伍. 姥捨の怪
「皆さんは、姥捨山という昔話はご存じでしょうか。昔、不作などの食糧不足の際、家族や村の者を食わすため、あるいは、神様の生贄のために、役に立たなくなった老人を山に捨てるという昔にあったと言われる風習です。」
「これは、N県に昔から伝わる姥捨山についてのお話で山を切り開いた小さな村に、吾作と呼ばれる男とその家族が住んでいました。吾作は、母親と、嫁の3人で一緒に貧しい暮らしをしておりました。吾作がいる村は、山を切り開いて造ったこの村は、どこにでもある普通の村でした。村人たちは、その年にとれた米、粟などの作物や田畑を荒らした野生動物を狩り、細々く暮らしていました。
とある寅年の年。その年は夏が例年より寒い冷夏でした。作物がうまく育たない不作の年でした。吾作を含めた村の若者と村長は、この冬をどうやってやり過ごすのか話し合うため、村長の家に集まっていました。この日の話し合いでは、備蓄している食糧を少しづつ蔵から出すことや、少数で山狩りをして猪や熊を狩ることが決まり、解散しました。その帰り、吾作はどこからか目線を感じながら、家へ帰りました。家に帰ると、嫁に話し合いで決まったことを伝えました。吾作は部屋の片隅にいる母親の方を見て、話しかけました。吾作の母親は、昨年にボケてしまい、昔のことはおろか、自分のこともわからなくなっていました。吾作は、母親の言葉にならないような言葉を聞き、心の中では、母親がいなければどんなに楽か、そんなことを考えていました。その夜、吾作は寝つきが悪く、よく眠れませんでした。
次の日。朝から、雨が降っていました。吾作は昨日、話し合いで決めた山狩りに使う道具の手入れをして過ごしました。雨は連日降り続けました。夜、雨音が睡魔の邪魔をする中、吾作は轟音と共に起きました。しばらくすると、家の外から慌ただしい幾つもの人の声がしました。吾作は家を飛び出しました。外にいた村人に話を聞くと村に雷が落ちたということでした。吾作は周りを見ると雨が降る中、轟々と火が上がっているのが見えました。吾作はその村人と一緒に火が上がったところに急いで行きました。たどり着いたのは、村人の生命線である蔵でした。轟々と燃える蔵の周りを村人がたちが囲んでいました。その中には、驚きでその場に立ちすくむ者も入れば、
火を消そうとしている者もいました。しかし、雨が降っているのというのに、火の勢いは衰えることもなく、ますます激しくまるばかりでした。吾作はその様子をただ見守ることしかできませんでした。半刻後、蔵の火は蔵の全てを燃やし尽くしました。」
(私は、手元の水筒のお茶を飲みました。)
「次の日、燃え残った蔵に足を運ぶものはいませんでした。吾作は、朝一早く、村長の家にいました。この村の命綱であった蔵が燃え、この先どうやって食い繋ぐのかを話し合っていました。しかし、誰からも案は出ず、話し合いは煮詰まってしましました。緊張の糸が周囲を張り巡らせられるなか、吾作は口を開きました。
『昨夜の雷は、きっと山の祠の神様のお怒りだぁ。誰かを人柱にしないと、またひどいことが起こるぅ』
と。村長をはじめとした若者は吾作の案に賛成しました。吾作は。
『人柱ならオラに任せろぉ。明日の夕方でるぅ。心配するなぁ。』
吾作のこの一言に皆は喜びました。しかし、この中で、一番喜んでいたのは吾作自身でした。話し合いは吾作の鶴の一言で終わりました。吾作は家に帰り、家に帰ると嫁に話し合いのことを話し、明日の夕方家を出ると伝えました。」
(私は緊張したのか、水を口に運びました。)
「次の日の夕刻。いつも通りの夕食を摂りました。吾作は、完全に日が落ちる前に家を出ました。目的地は村の奥にある滝でした。この側には山の神を祀った小さな祠があり、村の祭事などで供物を中にお供えをしていました。吾作は母親を背負って道にならない獣道を進んでいました。母親は最初何かを言っていましたが、疲れたのか途中で眠ってしまったのか静になっていました。吾作は前に小さな岩の塊を見つけました。小さな祠です。吾作は祠の近くに行くと母親を横に下ろしました。しばらく吾作は母親を見つめて、決意しました。祠の横にいる母親を力一杯滝に落としました。眼下に1つの影が滝壺に落ちていくのを吾作ははっきりと見ました。吾作は急いで、村に戻りました。その頃には、月が燦々と出ていました。
夢の中。吾作は自身を呼ぶ声に気がつきました。場所は吾作の家でした。声は家の外から聞こえていました。声を聞いているとどこか懐かしい気がしました。吾作は外に出て、声の出どころを探しました。声は出口の裏から聞こえてくるように思いました。吾作は自分の家の裏口に行きました。目の前には、人影のような黒いゆらゆらしたものが立っていました。吾作を呼ぶ声はその人影から聞こえてくるようでした。吾作は、その影に手を触れようとしました。瞬間、無数の眼が現れ、吾作を睨めつけました。吾作は驚き、その場で腰が抜けました。無数のそれは、吾作に近づいてきました。吾作は恐怖のあまり、動くことができませんでした。それの先から二本の触手のようなものがゆっくりと伸び、吾作の首に絡みつきました。吾作は声にもならない声を出しながら、恐怖に感情に身を任せるしかありませんでした。それは吾作の顔の前まで進んでいました。首に絡みついた"それ"はどんどん力を増していきました。吾作は首に纏わり付いたものを剥がそうとしました。しかし、吾作の体は動きませんでした。吾作は、目の前の無数の眼に睨めつけられながら、気を失いました。
日が登った
「これ以降、この村には1つの変わった掟が決められました。それは、”姥捨の夜は物音が聞こえても家の外に出てはいけない"という今では訳のわからない掟が決めらました。今では、この村は廃村となり、記録上存在しません。しかし、この掟は密かに元村人たちによって語り継がれているのは事実のようです。」
語り部: 石川 健一
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