第13話 強化合宿開始






「着いたー!!」



 バスから真っ先におりたレッドの叫び声に驚いた鳥が、遠くで飛び立つ音が聞こえる。



「わー。すごーい。山だー」


「あまり騒ぐなよ」


「はい、気をつけます」


「グリーンとブラック以外な」



 レッドの次におりながら、みんなもテンションが上がっている。

 一番最後におりた俺は、視界に入った景色に息を飲んだ。

 こんなにも綺麗な場所を初めて見た。

 映像や画面越しで見るのと、自分の目で見るのと、こうも違うものなのか。

 あまりの感動に言葉を失う。



「クーちゃん、目がキラキラしてるー! もしかしてこの場所が気に入ったのー?」


「……ん」


「クーちゃんが素直だ。可愛い」


「お前はピーピーうるさい。誰かにここにいることがバレたらどうするんだ」


「なーんか、僕にだけ冷たいよねー」


「日頃の行いだ」


「差別はんたーい!」



 ブルーとピンクは言い争ったりはするけど、なんだかんだで仲良しだ。

 本当に嫌いあっていたら、話すことも興味さえも向けられない。

 昔のことを思い出して胸が痛む。

 それを見て見ぬふりをして、そっとグリーンに近寄った。



「なあ……グリーンもこういうところには、あまり来たことないのか?」


「え? あ、はい。子供の頃は親に連れて来てもらったことはありましたけど、最近はさっぱりですね。……でも、ここは静かでいいところです」


「そうか。これから楽しみだな」


「はい!」



 グリーンはまるで犬みたいだ。

 今も耳とブンブンと振られたしっぽが見える気がする。

 幻覚の類ではないだろうし、他の人にも同じものが見えていると思う。


 犬や猫の類は好きだ。

 だからグリーンの頭を撫でる。



「クロさん!?」


「よしよし、いい子だ」



 馬鹿にしすぎだと怒られるかと思ったが、ゆるゆると口元が緩んでいる。

 嫌がっているようじゃないから、更に撫でていれば腰の衝撃が走った。



「僕も撫でてよー!」



 ブルーと言い争っていたはずのピンクが、俺の腰に巻きついていた。

 いやいやと首を振って駄々をこねているから、もう片方の手を使って頭を撫でた。



「えへへー。もっと撫でてー」



 両手に犬。グリーンは柴犬で、ピンクはチワワ。ここは天国だ。

 そのまま撫で続けても俺は構わなかったのだけど、視界の端にブルーの顔が見えて手を止めるしか無かった。



「ブルー」


「なんだ?」



 腰にピンクがいるため移動が出来ないから、ブルーを手招きして呼んだ。

 そうすれば不思議そうな顔をしながらも、素直にこっちに来てくれる。

 俺が何をするのかわかっていないブルーの頭を、グリーンを撫でるのをやめて撫でた。



「はっ!?」



 物凄い驚いた声を出すが、振り払われることは無い。

 きっと仲間外れにしていることに怒ったのだと考えて、こうしてみたのだけどどうやら正解だった。

 いつもピンクの頭を撫でている時に視線を感じていたから、いつか試しに撫でてみようと前々から思っていた。

 サラサラとした髪は指通りが良くて、いつまでも撫でていたくなる。



 無心で撫でていると、軽く服の裾を引っ張られた。



「クーちゃん」


「なんだ?」



 引っ張ってきたのはピンクだったので、手元が疎かになっていたことを怒られるのかと思ったら、変な食べ物でも食べたかのような微妙な表情を浮かべている。



「どっちかっていうとざまあみろとか、面白いって思うんだけど……さすがにそれ以上はあまりにも可哀想だし、使い物にならなくなりそうだからやめてあげて」



 ピンクの言葉にブルーの方を見れば、顔を真っ赤にさせて小刻みに震えていた。

 確かに駄目そうな気配を感じたから手を外す。

 熱を測ろうと顔を近づけると、素早く逃げられたので接触は程々にするべきだと学んだ。



「……どんまい」



 ピンクが可哀想なものを見る目を向けていたが、どういう意味でなのかは俺には分からなかった。







「よし! 早速走るか!」



 持ってきた荷物は、今日泊まる予定の別荘に職員の人が運んでくれるということで、俺達は早速強化合宿を開始する。

 すでに走りやすい格好にはなっているから、軽いストレッチをすれば準備万端だ。



「まずは肩慣らしに十キロぐらい走るか! ちょうどゴールは川だから、そこで休憩しよう!」


「了解ー。みんなには負けないよー」


「一番体力が無さそうなくせに、言葉だけは立派だな」


「ヘタレには言われたくないよーだ」


「なんだと!」


「ふ、二人とも落ち着いて下さい」



 レッドが説明している間にも、小競り合いをする二人にグリーンが困っている。

 さすがに見ていられなくて間に入ろうとすれば、その前にレッドが二人に近づいた。



「俺達は強くなるために来ているんだから、無駄な喧嘩はやめような! チームワークを育てる目的もあるんだからさ!」


「……ごめんなさーい」


「悪かった」



 あっという間に喧嘩を収める手際の良さは、元々の性格と兄弟がたくさんいるということが関係しているのか。

 さすがだなと感心していると、レッドが俺を呼んだ。



「クロ。初めての場所だから、みんなとはぐれないように、しっかりと着いてくるんだぞ!」


「ああ、分かっている」



 小さい子供じゃないのだから、迷子の心配はご無用だ。

 力強く頷けば、レッドは満面の笑みを浮かべて頭を撫でてきた。



「それじゃあ、早速出発!」



 その言葉を合図に、俺達は一斉に走りだした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る