第59話 それは変化を起こせるか
あれから、どれぐらいの月日が経ったのだろう。
すっかり部屋での生活に慣れて、俺は飼われてしまっている。
イケメンジャーが助けに来る気配は、今のところ無い。
そのせいで、嫌な考えばかりが頭をしめるようになった。
見つからないから、もう探すのを諦めたんじゃないか。
だから俺は、このまま一生を過ごす。
そんな未来が現実味を帯びたものになっていた。
「……さみしい、辛い……」
物はあっても話し相手がいない。
それが、こんなにも辛いことだとは思ってもみなかった。
「誰でもいいから話がしたい」
独り言ばかりが増えて、やることが無いから寝てばかりの生活を送っている。
一応もしものためを備えて鍛えてはいるが、それはなんの慰めにもなっていない。
まるで罪人にでもなった気分だ。
こんなふうに閉じ込められている意味が分からない。
「もう、駄目だ。耐えきれない」
頭をガシガシとかき乱し、血走った目で部屋の中を見渡す。
「どうにか、ここまで引きずり出してやる」
俺の決意は固い。
というよりも、おかしくなっているのかもしれなかった。
物があふれているということは、どんな状況にもピッタリの道具があるわけだ。
その中で、俺はあるものを手に取った。
それを首元に当てる。
「おい、音声は聞こえているのか?」
ナイフはさすがに置いていなかったけど、それに近いものなんて作ろうと思えば出来る。
監視カメラに見える位置に立ち、俺はレンズを睨みつけながら声を出した。
向こうが俺のことを見ていてくれなければ、今からやる行動の意味が無くなる。
きっと見ているだろうと決めつけ、俺はそのまま続けた。
「俺を解放するか、一度顔を見せに来るか選べ。無視をするのなら、ここで死んでやる」
本気を分かってもらうために、俺は時間をかけて研いだスプーンを滑らせる。
ピリッとした痛みが走り、スプーンでなぞった部分が熱を帯び出す。
そこまで深い傷にならなかったけど、血が出るぐらいの傷にはなった。
でもこのぐらいの痛み、騒ぐほどのものじゃない。
むしろ傷になってくれた方が、こちらにとっては都合がいい。
「これは俺が本気だという証拠だ。五分以内に話し合う場を作らなきゃ今度は死ぬ」
少し大げさというか構ってちゃんにも聞こえるセリフだったが、将軍が姿を現さなかったら本当に死ぬつもりだ。
「こっちの大体の感覚で五分を測るからな。早く来いよ」
これでも話し合いから逃げるようだったら、将軍は見た目に反して意気地無しだということになる。
もしも死ぬ選択肢を選ばなきゃいけなくなれば、イケメンジャーのみんなは悲しむだろう。
それが分かっていてなおも、おれはやらなきゃいけなかった。
「一分経過」
扉の向こうに気配は無い。
消しているのでなければ、まだ来ていないわけだ。
たまたま今の時間、モニターを見ていないのか。
それならそれで運が無かっただけだと諦めよう。
「二分経過」
時計が無くても、大体正確に数えられているはずだ。
頭の中で数え続けながら、レンズを睨みつける。
「三分経過」
未だに、扉の向こう側には動きがない。
こちらからは向こうを見られないから、今がどういった状況か分からなかった。
「四分経過」
俺が死ぬと言ったのを本気にしてないのか。
将軍のことを思い出して、その可能性は案外高いのに気がつく。
敵として捕らえた者達は、ほとんど命乞いをしていた。
死にたくないと涙を流し、自分が助かるためだったら仲間を売り情報を話した。
そんな様子ばかりを見ていれば、意地が汚いと思ってしまうのも無理はない。
自分から死ぬことは無いと、俺のこの行動を馬鹿にしている可能性だってあった。
ああ、ムカつく。
残り十五秒。
誰も来る気配がないのを悟ると、俺は力を込めた。
「十、九、八、七、六、五、四、三、二、一………………ゼロ」
ためらいは一切無かった。
スプーンを思い切り食い込ませて、そして傷をつける。
いや傷なんて生易しいものではない。
頸動脈を切ったのだから、血が吹き出して止まらない。
痛い、よりも熱い。
血があふれ出て止まらない傷口を押さえて、俺は気力で倒れるのを耐える。
「時間切れ、だな。……俺は、死ぬ……。あんたの、手の、届かないところにっ、逝く。……お、別れ、だ……。かはっ……」
人間の身は、とてももろい。
怪人だったらかすり傷でも、致命傷になる。
こうして血が流れすぎている状態も、そのままにしておけば死ぬ。
視界は暗くなっているし、呼吸もままならなくなっていた。
このまま姿を現さないで、俺は終わるのか。
それも人生だ。
俺の運が悪かったと、そう諦めるしかない。
「……ははっ。さいごに、かおだけでも……みせろ……ばーか……は、は……」
気力で何とかしようとするのも、もう無理そうだ。
俺は未だに流れ出している血で汚れた地面に、ゆっくりと倒れる。
呼吸も弱くなり、もう指一本動かすのも辛い。
それでも一矢報いるために、俺ははしたないがレンズに指を立てた。
「……じゃ……な……」
何か騒がしい音が耳に入った気がするが、たぶん幻聴だろう。
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