第60話 突然の






「……すまない……」



 誰かが泣いている。

 俺の顔の辺りに涙が落ちていき、指が全く動かせないせいで拭うことも出来ない。

 目も開けられず、声で判断するには、意識があまりにも朦朧もうろうとしすぎていた。



「……してくれ……ゆる……くれ……」



 俺に救いを求めるように、許してくれと続ける。

 慰めてあげたいが、動かないからどうすることも出来ない。



「……すよ……」



 とても悲しい声を出すから、可哀想になった。

 声の主が一体何をしたのか分からないが、俺は全く怒っていない。

 だから許すと伝えようと口を開く。でも上手く言葉に出来なかった。



「…………きだ…………」



 駄目だ。何を言っているのか頭に入ってこない。

 聞き返そうとしたけど、もう意識を保っていられないようだ。

 俺は何とか手を伸ばして、柔らかくて温かいものに触れた。

 それが慰めになってくれればいいが、どうなったのかは分からなかった。







「……ちゃん! 起きてクーちゃん!」



 体を勢いよく揺すられる。

 俺はうるささに顔をしかめた。



「……う、るさ……」


「クーちゃん!!」



 聞き覚えのある声だ。

 というか、この声はまさか……。



「ピンクっ!?」



 俺は勢いよく起き上がった。

 その瞬間、上半身に衝撃が走る。



「クーちゃん!!」



 視界いっぱいに広がるピンク色。

 そして、腰を絞めつけられる力の強さ。

 この力の強さは、やっぱりピンクだ。



「ぴ、んく、どうしたんだ?」



 目の前の頭を優しく撫でれば、涙で顔をドロドロにしたピンクが顔を上げる。



「どうしたじゃ、ないでしょー!!」



 それは大きな叫びだった。

 叫びだけじゃなく、額に痛みが走る。

 頭突きをされたのだと気づいた時は、視界に星が散った。



「どれだけ僕達が心配したのか分かってるのー!?  将軍に連れて行かれたと思ったら、そのまま全く気配が無くなって、体に埋め込まれているはずのチップも作動していない! 地球上のどこにもいないなんて、みんな信じてなかったけど、そう考えるしかなくてっ。ずっと探してたのに、見つからなくてっ」



 最初は叫んでいたのに、どんどん涙声になっていく。

 どれほど心配させてしまったのかと、胸が痛くなってくる。

 これで今考えていることを口にしたら、ますます泣かせてしまいそうだ。



「全然見つからなくて、手がかりもなくて、もうどうしようかって考えていた時に、突然クーちゃんが空から現れてっ……」


「空から……?」


「そうだよっ。何がなんだか分からないし、クーちゃんは目を覚まさないし、もう死んじゃうんじゃないかって……」



 涙を拭うことなく、ピンクは俺がいなくなった時の状況を話してくれる。

 そうか。将軍の元に囚われていた間、そんなことになっていたのか。

 かなり心配をかけてしまっていたみたいで、申し訳なさにピンクの体を抱きしめた。



「心配かけたみたいだな。悪かった」


「本当だよ……最悪の事態を考えた自分を、何度も責めた。クーちゃんが生きているって信じてたけど、もう会えないんじゃないかって……怖かった」


「諦めずに探してくれてありがとう」


「クーちゃん……」



 優しく頭を撫でると、ピンクは本格的に泣き始める。

 あまりに痛々しく泣くから、俺はどうしようかと助けを求めるために辺りを見回した。



「……みんなもいたのか」


「当たり前ですよっ!」


「俺達をなんだと思ってるんだ。いるに決まってる」


「クロを心配していたのは、ピンクだけじゃないからな!」



 ピンクがあまりにも取り乱したせいで、先を譲っていたらしい。

 部屋の壁に寄りかかり傍観していたが、こちらに近づいてきた。

 さすがに飛びついては来なかったけど、グリーンはソワソワとしているし、ブルーは殴ろうとしているのか拳を握っているし、レッドは目が笑っていない。


 これはピンクの時以上に、大変なものが待ち構えている。



「す、すみませんでした!!」



 これはなりふり構っている場合じゃないと、勢いよく頭を下げた。






 先に頭を下げて謝ったおかげか、レッド達の説教はそこまで長引くことは無かった。



「それで、一体何があったんだ?」



 その質問はごもっともだ。

 将軍に連れ去られてからの俺は、居場所は特定出来ないし、手がかりもないし、かと思えば突然空から現れた。

 そのどれもが不可解で、俺だって説明してもらいたいぐらいである。



「……将軍に連れ去られた後、俺は怪人の基地の部屋で目を覚ました。ヒラヒラとした服を着せられて、待遇としては良かったと思う」


「その後は?」


「逃げ出そうとして部屋を出たけど、将軍に捕まって……今度は、もっとセキュリティが厳重な場所で目を覚ました。またヒラヒラした服を着せられて……」


「将軍の目的はなんだったんだ……」


「……それは」



 まさか俺のことを好きだったなんて、そんなこと言ってもいいのだろうか。



「……僕なんとなく分かっちゃったかもー」



 俺が言っていいのか困っていたら、ピンクが分かったと少し怖い顔で口にする。

 そのまま俺以外で顔を寄せ合いながら、コソコソと話すと、レッドが近づいてきた。



「……よく頑張ったな、クロ」



 励ましの言葉は、俺があそこでされたことがバレたのだと示していた。

 いつかは言わなきゃいけなかったかもしれないが、恥ずかしくてどこかの穴に埋まりたい気分だった。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る