第55話 孤独な将軍





「……たったそれだけのことで……?」



 将軍の話を聞いて、俺はますます分からなくなった。

 たったそれだけで、どこに好きになる要素があったのだろうか。


 家族を守るのは当たり前のことだ。

 別に俺以外でも、そう答える。そんなに珍しいことじゃない。



「そんなこと……お前にとってはそんなことなんだろうな」



 自嘲的に笑った将軍は、俺にまた頭を擦り寄せる。



「でも俺にとっては、とてつもない衝撃だった。俺より弱いくせに俺を守ろうとする。しかもそれは打算的にじゃなく、家族だからというたったそれだけの理由で」



 首筋に息がかかる。



「絶対に逃がさないと思った。俺のものにすれば、もっと違った答えを出すのかと興味がさらに湧いた。家族じゃなく恋人になれば、どこまで許してくれるんだろうか。それを想像しただけで、昂りが抑えきれない」


「っ!」



 生温かいものが首筋をなぞり、そして甘噛みをされた。

 欲を持った動きに、俺はピンチだったことを思い出す。



「話は聞いたからもういいだろう。邪魔をされる前に、さっさとここから出なくては」



 もはや、ここまでか。

 また強引に意識を失わせようとする動きに、俺は抵抗を試みるが無駄だった。

 俺が何をしようとやると決めた将軍に、話も抵抗も通じるわけが無い。



「これからは、ずっと一緒だ」


「……やめっ」



 強く抱きしめられた途端、俺はいつの間にか眠りについていた。







 目を覚ますと、そこは再びベッドの上だった。



「……またか」



 逃げることに失敗したのもまずいし、ここがどこか分からないのも最悪だった。



「……増えてる」



 しかも、せっかく取ったはずのヒラヒラとした布が、また増えてしまっている。

 黒一色だからまだいいけど、それでも装備が元通りになったことに疲れを感じた。



「面白いところだな」



 余裕ぶっている場合じゃないが、部屋の中を見回して思わず感想がこぼれる。

 俺を閉じこめるために用意された場所だからか、驚くぐらいに好みど真ん中だ。

 黒を基調とした家具も、本棚に収められている本の趣味も、まるで俺が選んだのではないかと錯覚するぐらいだった。

 あ、あの本。読みたいと思っていたものだ。

 時間に余裕があれば読んでみたかった。



「落ち着いている場合じゃないな。みんなにこの場所を知らせる手段を……」


「そんなのを、ここに置いているわけがないだろ」


「……将軍」



 誰もいないと思って言った独り言に返事があった。

 その主は俺から死角になる所にいて、今までずっと様子を見ていたらしい。

 逃げようと考えていたことはバレバレだったみたいだ。



「ここはいいところだろう。お前の好みに合わせて用意した」



 俺の頭を撫でて、将軍は今までに見た事が無いぐらいの優しい表情で笑った。



「なんでも好きにしていい。欲しいものがあれば、すぐに用意する。だから、ずっとここにいろ」


「逃してくれ」


「……それは出来ないと分かっていて聞いてるな? それ以外のことだったら何でも叶えるから、違う願いにしろ」



 確かに答えはなんとなく予想出来ていたけど、一応試しに言ってみただけだ。

 やはり駄目だという答えに、俺は残念だとため息を吐いた。



「何がそんなに不満なんだ。衣食住は保障するし、望みは逃げること以外なら全部叶える。ここには、あの妹とお前を比べる奴はいないんだぞ」


「そうだな。でもここにはイケメンジャーのみんなはいない。用意だってしないだろうし、出来ないだろう?」



 イケメンジャーのみんながいないのなら、どこにいたって同じだ。

 イケメンジャーのいない場所に連れてこられた時点で、俺の答えは完全に決まっている。



「……それほどまでに、あいつらが好きか。俺だって妹のこと関係なく、お前のことを見てきたというのに……」


「それが嘘じゃないなら、あなたに心を許した未来も存在したかもしれない。でも実際はそうじゃない」



 起こっていない未来の話をしたところで、なんの意味もない。

 下手に希望を持たせたくないからバッサリと切り捨てれば、将軍の端正な顔が歪んだ。



「俺は遅かったのか?」


「簡単に言えばそうなる。でも、まあ色々重なった結果だから、早さは関係無かったかもしれないな」


「……そうか」



 そのままうつむき、重苦しい雰囲気がその場を包み込んだ。

 とてつもなく気まずいが、慰めることは出来ない。



「でもな……何を言ったところで、お前はここにいるんだ……残念だったな」



 歯をむきだして酷薄な表情を浮かべ、将軍は俺が構える暇なく唇にキスを落とした。



「食事を用意してくる……それまで、ここで好きにしていろ。部屋を出たかったら、扉の脇にあるベルを鳴らせば俺が行くから。勝手に外に出ようとは思わないことだな」



 早口で情報を告げると、反応を見ずに部屋から出て行った。

 一人取り残された俺は、ベッドの上から抜け出し部屋の観察をすることにした。

 逃げるのは無理だと言われたが、諦めるわけにはいかない。

 絶対にイケメンジャーの元に戻るんだと、俺は頬を叩いて気合を入れる。



「みんな、待っていてくれ」



 きっとこうしている間にも、みんなは俺を探してくれているだろう。仲間を信じる、それを教えてくれたのはイケメンジャーだ。





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