第9話 怪人の宝





「怪人の宝が盗まれたらしい」



 その言葉に、俺は思わず息を飲んだ。


 宝、それに心当たりがあったからである。

 不安から、カタカタと震える手が止められない。

 隣に座っているレッドには震えに気がつかれてしまい、そっと震える手に手が重ねられた。



「大丈夫だ」



 そう言って握りしめられた手の温度に、少しだけ落ち着きを取り戻す。

 レッドもその宝が何かを知っている。もちろん司令官も。

 でも他のイケメンジャーのメンバーや、基地の職員の人は知らない。情報漏洩じょうほうろうえいを避けるために、箝口令かんこうれいがしかれたのだ。

 そしてそれは今も変わらない。



「怪人の宝かあー。何だろう。宝石か何かかなー?」


「いや、兵器の可能性もあるだろ。ああいう戦闘狂は、そういうのを宝だと言いそうだ」


「そうですね。もしかしたら物じゃないかもしれませんよ」



「……っ!」



 グリーンの言葉はただの予想に過ぎないというのに、敏感に反応してしまった。

 他のメンバーが俺の方ではないところを見ていたおかげで、バレずに済んだがポーカーフェイスを保たなくては駄目だ。



「その宝を怪人側は必死になって探していて、しかもこの地球にある可能性が高いという話です。だからこそ最近、怪人の出現が多くなっている」



 俺というスパイをする存在がいなくなったのにも関わらず、ここまで情報が流れたということは、向こうも捜索になりふり構わなくなっているわけか。

 もしも本気を出されてしまえば、いつまで隠し通していられるか分からない。



「クロ、落ち着け」



 自然と拳を握りしめていたらしく、レッドの囁きに力を抜いた。

 そうすると手のひらにピリついた痛みが出てくる。

 力強く握っていたせいで、爪が突き刺さって皮膚まで破ったのに、全く気がついていなかった。

 それぐらい、この話題は俺にとって重要なことなのだ。痛みを忘れてしまうぐらいには。



「どんな宝なのか不明だが、怪人よりも先にそれを見つけることが出来れば……」


「それは駄目だ!」



 他のメンバーが盛り上がっている中で、水を差すように間に入ったのはレッドだった。



「駄目ってどうしてだ? その宝を先に手に入れれば、向こうと交渉することだって出来るかもしれない。人々の犠牲が最小限で済むのなら、そっちの方がいいだろ」



 ブルーの言っていることは、宝が実際に物であったのならば作戦の一つとして賛成出来た。

 でも俺も、レッドが止めなければ自分で言ったぐらいには反対している。



「確かにブルーの言っていることも分かる! 被害を最小限に出来るなら、そっちの方がいい!」


「それなら……」


「でも誰がその宝の正体を知っているんだ? 何かも分からないものを探すなんて、よっぽど運が良くない限りは無理だろ! それなら怪人を倒した方が早い!」


「……それもそうだが」



 俺のために知らないていで話してくれるレッドに、痛いところを指摘されたのかブルーが言葉につまる。

 その視線はウロウロとさまよって、俺のところで止まった。



「ブラックは何か心当たりが無いのか?」


「え?」


「あっちにいた頃に、何か宝について話題に上がったりしてなかったのか? どんなにささいなことでも良いから」



 ささいなことどころか、それが何かをだって知っている。

 まさかそれをバカ正直に話すことも出来ず、考えるふりをした。



「……すまない。そういう話を耳にしたことは無かったな」



 数秒考えて、そして申し訳なさそうな表情を浮かべながら嘘をつく。

 仲間を騙しているから内心は物凄く胸が痛んでいるが、知られる方がマズイ。



「そうか……」


「ま、まあまあ。宝のことは頭の隅にでも置いといて、情報が手に入ったらラッキーぐらいに思おうよー。レッドの言う通り、探すのに途方も無い時間を消費するぐらいなら、怪人に地球を諦めてもらう方が早いよねー。そうでしょー?」


「確かに。……悪い。話し合いのチャンスになると思って、少し興奮しすぎた」



 ピンクがその場をとりなしてくれたおかげで、険悪な空気にはならなかった。

 それに安心して胸を撫で下ろす。



「……もしも何かを思い出したら、その時は伝える」


「ありがとうな。でも無理に思い出すことは無いからな」



 良心の呵責かしゃくに耐えられなくなり、守れもしない提案をすれば、ブルーは穏やかな表情で首を横に振った。



「その宝の手がかりが見つかったところで、簡単に手に入るとは考えられないし、仮に手に入れたとしても怪人側に俺達が盗んだと誤解されたら話し合いどころじゃなくなる。あまりにもこっちの分が悪すぎることに、時間をかけるだけ無駄だ」



 ああ、胸が痛い。

 騙すという行為は、こんなにも後ろめたさを感じるものなのか。

 俺はキリキリと痛む胸を服の上から押さえて、あいまいに微笑むことしか出来なかった。


 宝を知られるわけにはいかない。

 俺はそれを守るために将軍を裏切って、そしてイケメンジャーの元に来た。

 もしも傷つけられそうになれば、俺は何でもする覚悟が出来ている。

 それぐらい俺にとっては大事なもので、それは将軍にとっても同じことだった。




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