第22話 グリーンのピンチ






 人間はもろい。

 怪人は丈夫だから病気になることもほとんどないし、怪我をしても時間が経てば治る。

 でも人間は、ちょっとしたことでも危険になる。

 小さな切り傷一つで、命の危機に陥ることだってあるのだ。

 グリーンが落ちていく姿を見ていた時、俺は何故か焦りという感情がなく、冷静にその様子を分析していた。

 すぐにでも手を伸ばすべきだったのに、しばらくの間、ただ見ていることしか出来なかった。

 グリーンが死ねばいいとか、そんな風に考えていたわけでは決してない。

 自分でも、何を考えていたのか上手く表せない。


 もちろんボーっとしていたのは、一秒にも満たない時間だ。

 すぐに俺はグリーンの腕を掴み、そして落ちる際の勢いを殺すために、岩を掴んでいた手を離した。



「ブラック!!  グリーン!!」



 俺も一緒に落ちたと思ったのか、ブルーの悲痛な叫びが響く。



「クーちゃん!!  グリーン!!」



 ピンクが必死に手を伸ばしているが、届くわけがない。

 二人は俺が死ぬと思って、顔が絶望に染まる。

 大丈夫だと言いたいけど、それは下に着いてからにしよう。


 俺は周りを確認して、すぐ近くにある太い枝に手をかけた。

 いくら太いとはいっても、二人分の体重を支えられるわけが無い。

 重みに耐えきれず、根元から折れてしまう。

 でも地面に辿り着くまでに、枝は何本もある。

 手のひらが痛むのが難点だけど、死ぬよりはずっとずっとマシだ。

 何度も同じ動作を繰り返していれば、段々と落ちるスピードは遅くなっていく。


 俺は地面までの距離を確認して、大丈夫そうかとグリーンの腕を掴んでいる手を離した。



「へ?」



 一緒に落ちている最中、下を全く見ようとしなかったため、グリーンは俺に見捨てられたとでも思ったのだろう。

 信じられないという風に目を見開き、そして泣きそうに顔が歪む。



「そのまま落ち着いて。足を変な方向にくじかないようにな」



 今何を言ったところで、たぶん聞いてもらえない。

 簡単な注意だけして見守っていれば、グリーンは何とか無事に着地した。


 良かった。

 まさか大丈夫だろうと思っていたけど、あの高さでも着地に失敗するんじゃないかと少し心配していた。


 自分が助かったことを理解するのに頭が追いついていないのか、グリーンは俺と地面を交互に見る。

 その動きがあまりにもおかしくて、笑いながら枝から手を離す。


 なんなく着地に成功し、念のためにグリーンが怪我をしていないかをチェックする。

 小さな切り傷やすり傷はあるが、命に別状はなさそうだ。

 絶対に助ける自信はあったけど、ほっと胸を撫で下ろす。



「大丈夫か? 痛いところはないか?」


「え? あ、はい。どこも痛くないです」


「それなら良かった。最後に驚かせるような真似をして悪かった。もしかして見捨てられたかと思ったか?」


「い、いえ! それは……はい。少しだけ。すみません」


「やっぱりそうだよな。ちゃんと言わないで手を離してごめん。あの時は時間が無くて、言うよりやってもらった方が早いと思ったんだ」


「謝らなくていいです。クロさんは僕の命の恩人ですし、ただの勘違いだったんですから大丈夫です!」



 助けるためだったとはいっても、無駄な恐怖を感じさせてしまった。



「無理しなくていい。だって、高いところが苦手なんだろう?」


「ど、どうしてそれをっ?」



 よくよく考えてみれば、最初からおかしかったのだ。

 壁を目の前にした時の元気のなさ。励ましても言葉が耳に入っていないような態度。登っている最中の顔色の悪さ。

 そのどれもが、グリーンが高所恐怖症だということを示していた。

 もっと早く気がついていれば、なんとか出来たのに。



「高いところが駄目なら言ってくれれば良かったのに。そうすればこのルートを通らなかったんじゃないか」


「……それじゃあ、みんなの迷惑になっちゃうじゃないですか……」



 多分そんなことだろうと思っていたけど、やっぱりそんな理由か。

 ここは俺が言うよりも、適任がいるだろう。



「ちょーっとそこらへんについて、おにーさんとじーっくり話をしようかー」


「ひっ!」



 グリーンの肩を掴んだのは、岩から降りたピンクだった。

 その後ろには青筋を浮かべたブルーと、珍しく怒った表情のレッドがいた。

 この三人を相手にするのは可哀想だけど、助けるつもりは全く無い。



「グリーン、どうして高所恐怖症のことを話さなかったんだ?」


「そうだな。やる前に話してほしかった」


「……ご、ごめんなさ……」


「謝っても危なかったっていう事実は消えないねー。本当に怖かったんだからね!」


「もしもブラックがいなかったら、打ちどころが悪くて死んでいたかもしれないのは分かるよな?」


「そういう大事なことは、ちゃんと言って欲しかった! 仲間なんだから! 死んだら何も言えなくなるんだぞ!」


「……はい」



 三人に責めているつもりは無いんだろうけど、グリーンはどんどんうつむいていく。

 命の危険があったからこそ、みんな真剣に怒っているのだ。

 それはグリーンにも伝わっている。だから反論も言い訳もしないで、ただ話を聞いているのだ。


 俺も実際かなり怒っている。

 そのまま三人の怒りが収まるまでは何も言わずに、ただ見ていた。





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