなことではないですし」

「でも、考えてくれてありがとよ」

「それなら読書に興味を持ってもらえた方がいいですけどね」


 無理やりこの話を終わらせて選ばせることに専念させた。

 結局、彼女は数冊の本を選んで買っていたからそういう目的もあったらしいと分かった。


「いますぐに読みたいのでこれで帰ります、今日はありがとうございました」

「おう、気をつけろよ」

「はい、航も気をつけてください」


 藤川さん、阿部さん、ふたりはさん付けなのになんで俺は名前を呼び捨てなんだ……。

 まあ細かいことを気にしていても傷つくだけだからひとりとぼとぼと帰路に就いた。

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