第58話 優しくされる





 目を覚ますとイケメンジャーの基地、というような都合のいい展開は起きず、眠る前と変わらない部屋の景色だった。

 当たり前のことなのに気分が落ちて、深いため息が出た。


 睡眠を十分にとったおかげもあり、眠気は無くなっていた。

 でもその代わりに、ここしばらく何も食べていなかったから、空腹に気づいてしまった。

 それを自覚したせいで、お腹も鳴り始める。


 お腹が減っても体力は落ちる。

 気持ちとしては施しを受けたくないし食べたくないが、体は限界を訴えていた。



「ん……いい匂い」



 空腹があまりに酷いから、嗅覚がおかしくなったのだろうか。

 どこからかとてつもなくいい匂いがして、さらに空腹が増してしまう。

 お腹を押さえながら、俺は辺りを見回した。



「これは……おかゆ? いや、違うな」



 いい匂いの正体は、ベッドの脇にある机の上に置かれた小さなサイズの土鍋だった。

 蓋を開ければ湯気と共に、さらにいい匂いが広がる。

 最初はおかゆかと思ったが、それにしては色が茶色いし、ご飯の粒の形も残っている。それに水分が多い。



「雑炊ってやつか?」



 食べたことはないが聞いたことはある。

 地球の料理がどうしてここに?

 大きな疑問があったが、それよりも実際に食べ物を目にしたせいで、お腹の音が絶え間なく鳴り響いて集中出来ない。



「俺のために用意してくれたんだよな。……………………食べる、か…………?」



 罠という選択肢もある。

 でも我慢をするには、あまりにも美味しそうだった。

 ご丁寧にもレンゲが置いてある。

 この部屋は俺専用なのだから、これも俺に用意されたものだろう。


 そして用意したのは……。



「料理なんて出来るのか」



 その姿を想像したら、不本意だけど笑ってしまった。



「変なものを入れてないだろうしな」



 手を合わせてレンゲを掴んだ。

 そっとご飯をすくい、息をふきかけて少し冷ます。

 恐る恐る口の中に入れれば、声が思わずこぼれる。



「おい、しい」



 ちょうどいい味、具は卵とわかめでシンプルだが、逆に安心する。



「……ふっ、ひっく……」



 気がつけば、涙がぽたぽたと落ちた。



「これじゃあ、しょっぱくなる」



 ぐずぐずと鼻を鳴らしながら、食べる手は止まらない。

 あっという間に全てを食べ終えた俺は、手を合わせた。



「ごちそうさまでした」



 食べ物に罪はない。

 美味しいものならばなおさらだ。

 美味しかったものには感謝を。

 一人ではあるが言葉にして、そして器を片付けた。


 お腹が満たされれば、疲労が減った気がする。

 疲れ切っていた精神が回復したのだろう。

 すっかり大人しくなったお腹に手を当てた。



「……何がしたいんだ」



 あんなに優しさにあふれたものを食べて、俺をどうしたいのか。

 たったこれだけで優しいと思ってしまう、自分の扱いやすさが情けない。


 土鍋を入口のところに置いておこう。

 考えるのを放棄して、俺はノロノロとした動きで扉に近づく。


 起き上がると、体の節々が痛い。

 やはり将軍のことは許せない。

 本調子とは程遠く、治るまでに時間がかかりそうだ。


 扉の前に置いた俺は、すぐに気がついた。



「やっぱり厳重になっているな。当たり前か」



 先程まで見ていた時とは、セキュリティレベルが格段に上がっている。

 こちらからは絶対に開けられることは無いし、向こうから開いてくれることも無い。


 部屋の上を見たら、レンズと目が合った。



「監視カメラまで……手際のいいことだな」



 ひらりと手を振り、ため息を吐いた。



「俺の監視をしているってわけか……それじゃあ奇襲をかけられないし、起きている間は部屋に入ってこないかもな」



 もう逃げることは叶わない。

 俺は絶望を抱えて、ベッドへと駆け足で戻った。

 そして布団に潜り込み、カメラから自分の姿が見えないようにする。



「俺、ここから出られるのか……」



 声に出してしまえば、不可能なんじゃないかという気分に陥った。

 俺がこんなんじゃ、みんなが助けてくれた時に怒られる。



「気をしっかり持とう」



 でも、もしイケメンジャーのみんなが、この場所を見つけることが出来なかったらどうする。

 俺は一生、ここにいることになるのか。

 一生、こんな飼い殺しのような生活を?

 そんなの無理だ。



「絶対に将軍に気を許したりなんかしない」



 その言葉はあまりにも弱々しくて、情けなさに涙が出そうになった。







 それから、将軍の姿を見ることは無くなった。

 別に死んだわけじゃない。

 予想していた通り、俺が起きている間は部屋の中に入ってくることが無くなったせいだ。


 俺が寝ているのを見計らい、食事の準備をする。

 寝たフリをしても、何故かバレてしまう。

 窓のない部屋のせいで、ここに来てからどのぐらいの時間が経ったのか、全く把握出来ていない。

 そんな状態の中で一人、精神的におかしくなりそうだ。



「これも向こうの作戦か……?」



 こんなに孤独を感じれば、段々と人恋しくなる。

 その頃合いを見計らって再び優しくされたら、寂しさから心を許すかもしれない。



「卑怯者」



 もっと高潔な性格だと思っていたのに、彼は人間より人間らしいところがあった。

 それを自分自身が理解していないだろうところが、この状況を作っているのだと思ったら微妙な気持ちになった。




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