第53話 将軍の宝とは






「……俺?」



 抱きしめられているのは、リリじゃなく俺だ。

 離さないと、そう言われたのは俺ということになる。


 でもにわかには信じられなくて、俺は将軍の腕の中で目を白黒させていた。



「ああ、ずっとお前のことだけを見ていた」


「でも、リリは……」


「……周りがうるさいからな。黙らせるための傀儡だ」


「傀儡って……リリをなんだと思ってるんだよ」



 リリは将軍のことが好きで、その隣にいる時はとても幸せそうだった。

 それなのに、あれは全てまがい物だったと言われて納得出来るわけがない。



「俺はお前だけしか興味無い。それ以外はみんな同じだ」



 抱きしめられたまま、将軍の吐息が耳にかかる。

 そのくすぐったさに、身をよじって逃げようとした。



「逃げるな。それに、もう逃がさないと言っただろう」



 でもすぐに押さえつけられるように、強い力で抱きしめられた。



「お、れは……リリっ、あなたとは……」



 混乱している頭で、それでも将軍と添い遂げる気は無いから、否定の言葉を言おうとする。



「駄目だ。お前は俺だけのものだ。もう誰にも渡さない。逃がさない。一生、俺の腕の中で守られていればいいんだよ」


「……無理だ。そんなの出来るわけがない」


「出来ないじゃない、やるんだ。そしてそれを止める権利はお前に無い」



 ああ、なんて強引なのだろう。

 でもそれが出来る権力を持ち合わせていて、やると言ったのだから本気でやり遂げるつもりだ。



「いやだっ。はなせっ」



 ここにいたら、俺は俺でいられなくなる。

 せっかくイケメンジャーとしてのやりがいを感じられるようになったのに、将軍の寵愛を受ける気は無い。



「俺はもう怪人とは関係無いんだ。リリと一緒に、イケメンジャーとして生きるんだ……!」



 俺の決意を口にすれば、将軍が黙り込む。

 抱きしめられた状態で、何をされても抵抗なんて出来ない。



「……どうして、そこまでイケメンジャーに気持ちを預けているんだ。どうして俺じゃ駄目なんだ……?」



 心底分からないといった様子は、俺のことを欲しがっているくせに、俺のことを見ていない。



「俺の居場所をくれたのはイケメンジャーだけだった。誰も俺のことを見てくれないし、リリばかりを見ていた。俺だけを見てくれない場所なんて、生きていないのと一緒だ。イケメンジャーになって、やっと息が出来るようになった。ここは嫌なんだ」


「俺だけがお前を見ている。だからお前も俺だけを見ていろ。そうすればいいだろう?」



 本当に自分勝手だ。

 そんなことで俺が喜ぶと思っているのなら大間違いである。

 むしろそんなに閉じ込めようとしているのなら、なおさら将軍の元には戻れなかった。



「あなたは何も分かってない! 俺の居場所はここじゃないんだ! もうあなたの傍にはいられない!」



 グズグズと鼻を鳴らして、俺は将軍の胸を何度も叩く。



「どんなにお前が嫌がったとしても、もう離してやれない。どんなに暴れたって無駄だ。これから、お前のことは誰にも見つからないところに隠すんだからな」


「隠す?」



 誰にもいないところに隠す?



「ああ、そうだ。イケメンジャーも届かないような場所で、二人きりで過ごそう。そうすれば俺のことを見るしかなくなる」


「そんなの、無理だ」


「無理じゃない。寝て、次に目を覚ました時には全てが上手くいっている。俺と一緒にな」


「……嫌だ。俺を解放してくれ。こんなの望んでいない。そんなことをしたって、気持ちは絶対に変わらない」


「かたくなでいられるのも今のうちだけだ」



 俺の感触を楽しむように、匂いを嗅がれて、やわやわと体を撫でられる。

 落ち着かせるためだとしたら逆効果だ。


 でも将軍が何かをしたのか、突然眠気が襲いかかってくる。

 絶対に意識を失うわけにはいかない。

 唇を思い切り噛み締めて、痛みで意識をとどめようとする。


 そんな俺の姿をどう見ているのか、耳元でふっと笑われる気配がした。



「お前は本当に愚かで、そこが可愛い。ずっと俺がそばにいたのに、ずっと見ていたのに、全く気づかないなんてな。俺の狂おしい気持ちさえ気づいていない。お前に触れたい。視界に入れて欲しい。寄り添い合うような関係になりたい。好きだ、好きだ、好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ。愛している。……狂ってしまうぐらいにな。どうしたら、どうしたら俺を見てくれるんだっ」



 将軍が頭を乗せている俺の肩が熱くなる。

 あの将軍が、俺のことで泣いている。

 そこまで自分が好かれているなんて思わなくて、襲っていた眠気が吹っ飛ぶ。



「どうして、そんなに……」



 俺はそこまで、将軍に好かれる理由に身に覚えが無かった。



「……そんなに好かれる理由が分からないっ」



 理由が分からないのに一方的に好きになられても、とてつもなく大きな感情を向けられても、ただただ困るだけだ。

 その気持ちを素直に伝えれば、将軍がピクリと動いた。



「お前は覚えていないんだろうな……ちゃんときっかけはある……」



 ノロノロと顔を上げて、将軍は俺に頭を擦り寄せる。



「それを聞いて俺を好きになってくれるのなら、喜んで話すさ」



 どうやら、俺を好きになったきっかけを丁寧に教えてくれるらしい。

 時間は一応あるから、話を聞くのもありか。

 俺は自然と将軍の頭を撫でながら、話を聞く体勢に入った。






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