第57話 脱出作戦
「……入るぞ」
扉を開いた将軍の視界には、すぐにベッドが入ったはずだ。
ベッドには俺が着ていた布が散らばり、そしてその中心には盛り上がった布団がある。
あの布団の中に、俺がいると勘違いしてくれれば成功だ。
呼吸を止めて完全に気配を消して、俺は将軍がベッドに近づくのを待った。
「自分から誘ったくせに、隠れるとはいい度胸だな」
ため息とともに、将軍は部屋の中に入る。
あと三歩、あと二歩、あと……
自分の心臓の音でさえもうるさく聞こえて、その音でバレるんじゃないかと心配になった。
でも鼓動を止めるなんて、そんな真似が出来るはずがないから、必死に平常心を装った。
将軍の動きがスローモーションに見えて、今か今かと待っていた俺は、その足が地面に触れるのを確認すると、扉からするりと逃げた。
はずだったが、何故か前に進まない。
手首を掴まれている感覚。
油の切れたロボットのように自分の手首を見れば、完全に掴まれていた。
最悪だ。
小さく身をかがめて、出来る限り視界に入らないようにしていたのに、バレていたわけだ。
「くっ、離せ」
「そう言われて、素直に話す馬鹿はいないだろう。呼吸を止めてまで頑張っていたのに残念だな」
決して強くはないのに絶対に外れない力加減で、俺のことを拘束してくる。
最初から分かっていたのなら、もう逃げられなくなった。拘束を外してくれたっていいはずだ。
それなのに未だに掴まれたままの腕に、嫌な感じが膨らむ。
「は、離せ」
手首をひねって拘束をほどこうとしても、全く動かない。
何がしたいのだと顔を見て、すぐに後悔する。
「どうした? 逃げないのか?」
その目は駄目だ。
頭から丸呑みにされそうな錯覚に陥る。
何を言わなくても、何を考えているのか分かってしまう。
「俺がどれだけ好意を抱いているのか、証明すればいいんだよな」
「ちがっ」
「正直な気持ちを真っ直ぐに伝えれば、俺のものになるんだろう」
「そんなんじゃっ」
「自分の言ったことは、きちんと責任を取るべきだ」
さっきの言葉は作戦のためで、特に深い意味は無かった。
それなのに、揚げ足を取るように蒸し返される。
「俺の気持ちをあますことなく受け入れてくれ。……ちょうど、そっちも乗り気のようだしな」
乗り気と言っているのは、俺の格好を見てか。
確かにベッドにいると偽装するために脱いだが、全裸なわけじゃない。
それなのに、まるで人を変態みたいに扱わないで欲しい。
「脱がすのも楽しいが、まあいいだろう。それは次の楽しみにしておく」
「次なんて無いっ。止めろっ。変態がっ」
抵抗をものともせず引きずられ、ベッドへと放り投げられた。
睨みつけても涼しい顔で、たんたんと俺の手首を拘束していく。
「好意を告げた相手の前で、そんな無防備な姿になったのが悪い。受け入れろ」
完全に貞操の危機。
でも手と足を拘束されている状態じゃ、逃げることは出来ない。
「大丈夫だ、優しくする……痛い思いも嫌な思いもさせたくないからな」
そんな気遣いをしてくるぐらいだったら、今からやろうとしようとすることを止めてほしい。
将軍のつむじを見て、俺は歯を食いしばった。
絶対に声も涙も流すものか。
逃げられない俺に残されたのは、そんなちっぽけなプライドを守ることぐらいだった。
言葉通り、優しくされたのだと思う。
比較対象が無いから分からないけど、多分そんな感じがする。
でも行為自体を望んでいなかったのだから、それを優しさだとは受け止められなかった。
最中、声を出すことも涙も表情も出さないようにしていた俺を見て、悲しげにしていたが傷つく権利は向こうには一ミリも無い。
痛む体を丸めてベッドに横になり、一人涙を流す。
悲しいと思うのは、心のどこかにまだ将軍を憧れる気持ちが残っていたからだろうか。
でも、そんな感情は粉々に砕け散った。
一方的に想いを寄せられて体を暴かれて、好きになるとでも思っていたのなら、顔の形が変わるぐらいまで殴ってやりたい。
優しくされたところで、絶対に俺から好意を抱くことは無いのは確かだ。
俺は被害者のはずなのに、リリに対する罪悪感もあって、消え去りたくなる。
「嫌いだ。……大嫌いだ」
行為が終わるとさっさと出て行った将軍に、恨み言を吐き捨てた。
人を好きになったら、相手の嫌がることは普通しない。
考えれば考えるほど、駄目なところばかりが出てくる。
「もう嫌だ。みんなに会いたい」
一度タガが外れてしまったら、もう止めるものは無くなる。
これからあの行為が繰り返されるのは、さすがに耐えられそうに無かった。
絶対に死にたくはないが、死にたくなるぐらい追い詰められている。
早口でみんなに助けてもらいたい。
温かくて優しい場所に戻りたい。
体力をごっそりと削られたせいで、眠気が襲いかかってくる。
その体力を回復しないと行動も出来なくなるし、メンタル面に関しても良くない。
今はぐっすりと眠って、起きてからどうするか決めよう。
現実逃避にも近いが、自分を守るためには、時には何も考えずに休息するのも必要だった。
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