第56話 部屋を脱出したい





 部屋を調べてみて、脱出可能な隙間は無いという結論に至った。

 だからといって希望は捨てていない。


 俺が逃げようとしているのは、知っている。

 だから対策をしておくのは当たり前のことだし、向こうの立場だったら俺だって同じことをする。


 つまり文句を言っても仕方の無いことなので、違う作戦を立てる他に無かった。

 隙のない部屋から、どうやって脱出するのか。

 それなら隙を作ればいい。


 閉じられた部屋に、脱出する抜け道はない。

 それなら部屋を開けてもらえば、出口を作れる。

 ちょうどよく扉はあった。


 扉の脇にあるベルを見て、頭の中でシミュレーションをする。

 あのベルを鳴らせば、将軍がこの部屋に入ってくる。

 外開きの扉だから、壁にへばりついて様子を窺っておいて、扉が開いて将軍が中に入った瞬間を狙えばいいのだ。

 何も攻撃する必要は無い。

 扉から外に出て鍵を閉めれられれば、ミッション成功。


 将軍を閉じ込められることさえ出来れば、出口をゆっくりと探せるし、助けを呼ぶのだって可能である。

 作戦としては穴もあるが、今どのぐらいの時間が経っているのかが不明だから、悠長にしている余裕はなかった。


 あとは、将軍の隙をどうつくかも大事になってくる。

 今は俺が逃げ出す気満々なのは知っているから、こっちの行動を警戒しているはずだ。

 そんな中で、何も必要ないと言っていたのにも関わらずベルが鳴らされれば、罠を疑う。


 扉を開ける時だって警戒しているだろうから、なんとかそういうことを考えていないと思わせたい。

 作戦を失敗すれば次は無い。

 完全に閉め切られた牢獄よりも酷い場所を用意されてしまう。

 そうなれば本当に俺の人生は終了する。



「……みんな待っていてくれ」



 ここから脱出するためなら、なんでもやる。

 一人の時で運が良かった。

 みんなの前だったら、絶対に出来なかっただろう。

 いや、みんながいないからこそ、こんな面倒な状態になっているわけだ。運がいいはずがなかった。

 これからすることは、絶対にみんなには知られないようにしたい。


 変態と言われるか、同情されるかの二択。

 どちらも気まずいことに変わりはない。

 俺の精神衛生上の面を考えても、隠し続けたいのだ。

 羞恥心に顔が熱くなりながら、俺は着ているものを脱ぎ捨てた。






 もう一度シミュレーションを終えると、意を決して目の前のベルを鳴らした。

 カランカランという少し鈍さのある高い音が鳴り響き、それがどんどん遠くまで伝わっていくのを感じる。

 中の方でベルはひもか何かで繋がっているから、遠くにいたとしても聞こえる仕掛けになっているのか。


 この部屋は、前々から用意されていたものだと確信する。

 そうじゃなければ、手の込んだ仕掛けがあるのがおかしくなる。

 将軍の気持ちの強さをまた感じて、寒気に身震いをした。



「……何か用があるのか?」



 ゆっくりとした足音が扉の向こうで止まり、将軍が静かな声で尋ねてきた。



「俺の施しは受けたくないんじゃないのか? イケメンジャーを用意することは出来ないぞ」



 やはり警戒しているようで、すぐには扉は開かない。

 このパターンは予想済みだから、俺は少し声が遠くに聞こえるようにボリュームを調整して答える。



「少し話がしたい。いいか?」


「こっちは別に構わない。そっちに余裕があるのならな。さて、なんの話しをする?」



 まずは話をしないと始まらない。

 向こうも話をしてくれる気になって良かった。



「俺のことが好きだと言ったよな。それは……欲をともなっているのか?」


「欲? 例えばどんな?」


「どんなって……それはつまり、そういう……抱きたい、とか……そういう感じの……」


「……ははっ」



 しどろもどろになって答えた途端、吹き出す声がした。

 これは分かっていて、あえてからかったようだ。

 ムッとするが怒ったら作戦が失敗するかもしれないから、なんとか我慢する。



「お前のことを抱きたいか……本当に知りたいか?」


「えっ」


「抱きたいに決まっているだろう。グチョグチョのドロドロにして、俺だけに依存させたい。抱かせて欲しいと言ったら、やらせてくれるのか?」


「え、はっ、へっ?」


「冗談だ」



 ものすごく殴りたいけど、その気持ちを必死に押しとどめる。

 頑張れ俺、ここで負けたら終わりだ。



「……そ、んなに俺のことが好きなら、証明出来るか……どれぐらい、俺を愛しているのか」



「……本気で言っているのか?」



 扉の向こうの気配が、一気に重くなった。

 怒りにも似たピリピリとした威圧を感じ、俺は身動ぎしそうになるが、ここにいることはバレたくない。



「俺だって、好意を向けてくる相手を無下にはしない。正直な気持ちを真っ直ぐに伝えてくれるのなら……」



 どうにか動かずに、将軍を煽り続けるのに成功した。



「その言葉、いいように受け取るからな」


「好きにしろ」



 かかった。

 俺の誘惑が通じる自信はなかったが、さすが好きだと言ってくるだけあった。


 鍵の開く音が大きく響き、そしてゆっくりと扉が開く。

 ここからは、一瞬の判断が重要になってくる。絶対に気が抜けない。

 開く扉を目で追いながら、俺は拳に力を入れた。






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