第38話。現実。

 「い、いいか。さっきのことは忘れろ」


氷、否、氷より遥かに冷えた視線でガルーがモンタニュウスに警告する。


「はっ、勿論であります!」


無論、それに歯向かうような命知らずではない。だがモンタニュウスは自然に上がってしまう表情筋を抑えるのに必死になってい。元々、モンタニュウスが好きなのはブラックガルーなのだが、ホワイトガルーを体験してみると、それはそれで素晴らしいの一言に尽きたのだ。

とでも考えてそうだな。

コイツには再教育と洒落込んで、全てを忘れさせるほどのトラウマを植え付けよう、絶対に。あの私は普通ではない。そして二度とアレになるつもりはない。

ただし......


「ガレス少将のご厚意により四名の魔装兵を偵察任務へ連れていけることになった。二人一組で敵兵力の位置や規模などを偵察するのだが、異論はないかね」


自分の中で起こった変化に、自分でも驚いているのが現状だ。

何にも期待せず、ただ自分だけを信じればいいと固く誓っていたその意志はどこかへ消え去り、代わりに残ったのが何とも形容し難く、むず痒いものだ。


「ありません」


モンタニュウスが口元を若干綻ばせていたので、活を入れる。


「ああ、それと、別に殿軍だからといって守りに徹しなくていいぞ。私としては、現戦力で敵を押し返し…ふっ、良いことを思いついたぞ!」


モンタニュウスはその時、悪寒がした。

ホワイトガルーの中に残っているブラックガルーが一瞬、顔を覗かせたからだ。

だが、モンタニュウスの求めているガルーがそこにはいた。


「良いこと…とは」

「このままザルス帝国の首都まで行こうじゃないか!前線が停滞しているのは奴らがまだ希望を抱いているからだ。意気揚々と侵攻してくる敵軍を蹴散らすぞ。その後、私たちの師団はひたすら首都を目指し、帝国を壊滅させるぞ!」


瞳を爛々と輝かせ、水を得た魚のごとくまくし立てるガルーを若干、引き気味で見つめるモンタニュウス。


「早速、ガレス少将に繋いでくれ。我々の手でこの戦争を終わらせ、祖国のために貢献しようじゃないか」


高笑いをするガルーを尻目に、モンタニュウスは気づいた。

怒りのみで生きてきたガルーはただの張りぼてに過ぎなかったということを。

復讐という枷から解放されたガルーを誰が止められようか。

ただの一人もいない。


「近い将来、世界の地図からザルス帝国は消え失せる。そして、我々ハッサー王国が世界の覇権国家となっている。ああ、素晴らしい!これこそが私の求めてきたものだ。弱者は滅び、強者が生き残る!その強者が屠られる日までは、私は軍人としての義務を忠実に全うしようじゃないか」


そう、ただの一人もだ。


 「バギンス閣下、ヴァイヘルム卿より通信です。敵侵攻軍を壊滅させた上で...その、帝国首都に強襲作戦を敢行するそうですが、いかがいたしますか?」

「何を言っているんだ」

「小官も混乱しております。ですが、ヴァイヘルム卿は戦争を終わらせるおつもりのようであります」

「そうか」

「いかがいたしましょうか」


再び将校が問うた。

一瞬、バギンスは疲れたような表情を見せたが、すぐに引き締まった顔へと変わった。


「私は…特に関与しない。責任を放棄するわけではないが、この件はヴァイヘルムに一任すると伝えてくれ」


バギンスの腹心が驚いた表情になる。


「ハドマイ帝国との密約を放棄してもよろしいのですか。ザルス帝国はもはや虫の息、王国軍の侵攻を止められるはずがありません」


それを聞いたバギンスは溜息をつき椅子に腰掛ける。

ブランデーが注がれているグラスを手に取りそれを目元まで掲げる。


「獅子身中の虫。私はどうやら彼女のことを過小評価していたようだ。子は親に似るというが、どちらも私の邪魔をするのが好きなようだな」

「ドミニクは閣下の理念を理解しなかった愚か者であります。死も当然の帰結です」

「だが、やつの死が彼女の枷を破壊してしまったようだ。此度の作戦で彼女が戦死するとは思えない...面倒ごとは増える一方だな」


ブランデーがつがれているグラスを傾け、バギンスはその中を流れる光を見つめていた。

琥珀色の液体は美しく輝いている。


「彼女は危険だ。軍から遠ざける必要がある」

「私に考えがございます」

「では、まずは王国内にいる邪魔な者共を一掃せねば。なぁ…ハッサー」

暗闇の中にいた男がぬるりと現れる。

「全ては御心のままに」


ハッサーと呼ばれた男が片膝をつき頭を垂れるのを見、バギンスはグラスを呷った。


 「兵団長、想定より雲が多いですね。天候班は雨雲は局地的になると言っていたのに。やはり天候班からの情報は当てになりませんね」

「そうだな、風によって雨雲がこちら側へ移動したのだろう。それより今は作戦行動中だ、ハンター01と呼ぶように」

「失礼しました。それで高度をこのまま維持していては雨雲は回避できたとしても、敵が見つかりません」


強行偵察へと飛び立った私達の目の前に現れたのが厚い雨雲である。

敵に発見されないようにと旧型のスーツで飛べる限界高度を飛んでいるため、雲の上に来てしまい、全くもって地上の様子が見えないのだ。

ちなみに新型スーツは私たちが撃墜された際、敵に情報が漏れないように使用禁止となった。


「こちらハンター03、このまま進んでいますと、友軍が最後に通信を飛ばしてきた位置になってしまいます!」


恐らく王国軍は撤退している。最後の通信があった位置を越すとはつまり、友軍を通り越してしまったことになる。


「もう既に通り越したか。だが、それなら友軍から何らかのコンタクトがあってもいいはず。撤退中とはいえ、流石に状況もある程度落ち着いているだろうに」


その時、耳に嵌めている通信機から砂嵐音とともに何かが微かに聞こえた。


「こ…きんき…しんご…」

「ハンター05!出力を上げろ!チャンネルを合わせるんだ!」


遠距離通信機を担いでいる隊員に指示を飛ばす。


「了解!」


何かダイヤルのようなものを数度調節した後、通信が安定した。


「こちら第一〇九師団だ!中央から援軍として派遣された!誰か…」

「こ、こちら第三五八機械化小隊のケリア三等兵であります!」


ようやく前線部隊と直接コンタクトが取れた。


「手短に状況報告を頼む」


相手が三等兵という下士官の中でも最下級であるため、不安を覚えた。

撤退中の部隊が緊急シグナルを発信しているがその相手は新兵。もはやこれは最悪の事態になっていることが想像できる。


「ぜ、前線は壊滅状態。救援にかけつけた第九二二連隊は敵兵にせ、殲滅されました。私は小隊長からの命令で通信機だけを持って撤退中であります!」


連隊が…壊滅?本当に壊滅してしまったのか。

予想はできたが、連隊規模が短期間で壊滅させられるとは。


「了解した。敵がいる位置を良いから教えてくれ。大まかで構わない」

「私が前線にいた時、F-11区間で戦闘が起きていました。今はF-8からF-9だと思われます」


F-12に前線管理司令室があり、そこが強襲されたせいで何の情報も中央に入らなかったという訳だ。こんな下士官を走らせ、友軍へ情報を伝えるという手段を取るほど前線は混乱し、打つ手が無いのか。

何よりも最後に信号を受けた地点がF-5区間であったため、私たちは勘違いしていたのだ。

敵は私たちの目と鼻の先にる。


「了解した。貴官はそのまま後退を続け、師団と合流しろ」


助かったことによる安堵からか、涙声で感謝を伝える下士官からの通信を切ると、各員へ命令を下す。


「F-7地区で高度を下げる。降下した直後、もしくは降下中に敵魔装兵とコンタクトするかもしれない。常に臨戦態勢を維持し、魔力盾を展開させておけ。私とハンター02が先行する。遅れるなよ」


素早く魔力盾を展開させ、魔装銃のセイフティーを外す。

追加された他四名の練度もかなり高く、戦闘経験も豊富だ。旧型とはいえ帝国が使用している装備より私たちの方が上。加えて即時撤退が許可されている。

やれる。


「スリーカウントで降下開始する。魔力系の装備は全て出力を最低にしておけ。モンタ…ハンター02は探知機を使って敵魔装兵を探せ。絶対に気づかれるなと言いたいが、最悪の場合は我々が師団の先鋒を務めると思え!」


約一名を除き、ほぼ全員から良い返事を聞けた私はとても喜ばしい気持ちになる。

王国軍に所属する魔装兵が敵を恐れることなどあり得ないのだ。


「では、スリー…ツー…ワン…ゴーゴーゴー!!」


ダイブを開始したと同時に雨雲の中に突っ込む。

雲頂を過ぎると、そこは雨とみぞれが乱気流によって吹き荒れている極寒の場所であった。目を守るために装着しているゴーグルは一瞬で凍結し、凍傷を防ぐために顔一面に覆われている布は濡れて気持ち悪い感触になってしまった。

いくら目を凝らしても前方数メートルが視認できる限界で、周りを同じように”自由落下”してるであろう隊員たちがいるのかすら分からない。モンタニュウスが索敵している分、突如戦闘が勃発することはない、と信じたいところだ。

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