第15話 大きな白いオオカミと
ふわふわというよりも、さらさらな手触り。
俺はモフモフに埋もれながら、どうしたものかと考える。
オオカミは何を気に入ったのか、俺がどこかに行こうとするたびに服を噛んで引き止めてくる。
みんなが心配しているから早く帰りたいんだけど、動くことが出来ずにいた。
だからすることがなくて、オオカミの体を撫でるしかない。
俺の撫で方が気に入ったのか、喉を鳴らしながら擦り寄ってくる。
可愛いけど、いつまでこうしていれば良いのだろうか。
困って息を吐けば、目を閉じていたオオカミがこちらを見てくる。
「お前はどこから来たんだ?」
答えは期待していないけど、とりあえず聞いてみた。
尋ねられたオオカミは鼻で笑った。
これはどういう答えなのだろう。
馬鹿にされているような気がして、鼻を手のひらで押さえた。
嫌そうな顔をしているから、まるでオオカミらしくなくて思わず笑ってしまう。
「すっごく不服そうな顔だな」
まるで人間みたいに表情が分かりやすい。
その表情の変化がおかしくて、そのまま笑っていれば、オオカミが目を見開いた気がした。
「……なんか、将軍に似てるな」
将軍は強く気高く厳しかった。
俺は目の敵にされていて、他の怪人よりもさらに強く当たられていたが、理不尽に怒られたことは一回も無かった。
たぶん、本当はとても優しいのだ。
嫌いな俺に対しても、そのぐらいの対応になるぐらいには。
正直に言うと、俺は将軍にほのかな好意を抱いていた。
いつもピシッと背筋を伸ばして、任務を遂行する。
仲間には厳しくも暖かく接していて、彼に憧れている怪人はそれこそ星の数はいた。
横顔を盗み見ては胸を高鳴らせ、そして誰かに笑いかけている表情を遠くから眺めては嬉しさと苦しさを感じた。
もしも彼が地球を標的にしなければ、裏切ることは無かっただろう。
見返りがなくても冷たくされても、彼の傍で彼のために全てを捧げる覚悟だった。
「……もう全て手遅れか……」
二度と将軍の元に帰ることは出来ないし、次に会う時は戦いの場だ。
イケメンジャーの一員として、俺は将軍に武器を向けることは出来るのか。
分からないし、自信はない。
それでもみんなや地球のために、そして他でもない俺のためにやるしかないだろう。
「どうして、こんなことになったんだろうな」
地球と怪人と、お互いが手を取り合って平和に暮らせることが出来れば、戦いなんて嫌なことはしないで済む。
犠牲を出すよりは、そっちの方がずっとずっとマシなはずなのに。
「生きるって難しいことなんだな」
ただ何も考えられずに生きていければ、どんなに楽だろうか。
無理な願いだとも分かっていても、強くそう思った。
「俺の話を聞いてくれるか」
やることがないから、俺は心の中でくすぶっている悩みを打ち明けることにした。
オオカミも怒っていないし、逃げることもしないから、勝手に話をする。
「実はな、俺はこの地球の生物じゃないんだ。つまりは人間でもない」
どうせ何を言っても分からないと、俺は自分の状況を詳しく伝える。
理解していないとは思うのだけど、オオカミはこちらをじっと見つめてきた。
「元いた星では、俺は異分子だった。産まれが良くなかったのに、地位が上の方にいたせいだな。別にずるいことをしたわけじゃない。実力を認めてもらえたからだと、そう思いたい」
周りに何を言われても、俺は平気だった。
信じてくれる人だけに信じてもらえれば、それで良かったのに。
「……俺は弱かったんだな。ある人に言われた言葉が、どうしても聞き流すことが出来なかったんだ」
思い出したくもない記憶。
封じ込めようと、忘れようとしているのに、脳みその深いところに刻まれてしまっている。
「……あの人だけには、俺を信じてもらいたかったな……」
その切実な言葉は、俺の悲しみと苦しみが詰まっていた。
やっぱり、まだあの時のことを忘れられていない。
それを自覚してしまい、手で顔をおおった。
「ごめんな。こんなことを言っても困らせるだけだよな」
胸の痛みをごまかすように無理やり笑顔を作れば、べろりと顔を舐められた。
「うおっ。なんだっ?」
手を外すと、そこにはオオカミの顔が間近にあった。
「くすぐったいな。……もしかして慰めてくれようとしているのか?」
答えの代わりなのか、頬の辺りを舐められる。
まさか慰められるなんて、おかしくなって笑いがこぼれる。
「ありがとうな。少し元気出た」
向こうにその気があったのかは知らないけど、沈んだ気持ちが少しだけ軽くなった。
「もう少し頑張ってみるか」
全てを諦めるのはまだ早い。
将軍のことも、もっといい解決方法が見つかる可能性だってある。
それに気づかせてくれたオオカミに、お礼の意味を込めて、顔を近づけて鼻先にキスをした。
「ここで会えて良かった」
キスをされて固まっていたかと思えば、話しかけた途端に弾かれたかのように起き上がって走っていってしまった。
あんなに俺を引き止めたくせに、自分はあっさりと消えた。
なんだか納得いかなかったけど、ここで止まっている場合じゃない。
「……みんなのことを探すか」
オオカミとのんびりしすぎた。
きっと心配しているだろうと、俺も湖から離れようと腰を上げた。
「……ちゃーん! クーちゃーん!!」
その瞬間、今まで静かだったのが嘘かのように、ピンクの俺を呼ぶ声が聞こえてくる。
オオカミの代わりに現れるというタイミングの良さに、仕組まれた気分を感じた。
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