第90話 妹の目覚め
リリのところは、相変わらず静かだ。
ガラスケースの中で目を閉じていて、繋がれた装置によって生かされている。
その姿を視界に入れると、思わず手に力が入った。
「……本当に、目を覚ますのか?」
今までどんなことをしても、リリは目を覚まさなかった。
それなのにこんな突然治せると言われても、未だに信じられない。
すがるように将軍を見ると、優しく抱き寄せられる。
「ああ、大丈夫だ。絶対に目を覚ます。約束してもいい」
「約束なんかより早くやってくれ」
「分かった」
将軍が離れ、リリのいるガラスケースに向かう。
そして目の前に立つと、手のひらをかざした。すぐに呟く声が聞こえてきたが、何を言っているかまでは聞き取れなかった。
大丈夫だと言ったが、本当に目を覚ますのか。
俺は見守りながら、祈るように胸の前で手を組んだ。
その状態がどのぐらい続いたのだろうか。
数分だったかもしれないし、数時間だったようにも感じた。
やはり無理なんじゃないかと諦めかけた時、リリに変化が現れた。
指の先がぴくりと動いたかと思えば、口からコポリと泡を吐き出した。
「リリ?」
呼びかけた声は、とても小さかった。
でもちゃんと届いたかのように、リリのまぶたがゆっくりと開かれる。
「リリ!!」
俺はいてもたってもいられず、ガラスケースの前まで走る。そして隣に置いてある装置で、中の水を抜く操作をした。
すぐに中の水が排出され、重力にさらされたリリの体は地面に倒れ込む。
「大丈夫か!?」
ケースの扉を開けた俺は、リリを抱えて強すぎないぐらいの力加減で揺すった。
腕の中のリリはぐったりとしていて、ずっと眠っていたせいか顔色がとても悪い。
「リリ、リリ。俺の声が聞こえているか?頼む。目を覚ましてくれ」
ここにいるはずなのに、目を離したらすぐにでも消えてしまいそうだ。
その存在を確認しないと心が休まらなくて、俺はしっかりと抱きしめた。
そうやって、何回ぐらい呼びかけた頃だっただろうか。
けほけほと軽く咳き込みながら、リリが目を覚ました。
「リリ!! 俺が分かるか!?」
本当に起きた。
ぱちぱちとまばたきをして、俺を視界に映すと小さく口を開く。
「お……に、い……ちゃ……?」
かすれて小さな声だったけど、ちゃんと意味は理解出来た。
ちゃんと、俺のことが誰だか分かってくれている。
嬉しくて胸が苦しくなって、俺はリリを強く強く抱きしめた。
「リリ……リリ……」
ただ名前を呼ぶことしか出来ず、目頭が熱くなる。
自分に何が起こったか分かっていないはずなのに、リリは文句も言わず抱きしめ返してくれた。
そんな俺達を、将軍は何も言わずに見守っていた。
リリが起きたことを受け入れることが出来て、俺はずっとここにいたら体調を崩してしまうと自分の隊服を着せた。
物珍しそうに服を着る姿は、我が妹ながら可愛らしい。
状況を教えてあげるために、俺は上で説明をすることにした。
長い間眠っていたリリは歩くこともままならなかったので、お姫様だっこで運んであげた。
将軍からの視線が痛かったけど、俺は見ないふりをした。
そうしてリリを連れてきた俺達を、みんなは優しく出迎えた。
リリにはピッタリの服をすでに用意してくれていて、温かい飲み物も淹れてくれた。
リリにとっては知らない場所、知らない人達ばかりにも関わらず、取り乱したりすることなくお礼を言った。さすが俺の妹だ。
鼻高々に見守っていると、今まで何も言ってこなかった将軍が呟くような声が耳に入った。
本当に小さな声だったから、俺もギリギリ聞き取れた。
「もう気にするな。リリが今こうして元気でいるから、許す」
たぶん誰にも聞かれたくなかったのだと思い、俺も小声で返した。
まだ怒りが完全に消えたわけではないけど、でも謝ってきたのだから許さない理由は無い。
「それにリリ本人が怒ってないんだから、俺が怒るのも違うだろう」
「……そうか」
落ち込んでいる気配を感じたので、俺はふぬけすぎだと発破をかけるために、背中を叩いた。
全く調子が狂う。
俺はため息を吐いた。
「その表情がマシになるまでは、こっちに来るなよ。リリが気を遣うからな」
少しは落ち着けと俺はそれだけ言い残すと、リリの方に近寄った。
「気分は大丈夫か? 辛いのなら、遠慮なく言えよ」
「お兄様。私は大丈夫ですから、そんなに暗い顔をしないでください」
気を遣ったはずなのに、逆に気を遣われてしまった。
そっと頬に手を伸ばされ、目元を拭われる。
「目の下にクマが出来ています。もしかして、私のせいで眠れなかったのですか?」
「いいや。リリのせいじゃないから安心してくれ。それよりも早く話をしようか。何も分からなくて混乱しているだろ?」
「ええ。みなさんお忙しくないのならば、私が眠っていた間のことを教えていただいてもいいですか?」
「いいぞ!」
「リーちゃんのためならお安い御用だよー」
奥ゆかしいリリを見て、みんないい子だと気づいてくれたようだ。
レッドもピンクもリリのことを受け入れてくれて、ほっと胸を撫で下ろした。
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