第37話。真実。

 「じゅ…じゅん…ガルー准将!もう間もなくで前線へ到着しますよ」


モンたニュウスの声が聞こえ、目を開けてみると天井から釣らされているハロゲン灯が揺れているのが目に入る。


「なぜ、泣いておられるのですか?」


最初、モンたニュウスが何を誰に言っているのか全く分からなかった。

だが自分の視界が所々霞んでいることに気が付き、恐る恐る目元へ手を伸ばす。


「これで私が人間である証明ができたという訳だ。私は悪魔の子ではないのだよ」


はあ、とモンタニュウスただ疑問気に返事をしたのみで特に追求はしなかった。

だが、それで良いのだ。

私の過去を知っている人物など必要ない。


「さて、モンタ君。我々は前線への強行偵察任務をするとしようか。極力気づかれないようにするが、命の危険を感じたなら発砲しても良いからな。それと…」


モンタニュウスに促され、車両から出てみるといつの間にか空は晴れ渡っており、遠くに見える夕日からの強烈な陽光に目がくらむ。


「それと?」


寒いな。

太陽から注がれている陽光は確かに私の身体を温めているはずだ。

はずなのに。

この陽光はあの日の事を思い出させる。


「…それと…撃破スコア稼ぎではないのだから、調子に乗りすぎるなよ」


感情が上手くコントロールできない。

あの日、愛する家族が惨殺された日以来、私の内側にはただ、怒りという感情しか無かった。それが私を呑み込み、支配していた。怒りを原動力にし私はここまで突き進み、不要なものはひたすら切り捨ててきた。

その…弊害が、ここで。


「モンタニュウス。少し私の話を聞いてくれないか」

「…了解であります」

「いや、違う」

「はっ?」

「デンギュラントス准将の部下でも、兵団長の団員としてでもなく、ただ私、ガルーの一人の友人として話を聞いてくれ」

「……」


それもそうか、今から戦争だと言うのに上官が変なことを言い出しては士気に関わる。


「そうだよな…」

「…どうぞ」


モンタニュウスが私の前に立ち、目を見据える。

そして優しげに微笑むと、手を伸ばして私の階級章を外し、自分の胸ポケットに収める。


「もう少し、時間があります。それまででよけ…それまででいいなら」

はたから見れば、階級章を上官から剥ぎ取った兵士と奪われた上官に見えるだろう。

だが私にとって、肩にかかっていた重石が取り除かれるような感覚を与える。

「ありがとう…そうだな、これはある女の子の話なんだ」


ある所に女の子がいた、とても幸せに家族と過ごしていた。

けれど、嵐がやってきて女の子が大切にしていたものを全て奪ってしまいました。

悲しみに打ちひしがれた女の子は何を信じて良いのか分からず、ただの人形になってしまいました。

そんなある日、親切な人が来て女の子に救いの手を差し伸べてくれました。

最初、女の子はその差し伸べられている手を拒絶しました。

壊れた心はなかなか治りません。

ですが、手を差し伸べた人のおかげで女の子は次第に心開いていきました。

でもやはり、女の子は幸せになれません。

その親切な人は大海に飲み込まれてしまい、女の子は再び一人ぼっちになってしまいました。

親切な人が大海に飲み込まれてしまったことが信じられない女の子は、海に出ることを決意し、沢山努力しました。

努力の結果、女の子はその海で名を馳せるほど有名になりました。

あくる日、女の子が航海をしていた船と他の船が一緒に大海に立ち向かうことにしました。

でも意地汚く、傲慢で、エゴイズムの塊である女の子は他の船を大海へと行くように仕向、自分は安全な場所から小馬鹿にした笑みとともに、その場を後にした。


「兵団…ガルーさん、それってまさか」


その時、女の子は大海へいかせた船の船長から何か懐かしいものを感じていました。

そんなのはただの幻想だと女の子は決めつけ、捨ててしまったのです。

数ヶ月して女の子はその船長の話を聞きました。

そこで、何か頭の中に靄がかかったような気がしましたが、疲れているせいだと思い休むことにしました。

でも、起きたら気づいてしまったのです。

ただの幻想だと、感情というものの誤作動だと決めつけていた事の真理を。


「ドミニク・ウィル・バラハインこそが…私を地獄から引きずり出し、人としての人格を私に与えてくれた張本人だったのだ」


なぜ、私はあの時、ドミニクと再開した時に気がつけなかったのか。

実際に私がドミニクと過ごしたのは半年もない、加えて極度の精神ストレスにより夢遊病のように記憶が定まらず、夢の中なのか現実の中なのか区別がついていなかった。

だが…だが、なぜ忘れた!


「私は、私の手で自分の救世主を、父親であった人を殺したのだ」

「ち、違い……」


黙っていたモンたニュウスが口を開くが、気圧されたかのように閉じる。


「何も違わない。あの時、囮部隊が全滅することはほぼ確定していた。彼らの尽力があって我々は敵司令部を破壊し、敵軍の領土野心や自尊心を粉砕した。だが、もしも私が囮部隊にいたら結果は大きく好転していたのかもしれない…いや、作戦そのものが間違っ…」

「自分が思うに、ドミニク少佐はガルーさんの事を気づいていたのだと思いますよ」

「そ、そんなわけがない。あの方と過ごした時間はあまりにも短く私もまだ幼かった。仮に気づいていたとして」


堰が切れた。

面子?意地?プライド?

全てがまやかしだ。嘘の産物だ。


「じゃ、じゃあなぜそう言ってくれなかったのだ?私はあの方が死んだと聞かされていたのだぞ!私はあの方にとって邪魔な存在でしかなく、自分が死んだことにしてででも捨てたかったのか!?」


口にしてしまった、はっとする。

私はドミニクにとって目障りな存在だったのかもしれない。

もしかしたら、彼にも好きな人や家族がいたのかもしれない。

それを私が壊してしまったのか。


「そんな事言わないでください!」


突如、モンタニュウスが叫び、私の両肩をつかむ。

お前に何が分かるんだ、という言葉を放とうとして、飲み込む。

それ程までにモンタニュウスの表情は真剣だった。


「お二人のことをあまり知らない自分でも分かります!ドミニク少佐は絶対に、ガルーさんに声をかけたかったに違いない。貴方に、大きくなったねとか、私の事を恨んでいるのかねとか、どうしてここにいるのだとか言いたかったに決まってますよ!そもそも、ガルーさんの事が目障りだなんて思っていたら、貴方に手を差し伸べたりなんかしてません!」


地上にいる歩兵たちが何事かと空を見上げると、そこには全身を赤く染め上げた二人の魔装兵が絡まるように飛んでいるのが見える。

若いな、と茶々を入れる者もいたが、その言葉が二人に届くことはない。


「嘘だ!」

「嘘じゃない!貴方が半年間過ごしたその人は、貴方を簡単に見捨てるような人でしたか!?」


今度は私が口を閉ざした。

何か言い返そうと言葉が脳裏に浮かぶものの、すぐに消えてしまう。


「違うでしょう」


モンタニュウスが怒鳴るような口調から、全てを包み込むような口調に変わる。

分からない、私はそう漏らした。


「何があったかは分かりませんが、ドミニク少佐がガルーさんを捨てるなんて私は思いませんし、そんな事を思うだけでドミニク少佐に失礼です。思い出してみて下さい。あの囮作戦、ドミニクさんが提案して、自ら囮部隊の隊長になりましたよね。お陰で自分たちは妨害されることなく任務を成功させました」

「だから、何だって言うんだ。それがどうしたんだ」


分かりそうで、分からない。

家族が殺されてから成長を止めてしまった怒り以外の感情で、モンタニュウスが言わんとしている事を理解することはできない。


「ガルーさんに生きてほしかったんですよ」


…生きる…


「ドミニクさんが敵を引きつけてくれたお陰で自分らは安全でした。温和な人として有名な方が戦闘狂のように振る舞っていたのも、ガルーさんに怪しまれないためですよ」


肩を掴んでいた片方の手が離され、そっと頭の上に置かれる。


「ガルーさんが殺したんじゃないんです。ドミニク少佐が貴方を生かしたんです」


モンタニュウスの肩越しに見える夕日。

それはとても暖かく、もう寒く感じることは一生無いだろう。

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