第19話 二日目の始まり





「もうやだー!」



 二日目の朝は、ピンクの叫び声とともに始まった。



「どうした?」



 すぐ隣で寝ていた俺は真っ先に目が覚めて、何事かと勢いよく起き上がった。

 まさか敵でも出たのか。

 そんな心配をしていたら、ピンクが俺の胸にミサイルかと思うぐらいのスピードで飛び込んできた。

 あまりの勢いに胸が圧迫されて呼吸が一瞬止まったが、それよりも大事なのは身の安全である。


「一体何があったんだ?」


 全身を調べ怪我をしていないのを確認すると、腕の中で震えているピンクに話しかけた。

 ぐすぐすと鼻を鳴らしながらこちらを見上げた顔は、可哀想なぐらいに怯えきっている。

 ここまで怖がらせるなんて、一体どんな強敵なんだ。

 警戒心を強めてみんなに手を貸すように頼もうとすると、ようやくショックから抜け出せたのかピンクが口を開く。



「お、起きたらっ、枕のところに、枕のところに、おっきな虫がいたのー!」


「………………虫?」



 それは虫型の怪人とか言う話じゃなく、ただの虫のことを指しているんだろうか。

 俺はその言葉を聞いて、落ち着かせるために背中を撫でていた手を止める。



「そう! 今まで見たことが無いぐらい大きな虫が、しかも芋虫が! うにょうにょって! 無理!!」


「……それは……分かった」



 俺からすれば虫の何が怖いのだと聞きたいところだけど、本人からすれば切実な問題なんだろう。

 さて、どこにピンクを驚かせた犯人がいるのかと、ピンクを抱っこしたまま隣のベッドを見る。


 確かにベッドの枕元のところには、指二本分ぐらいの大きさの芋虫がうにょうにょと動いていた。

 体を縮めたり伸ばしたりして動いている様子は、少しの気持ち悪さを感じるかもしれない。


 でも昨日走っている時や川で釣りをしている時にだって虫は飛んでいたのに、こんなに騒いだりしていなかったと思うけど。



「芋虫だけは、芋虫だけは生理的に無理ー! 見るのだって嫌だ!」



 人には色々苦手なものがある。

 ピンクにとってそれが芋虫で、それ以外の無視なら平気らしい。

 同じ虫の仲間なのに大変だ。


 いまだに俺に引っ付いているピンクの頭を撫でて、なんとか落ち着かせようとする。

 見るのも嫌だと言っているし、どこかに逃がした方がいいか。でもピンクがいるのに逃がすために捕まえたら、それこそさっき以上の騒ぎになるかもしれない。

 さて、どうしよう。

 引っ付かれたまま困っていると、脇から人影が現れて、ベッドに近づいていった。



「これだろ」



 芋虫を素手でつまみ、窓を開けてそっと逃がす。

 その一連の動作を数秒で終わらせて、こっちに振り返ったのは、眠そうに目を細めたブルーだった。



「どうしたらいいか、分からなかったから助かった。ありがとう」


「うるさくておこされたからな。これがずっといたら、まだうるさかったんだろ」



 呆れたように大きく息を吐いたブルーは、あまり早起きが得意じゃないのか、いつもよりも話し方や動きがのんびりとしている。

 目をこすってあくびをしたかと思えば、まだ引っ付いているピンクに近づいて、頭をこづいた。



「いたっ! 何するんだよー!」



 こづかれたピンクは涙目で、俺の胸にうずめていた顔を上げた。



「あさっぱらからうるさいんだよ。ゆっくりねかせてくれ」


「それはごめんなさいだけど、あれはとにかく無理だったのー!」


「そんなんじゃいきてけない。きょうからこくふくできるようにとっくんするか?」


「ぜーったいにやだ!」



 眠くても言い合いはするのか。

 すぐそばで聞いている俺は、声の大きさに顔をしかめる。



「ていうか、虫を触った手で触らないでよー! 石けんでちゃんと洗ってきて!」


「うるさいな。虫も生きてるんだから、ギャーギャー騒ぐな。……これじゃあ二度寝は出来ないな。ブラックにも迷惑をかけたんだから、ちゃんと謝れよ」


「……ごめんね。うるさかったよね。でも姿を見ちゃったら、迷惑とか朝とかそういうことが頭から吹っ飛んじゃって」


「大丈夫だ。怪人が現れたわけじゃなかったし、そろそろ起きようと思っていたからちょうどいい。むしろすぐに助けられなくて、こっちの方が悪かった」


「うー。本当にごめーん」



 いまだにグズグズと鼻を鳴らしていて、どのぐらい怖かったのかが伝わってくる。

 さすがに可哀想になったのか、それとも目が覚めてきたのか、ブルーはピンクの頭を撫でる。



「まあ、虫で良かった。今夜は虫除け対策をしておこう。そうすれば安心だろ」


「ブルー……」



 頭を撫でられたピンクは、うるうるとした目でブルーを見上げた。

 もしかしたらお礼を言うのだろうか。

 これをきっかけに仲良くなってくれればと、気配を消してそっと見守る。

 顔を上げたピンクは、






「……僕言ったよね。虫を取った手で触るなって」






 ジト目になってブルーの手を払いのけた。



「もう最悪! 手を洗ってって言ったのに! 人の話、ちゃんと聞いてたの?」


「……お、まえなあ……」



 手を払われたブルーは、プルプルと体を震わせた。




「人の好意を素直に受け止めろ!!」




 その叫び声はピンクの時よりも大きく、さすがのレッドやグリーンも目を覚ました。





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