第52話 将軍と





 部屋の中には、当たり前だが将軍がいた。

 玉座のような大きな椅子に座り、肘掛けに肘をついて、まっすぐ俺のことを見てくる。


 外にいたのが俺だと分かっていたようで、驚いている様子はない。

 何を話せばいいか思い浮かばず、俺はとりあえず近くまで進んだ。


 気絶する前も見たし、先ほど寝たフリをしていたが部屋でも会った。

 そうだとしても緊張するし、お互いに会話があるわけでもない。

 戦闘は始まらなかったが、この状況の方が気まずい。


 将軍はどういうつもりで、俺を部屋の中に入れたのだろう。

 もう今更話し合いをするとか、そういうレベルじゃない。


 それに先程のキスはなんだったのか。

 さすがにリリと間違えたとか、そんな馬鹿な話は無いはずだ。

 そっと唇に手を触れると、あの時の柔らかさを思い出して顔が熱くなる。



「……どうしてそんな顔をしているんだ?」


「そんな顔?」


「欲情しているみたいな顔」


「なっ!?」



 欲情なんて、そんな顔をしているわけがない。

 一体何を言っているのだ。


 唇に触れたまま固まっていると、将軍が椅子からひらりとおりた。

 そして鎧についたマントをひるがえしながら、俺の前に立ちはだかるように来た。


 背の高い俺でさえも見上げなきゃいけないぐらいの大きさで、冷たい目を向けられると動けなくなる。



「俺を見ろ」



 自然とうつむきそうになったところを、将軍に顎を掴まれて無理やり目を合わせられる。

 首が痛いが、そんなことを言ったら機嫌が悪くなりそうだ。

 目を背ければ殺される気がして、凄く辛かったけど視線を合わせ続けた。


 しばらくその状態が続いていたかと思えば、顎を掴んでいるのとは逆の手が俺の後頭部に添えられる。

 何をする気だと身構える暇なく、将軍の顔が近づく。



「んっ!?」



 また唇が触れた。

 しかも今度は、軽く触れるだけじゃない。



「んんっ。……ふっ。やめっ……」



 ぬるりと舌が入り込んできて、俺の口の中を好き勝手に動き回る。

 離して欲しくて背中を叩き、もがいて暴れるが、将軍にとっては子供の抵抗ぐらい軽いものなのだろう。

 特に気にした様子もなく、目を細めて俺のことを観察するように見てくる。



「……や、んぅっ……」



 背筋をゾワゾワとしたものが駆け巡り、涙で視界がにじんだ。

 息が出来ない。顔が熱い。

 もうわけが分からなくて、胸元にすがりつくことしか出来なかった。


 逃げようとした舌をからめとられ、甘噛みをされる。

 このままだとまずい。

 危機感を感じて、思わず動いた。



「っ」



 ガリッという音と共に、将軍の顔が離れた。

 俺の口の中には血の味が広がり、そして腕で雑に口を拭った将軍にも血がついていた。

 俺が思いっきり舌を噛んだせいだ。

 無我夢中だったので、全く手加減をしていない。だから絶対に痛かっただろう。


 血を吐き出した将軍は舌打ちをする。



「とんだじゃじゃ馬だな」


「……俺は、男だっ」


「俺にとっては、お前は女みたいなものだ」


「ふざけるなっ!」



 どこまで俺を馬鹿にすれば気が済むのだ。

 さすがに女扱いは我慢出来ない。



「リリの代わりなんて、ごめんだっ!」



 女の代わりなんて嫌だ。

 リリの代わりなんて、もっと耐えられない。

 さらに距離をとるために、腕を振り払いながら後ずさりをすれば、将軍が目をまたたかせた。

 純粋に驚いている姿は、とても幼く見えさせる。



「お前は何を言っている?」



 首を傾げて、心底不思議そうに聞いてくる。



「お前を代わりにするわけないだろ」



 開けたはずの距離が詰められ、そして腰に手を回された。



「おまえ、あっちではクロって呼ばれているらしいな」


「……それがどうした」



 クロという名前は、レッドがくれた大事なものだ。

 将軍に呼ばれると、なんだか思い出を汚された気分になってしまう。



「仲良しごっこは楽しかったか?」



 仲良しごっこ?

 将軍にとって、俺のやったことや覚悟は遊びに見えたのか。



「……仲良しごっこ、じゃない。イケメンジャーは、みんなは、俺の大事な仲間だ……!」



 俺の全てを否定するなんて、いくら将軍だったとしても許せない。

 怖さはあったけど怒りの方が勝って、強く睨みつけた。



「癇に障るな」


「っ!」



 腰に添えられていた手が、爪を立てる。

 薄い布越しだったせいで、ピリリと痛みがあった。

 激情をはらんだ目が、俺をまっすぐに射た。



「お、れが嫌いなら、憎いのならば、さっさと殺せばいい。でも、リリは絶対に渡さない。リリは生きるべきなんだ。どんなに好きだろうと、リリを人形のように死なせるなら、あんたにリリを愛する資格はない」



 リリは俺の光だ。

 いくら将軍にとって宝と同じぐらい大事だったとしても、待っているのが死ならば見過ごせるわけが無かった。



「……お前は勘違いをしている」



 このまま殺されても、リリを守れるのなら。

 イケメンジャーのみんなに心の中で謝る。

 レッドには一番怒られてしまいそうだ。

 そんなことを考えていれば、将軍が俺の腰を掴む手がさらに強くなった。

 そしてゼロ距離になるぐらい引き寄せられる。



「お前を代わりにしたことなんて一度もない。俺のものだ。もう絶対に離すものか」



 切実な言葉は、俺の思考を停止させるには十分な威力を持っていた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る