第21話 楽しい山登り?





 山という場所を舐めるのは危険だ。

 それは分かっていたことだが、まさかここまでとは。

 俺は岩を掴みながら、少しだけ心が挫けそうになっていた。


 山登りというのは体力も必要だし、頭も使わなきゃいけない。

 安全なルートを探しながら、怪我をしないように、確実に先に進む。

 みんなのことも気にかけながらなので、集中力を切らすことは出来ない。

 もちろん、俺のことも気にかけてもらっている。



「今どのぐらいー?」


「大体、半分ぐらいじゃないか?」


「そうだなっ! 半分ぐらいには来たと思う!」


「半分かー! 頑張って行こー!」



 川を自力で渡り、道無き道を進み、そして現在目の前には見上げるぐらいの高さの岩の壁が立ち塞がっていた。



「ロッククライミングなんて、こんな本格的なの初めてだー。みんなはやったことあるー?」


「施設でやったことはあるが、本物の岩は無いな」


「俺は海外に行った時に、何回かやったことがある!」


「……僕は全くの初めてです」



 初めてだからか心配そうに呟くグリーンの肩に手を置く。



「俺もこういうのは初めてだ。一緒に頑張って登ろうな」


「は、はい。頑張りましょう」



 俺の言葉だけじゃ、緊張をほぐすには足りなかったらしい。

 こういうのは、とにかくやってみなきゃ始まらないから、これ以上俺に何か出来ることは無い。



「経験者の俺が一番上がいいか、下でみんなを見守るか……どっちの方がいいかな」


「そうだな。最初に行って、その次にピンク、グリーン、俺、ブラックの方がいいんじゃないか。やったことがないグリーンを経験者で挟んでおいて、何かがあった時はスペックの高いブラックに頼む形で。それが一番、まとまりがあっていいと思う」


「クーちゃんと離れるのは嫌だけどー、こういう時にそんなわがまま言ってられないよねー」


「俺もその順番がいいと思う! クロに負担かけることになるけど、大丈夫か?」


「ああ、この中で純粋な力が強いのは俺だからな。大丈夫だと思うが、何かあった時に助けよう」


「よっしゃ、頼むな! クロ!」



 俺を信頼してくれて重要な役割を任してくれると言うのなら、それに全力で応えるまでだ。

 肩にかかる責任という重みを感じながら、重々しく頷く。



「クロさん、よろしくお願いします」



 隣にいたグリーンが深々と頭を下げた。

 とても緊張しているみたいだから、それを和らげるためにも肩を軽く叩いた。



「何かあったら必ず助ける」


「……はい」


「よーし。それじゃあ、登っていくか!」



 話していても時間が過ぎるだけだ。

 レッドの合図とともに、俺達はたちはだかる岩の壁に手をかけた。





 岩というのは掴みづらいし、足をかけづらいし、場所を間違えると崩れる。

 先導するレッドが目印を作ってくれているとはいえ、垂直な壁を登っているのだ。緊張感はあるし難しい。



「みんなー! 大丈夫かー? もう少しで上まで行けそうだから、その調子で頑張れ!」


「ものすごく高すぎて、下とか見たくないぐらいだよー。でも頑張るー」


「最後まで気は抜くなよ。ゴール手前で落ちたってなったら、間抜け以外の何者でも無い」



 気を紛らわせるためか登りながらの会話が始まったが、グリーンは話に入ろうとはしなかった。

 それどころか、遠目だから確実なことは言えないが、顔色が悪い気がする。


 もしかして、グリーンは……。

 今更ながら、一つの可能性が頭に浮かぶ。

 その考えが合っているのだとしたら、この状況はかなりマズイ。

 俺のすぐ上にいるブルーも何かに気づいたのか、こちらに視線を向けてきた。


 とりあえず俺も気づいたということを分かってもらうために頷けば、ブルーは顔を手で押さえようとして今の状況を思い出して諦め、その代わりに険しい表情になった。

 でもすぐに、俺に向かって一つ頷く。


 下手なことを言って、グリーンを動揺させるべきじゃない。きっと、そういう感じのことを伝えたかったのだろう。

 ちゃんと伝わったという意味を込めて、今度は力強く頷けば、少しだけ表情は和らいで視線がそれた。


 登りきるまでは、自分のこと以外にもグリーンのことも気にかけなくてはいけない。

 さらに気が抜けなくなったが、文句や不満は全くなかった。

 むしろ俺が何とかしなきゃ、という謎の自信が湧いてくる。

 まあ、それでもゴールまではあと少しだし、余程のことが無ければ大丈夫だろう。


 そう楽観的に考えた俺に忠告してやりたい。

 その考えは地球では、フラグというってことを。



「あっ」



 何かが通ったのではないかというぐらいの強風が突然吹き、油断していたのか恐怖で力が入っていなかったのかグリーンが岩を掴んでいた手が外れた。

 それは、忘れ物に気づいた時ぐらいの軽い声だった。

 きっと自分でも何が起こったのかをまだ理解していなくて、恐怖とかの感情も抱いていない。


 まるでスローモーションのように落ちていくグリーンを助けようと、異変に気づいたピンクやブルーが手を伸ばすが、あとちょっとのところで届かなかった。


 この高さから落ちれば、ただでは済まない。

 下手をすれば死んでしまう。

 それが分かっているからこそ、必死だった。

 届かない手に絶望し、それでも助けようとあがく。


 そんなメンバーとは裏腹に、俺の気持ちはどこか落ち着いていた。





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