第7話 司令官は紳士?





 司令官を、俺は少し、いやかなり苦手に思っている。

 あまり関わる機会は無いのだけど、それでもずっと基地にいるから全く関わらないわけでも無かった。

 見た目は紳士みたいな、穏やかな感じなので、普通だったら一番頼りになる存在のはずだ。

 でも俺は特別何かをされたわけでもないのに、生理的に受け入れられなかった。


 もしかしたら、あまりこんなことを考えたくはないが、司令官が将軍と雰囲気が似ているせいかもしれない。

 今は敵の将軍と、正義のヒーロー側である司令官が似ているなんて、そんなことがあってはならない。

 その考えをどんなに打ち消そうとしても消えてくれず、それが最近の悩みだった。


 だから出来るだけ、二人きりにならないようにしていたのだが。



「クロ君。この紅茶、とても美味しいから飲んでみてごらん」


「あ、ありがとうございます……」



 とてつもなく気まずい。

 俺はカップを両手で持ちながら、部屋の中を落ち着きなく見回した。



 今日はまだ召集がかかっておらず、俺は一人で部屋の掃除をしていた。

 別にこんなことをしなくても、ロボットが部屋を清潔に保ってくれている。

 でも手持ち無沙汰だったから、地球の勉強をしている合間に、掃除をするのが趣味になっていた。

 完全なる自己満足なのだが、自分の部屋を綺麗にする達成感があった。

 怪人が出ないのは平和でいいことだけど、時間を潰すのが大変だ。

 光に反射するぐらいピカピカに部屋を磨き上げた頃、司令官が現れた。



「クロ君。また部屋の掃除をしていたのかい?」


「は、はい。やることが無くて」


「それならゆっくりしていればいいのに。真面目だね」


「そんなことはないです」



 司令官には、なんとなく敬語になってしまう。

 全く慣れることが出来ず、いつも怯えた態度になる。

 そんな俺を見兼ねてか、紅茶を淹れてくれた司令官は大人である。

 カップから伝わる熱に、ほっと力が抜ける。



「クロ君、どうだい? イケメンジャーにはもう慣れた?」



 少しずつ紅茶を飲んでリラックスしていたところで、司令官がわざわざ椅子を持ってきて俺の隣に座って尋ねてくる。

 今までこういう話をしていなかったが、気になることだったのだろう。



「はい。みんな優しくしてくれます。こんな俺を受け入れてくれて、いい人ばかりです」



 別に司令官の前だからお世辞を言っているわけではなく、本当にみんなには良くしてもらっている。



「それなら良かった。クロ君が来てくれたおかげで、こちらも随分と助かっているよ」


「そうですか」



 この話の目的はなんだろう。

 ただの世間話にしては、空気がピリついているような気がする。



「クロ君にずっと聞きたかったことがあるんだけどね……」



 やっぱり来た。

 ずっと、この質問をしたかったのだろう。

 微笑んではいるが圧を感じる。



「俺に答えられることであれば……」



 そんな質問が来るのか。

 緊張をほぐすためにカップの液体を見ていれば、持っていた手にそっと手が重ねられた。

 突然の人の温もりに、体がびくつくが手を離してはもらえなかった。



「あ、あの」


「どうしたの?」


「い、いや。なんでも」



 そのまま手を撫でられて、いたたまれない気持ちになる。

 リラックスさせているつもりだとしたら、逆効果だ。



「将軍とは、どういう関係だったのかな?」



 どういう関係と聞かれれば、とても困る質問だ。

 部下という言葉が一番分かりやすいが、完全な説明ではない。

 でもそれを言いたくは無かった。



「どうしたのかな? これは答えられない質問だった?」


「あ、いや」



 なんと言えばいいかと考えて答えに詰まっていたせいで、疑問に思われたみたいだ。

 手に置かれていたはずの手が、頬に移動していた。

 すりすりと撫でられ、そして司令官の顔が近づいてくる。

 相手の呼吸を感じられる距離に顔がひきつる。



「クロ君、将軍とはこういうことをしたのかな?」


「……こういうこと?」



 司令官の言っている意味が分からない。

 まばたきを繰り返していれば、ふっと笑われる。



「見かけによらずうぶなのかな。可愛いね。こんなにうぶだと、悪い大人に騙されちゃうよ?」



 雰囲気が怖い。

 そのまま頭から食べられそうな気配に、逃げようとするが許してくれるわけがなかった。



「ねえ、クロ君。ここに誰かの唇が触れたことはあるかい?」



 唇を柔らかい力で押され尋ねられた質問の意図を読み取れず、俺は首を傾げた。



「どうして、そういうこと聞くんですか?」


「隊員がトラブルに巻き込まれないように、情報を集めておくのが上司の務めだろう?」



 何が楽しいのか鼻歌を奏でながら、唇を押され続ける。

 背筋をゾクゾクと何かが駆け巡り、思わず胸を押そうとしたが、上司だという言葉が俺を止める。



「こういう時はなりふり構わず逃げなきゃいけないんだよ」



 拘束されているわけじゃないのに、金縛りにでもあっているかのように動けない。

 本当に食われる。

 覚悟を決めて目をつむると、この変な空気を切り裂くように、大きな声が聞こえてこた。



「こんにちは!」



 レッドだ。

 顔を見なくても声だけで分かり、俺は安心して体の力を抜く。

 そんな俺の様子に、司令官が耳元で囁いた。



「その反応は妬けるね。この続きは、また今度」



 続きってなんだ。今度ってなんだ。

 俺が疑問を言う前に、ひらりと軽やかに司令官は自分の席に戻っていく。



「クロ? どうかしたのか?」


「い、いや」



 俺の元に来たレッドが心配そうに聞いてくるが、俺は先程までの空気を引きずって、しばらく普通の状態に戻れなかった。





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