第14話 山の中で






「……ここは、どこだ……?」



 困ったことに、完全に迷子になった。




 レッドの忠告はもちろん聞いていたし、走っている時はみんなとはぐれないように注意していた。

 それでもちょっと目を離した隙に、俺の周りには誰もいなくなっていたのだ。


 こんなことになって、一番驚いているのは俺自身だ。

 まさか自分が迷子になるなんて予想もしていなかった。


 それにしても不思議なのは、みんなとはぐれたのに気づいてからそう時間が経っていないはずが、声どころか気配すらも感じられないことだ。

 そんなに意識をそらしていたつもりは無いのに、みんなのスピードが早すぎたのか。

 見渡す限り木しかなく、目印になりそうなものもない。

 こういう状況で遭難した場合、一体どういう行動をするべきか。それはまだ勉強をしていないから、全く思いつかなかった。


 ここで待っていれば、みんなが見つけてくれるとは思うが、かなり迷惑をかける。

 俺のせいでせっかくのスケジュールが、めちゃくちゃになるのは駄目だ。


 そのためには、なんとしてでもゴールの川にたどり着く必要があった。

 深呼吸をしてみると、どことなく水の匂いを感じた。

 この匂いを辿れば、きっと川にたどり着く。

 そう期待して、俺は匂いを頼りに歩き始める。




 山というのは、下っているつもりで歩いていても、いつの間にか登っているという意味の分からない現象が起こるらしい。

 俺は景色の変わらない道を進みながら、川にたどり着こうという気持ちが小さくなっていた。


 やはり、あの場所で動くべきじゃなかった。

 そう考えても、もう遅い。

 元の場所に帰る道は分からなくなっているから、戻りたくても戻れない。

 ふがいなさに大きく息を吐くが、状況が良くなるわけもなく……。



「とにかく進むか」



 自分の鼻を信じて、突き進むしか選択肢は残っていなかった。





「ここは……」



 水の匂いを嗅ぎながら進んだ先には、確かに水場があった。

 でも川ではなく、湖と呼ばれる場所だった。

 どこからどうみても、ゴールじゃない。


 鼻はきちんと機能していたが、川以外の可能性を考えるべきだった。

 いや、少し考えれば分かることだったのに、焦りすぎてその可能性を考えなかった自分が完全に悪い。


 歩く気力が無くなり、俺は湖の端に座り込んだ。

 ここで待っていれば、誰かが気づいてくれるだろうか。

 無理な期待をしながら、俺は靴と靴下を脱いで、水の中に足をつける。

 歩き回って疲れた足に、冷たい水が染み渡って気持ちがいい。

 小さく息を吐くと、そっと目を閉じた。


 今頃、みんなは俺のことを探しているのか。

 もしかしたら、呆れて放置されているかもしれない。

 その可能性を否定しきれなくて、ギリギリと胸が壊れるのではないかというぐらい痛んだ。



「……レッド、ブルー、グリーン、ピンク……」



 名前を呼んでも、誰も現れない。

 寂しさと現実逃避で、目を閉じていた俺はいつの間にか眠ってしまった。







 温かい。

 それに柔らかい。


 体全体を包み込まれる感覚は、何かに守られているような、そんな気がした。

 もしかして寝ている間に誰かに見つけてもらえたのか。

 そんな期待をするが、そうだとしたら足が冷たいのはおかしい。



「……誰だ?」



 これは寝ている場合じゃない。

 眠気は完全に吹き飛んで、勢いよく起き上がった。



「……おおかみ?」



 そこにいたのは、俺よりもずっと大きな体をした白い毛並みのオオカミ。

 寝そべるように横になっていて、俺の枕になってくれていたようだ。

 俺自身もオオカミのロボットに乗っているから、姿を見ても怖いとは思わなかった。


 でも地球上に、こんな大きさの人懐っこいオオカミなんて存在するのだろうか。

 俺がテレビで見たオオカミは、大型犬と変わらないぐらいの大きさだった気がするけど、もしかして珍種か。

 そうだとしたら、このままここにいるのはお互いにとってまずい気がする。



「見守っていてくれてありがとうな。俺はそろそろ行くよ」



 噛まれないように気をつけながら、毛並みを撫でて別れを告げる。

 いや、告げたつもりだった。

 でも進もうとした足は前に行かない。

 そして、その理由は分かっている。



「俺に何か用か?」



 服の裾をくわえられていて、俺が進もうとすると嫌だと主張するように首を横に振った。

 食べられるわけじゃないと分かっていても、何をしたいんだという得体の知れない恐怖があった。

 こちらをじっと見つめてくる瞳は、何かを訴えようとしている。



「仲間が俺を探しているかもしれないんだ。お願いだから離してくれないか?」



 言葉が通じないとしても、賢そうな感じがするから事情を伝えてみた。

 動物相手に何しているんだと笑われるかもしれないが、それでも真面目にやってみる。

 そうすれば言葉が通じたかのように、また首を横に振った。



「駄目なのか?」



 今度は首を縦に振った。

 どうやら、まだここにいて欲しいようだ。

 特に害は無いだろうし、俺はみんなに心の中に謝罪しながら、その場に座った。

 それで正解だったらしく、オオカミは俺を包み込むように、その場に伏せた。





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