第36話。幻影。

 「それでは現在の状況を簡単に説明いたしますが、宜しいでしょうか」


宜しいかと尋ねられ、私は軽く頷く。


「第一〇九師団は他師団と連携し、前線で救援を求めている各部隊を救出するのが主任務となっております。任務達成後は殿軍として負傷した部隊を護衛し、遅滞戦闘に務めるというのであります」


私が今まで完遂してきた任務の中でも難易度最高クラスだろうか。

救出を求める部隊とはいえ、部隊として機能していると考えるのは楽観的だ。そう考えると、上は本格的な救出作戦ではなく見せかけの、パフォーマンス的な意味合いを込めているに違いない。


「それで先程仰られていた”不死の部隊”とはどういう事でしょうか。お伽噺の中から飛び出してきた地獄の番人でも戦場へ…」


ガレスの表情が強張るのを見て、確信する。


「まさに、その通りですよデンギュラントス師団長。不死身の化物が戦場を闊歩し、前線にいた精強で知られている大隊が壊滅させられました。断片的な情報によれば、手榴弾などの擲弾で身体を吹き飛ばしても無傷だとのこと。自動小銃は効力がなく魔装銃ですら一時的な足止めにしかならないそうであります」

「それは…我々の敵は本当に人間なのか」

「はい、人間の姿をした悪魔でもない限り」

「…それを一体でも一人でも倒せたことはあるのか。また今までどのような対策を講じているのか、そして何を試してみたのかの詳細が知りたい」


するとガレスが顔を伏せ副官に目配せする。その副官ですら顔を伏せるように俯きながら肩を竦めた。

ややあってガレスが口を開く。


「残念ながら、そのような情報はこちらまで伝えられておりません。前線は混乱を極めており、もはや軍隊としての機能は完全に死んでいるでしょう。そのよう中で様々な情報が出回っているのですが、それが真実なのか分からないとのことで」


ははは、泣けてくるし笑えてくるし、変な感情だ。

軍人として感情に左右されるのは弱卒のするところであって、兵団長である私が感情に振り回されるのは全く、全くもってよろしくない。

よろしくないのだが。


「情報なし、か。いくら神話のような化物がいるとはいえ、非常時にも機能する情報網を確立していなかった情報部の落ち度だな。我々が生還した暁には怒鳴り込んでやろう」


”不死の部隊”と呼ばれる何かが前線にいたとしても情報は素早くそして正確に伝達されなければならない。正確な情報は命だ。それを一番知っているのは情報部のはずだ。確かに全軍撤退命令の影響で混乱があったのだろう…全軍…なぜ王国軍は撤退命令を出したのだろうか。


「敵の数や詳細が不明だからだそうです」


とガレスは言うが本当にそうなのだろうか。

敵戦力が不明とはいえ、ザルス帝国の残存兵力は王国軍の足元にすら及ばない。たとえ前線にいた部隊だけでは対処困難でも他の所か持ってくればいいだけ。極端な話、反攻部隊を潰した後、その穴をこちらが有効活用して帝国の首都まで進めば良いのだ。


あの……実験場所にいた敵兵は多くても百には届くまい。恐らく何かしらの影響で命を保っていた数十名は、あの時、異常な程までに舞い上がっていた砂塵の中に身を隠していたと考えるのが妥当、もしくは死んでいたはずの死体が生き返ったのだろうか。今思えば、証拠隠滅という体で爆裂式を数回打ち込んでいればこんな面倒にはなっていなかった。それは兎も角として、いくら不死身といえども捕獲されれば何もできないに違いない。超人と不死は違う。それに、あの場では確かに奴等は死んでいたはずだ。現に私とモンタニュウスは数名からサンプルを入手する際、死んでいることを確かめているのだ。


奴等は、”不死の部隊”は完全ではない。

何かしら弱点があるに違いない。だがそれを見つけるには科学班や解析班らによる詳しい調査が必要になる。


「数が不明か…しかし敵さんが何人いようと我々の任務が変わることはない。友軍を守りつつ、可能なら敵を撃破する。そして私の独断よなるが、”不死の部隊”と呼ばれている敵兵を数名、生け捕りにしようと思う」

「じゅ、准将!?我々はただでさえ難しい任務を既に任されている上に、これ以上任務目標を増やしてしまっては本来の目的を見失いかけます。もし敵兵を捕虜にしようとしましても、以前ドミニク大尉…ドミニク少佐がなさったような囮作戦でも生け捕りは困難ではないでしょうか」

「モンタニュウス少尉。確かに貴官の言うとおりであるが、ザルス帝国がどのように”不死の部隊”とやらを制作したのか分からない今、全王国軍人がその化物の解析を第一目標にすべきだとは思わないかね。それは我々ではなく、王国に住まう民を思ってのことだと理解して欲しい」


モンタニュウスに目配せし、話を合わせるように求める。


「た、確かにそうですね。差し出口失礼致しました」


こんな状況であるが少し感動するな。

少し前までは後先考えずに発言をする癖があり、今でも時より間違えを犯す。だが子供の成長は早く、飲み込みもまあまあなので悪くない。判断力も普通より優れている上に、王女暗殺未遂事件でも大活躍であった。私に同行しているせいか戦闘技術や射撃性能も向上しているようだし、今まで被弾らしい被弾すらしていない。ポンコツならとうの昔に戦地に置き去っていたが、意外にも有能で私自信驚いている。


「しかし、ドミニク少佐か、懐かしいな。彼には感謝してもしきれん…感謝だと」


自分自身何に驚いているのかは分からない。

人に感謝するのは私の感性と大幅に乖離しているからか。

だが客観的に見て、私は自分の発言に驚愕し鼓動が早くなり、あの時、そうドミニク少佐を前にして感じたように、記憶の蓋が外れそうな感覚に陥る。

突然、機能を停止させたガルーを訝しむモンタニュウス。


「半日に及ぶ強行軍のためお疲れでしょう。専用の寝台車を用意させましたので、前線付近に到着するまでお休み下さい」

ガレスの細やかな配慮により暫しの休憩を得ることができた私は、乗り心地や寝心地が最悪であるにも関わらず枯渇仕掛けていた魔力を回復すべく、深い眠りへと落ちた。


 自分の意識が、まるで古いフィルム映画のように、錆色の壁に投影されている。

そこに映し出されているのは十歳にも満たない女の子。

右腕には可愛らしい人形が抱えられ、左腕は上の画面外の方へ伸びている。

砂利道を歩いているのか足元から時より小石が砕ける音が鳴り、その度に女の子は笑い声を上げて喜んでいた。

どうやら上の方へ伸びている左手の先には父親と思わしき人がいるようで、女の子が笑う度に男の人の笑い声も聞こえた。

だが、そんな幸せなシーンが突然消え去る。

次に映し出されたのも、やはり女の子であった。

だが私が感じたのは、恐怖だ。

その両腕に抱きかかえられている人形の両腕は失われ、片脚が取れかけており、目元の汚れがまるで涙を流した跡のようになっていた。

女の子も目元も同様に涙の跡が幾筋も残っており、充血している瞳からつい先程まで泣いていたことが窺い知れる。

しかし、正面を向いている女の子の瞳は冷たく冷めていた。生気の感じられない瞳。

だがその瞳は私を観ているかのように、私を分析するかのように目を走らせた後、重々しく口を開いた。


「……」


忌々しいことだ。

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