第31話。片道切符。
それより少し前。
「准将、私の勘違いでなければ我々が予想していた飛行ルート上にあるのは普通の雨雲であって、決して雷が見え、所々雹や雪が交じるような悪天候ではありませんよね」
黙ってくれ、モンタニュウス。
私だってゴーグルに張り付く髪を退けるのに忙しいのだよ。
「君の勘違いではない。私が与えられた情報ではただの雨雲と書かれていた、しかも局地的とな。全く、天候班は何をしているのかと問い詰めたい所だが、残念なことにフライトをキャンセルする事はできない。強行偵察を行う上で天候が変化することは十分に考えられることだからな。強化訓練には最高…そう、最高の日和じゃないか!さ、装備点検でもしてろ」
マイナスをプラスに変える。思考の切り替えはとても大切だ。
「ピクニックに向いているとは思えませがね。バックパック良し……銃の安全確認完了…それにしても朝から慌ただしいですね。前線とは関係ない南方基地なのに、基地司令がお気に入りの眼鏡でも無くしたのですかね」
確かに、朝から基地が慌ただしいのは感じていた。
普段なら10分以内に受理されるはずの飛行許可が30分以上かかり、普段は使われていない滑走路にですら軍用機が駐機されていた。
「だが、私達には関係のない事だろう。全装備異常なし。さて、長い飛行になる訳だが忘れ物はないか」
「全装備異常なし。准将こそ大丈夫ですか」
「なに、私がか」
コイツも言いよる。
直属の上官に向かって、忘れ物はありませんかなどと問うやつがいるだろうか。
「前は甘味料を持っていませんでしたよね。そういえば、あの時見た笑顔が今でも私の脳裏に…いつでも飛べます」
「了解だ少尉。こちら特務兵団所属ガルー・デンギュラントス兵団長だ。事前に申請しておいた通り、0500をもって北方基地へと移動する」
「こちら管制室。現刻をもってコードネーム・ハンターを通信用に使用するように。ハンター01と02が個別用の識別コードだ」
「こちらハンター01、了解した。現刻をもってハンターをコードネームとする」
「こちら管制室。10分後に三番滑走路より離陸を許可する。尚、スクランブルが離陸態勢中にある可能性があることを留意されたし」
「こちらハンター01、細心の注意を払って、安全第一で離陸する」
「こちら管制室。知っていると思うが、飛行経路上に大型の積乱雲が発生している。戦地に向かうまでに雷に落とされぬように。国王陛下に栄光を!」
「こちらハンター01。ご気遣い感謝する。国王陛下に栄光を!」
もし戦地へ赴くならば、管制官との会話が最後の日常であろう。高まる気分をリラックスさせるのが彼らの仕事だ。適度なジョークを飛ばしたりなどと話術に長けている者が採用される。
「最終確認を行う、といっても二人だけだからな。最後のブリーフィングでも行うとしようか」
「はっ!」
残念ながら天候に恵まれなかったものの、他のコンディションはほぼ完璧に近い。
新品の魔装戦闘服、改良型の魔装銃、補給部隊から優先的に回された比較的美味しい野戦食、時間に余裕のあるスケジューリング。向こうに着けば温水シャワーが用意されている。
兵団長という国内で八人にしか与えられない肩書はどこででも通用し、上官相手でも無駄に下手に出ずに済むのが素晴らしい。特務兵団は少人数精鋭のため全兵団員の性格などを熟知することができる。無駄な嫉妬からくる権力争いをいち早く察知できるのは好都合だ。
おっと、思考があらぬ方へ飛んでしまった。
今はブリーフィングだ。
「飛行後、一時間の休憩がある。その後、座学を数時間受けてもらい、午後は私との戦闘訓練だ。無論、夜間飛行訓練、夜間強襲訓練、夜間対強襲訓練、夜間戦闘訓練などなど、思いつく全てのシチュエーションを再現すべく訓練は行われる。二日間の内、私と君に与えられている休憩兼睡眠時間は合計五時間だ。前線にいた時より少しばかり厳しい時間配分にしてあるが、この程度で音を上げるような弱卒ではないだろう」
「勿論であります!」
「よろしい。もう少しで時間だ。念のため、酸素マスクを着用するように。小雨程度ならいいが、大降りなった時、通常巡航速度で進んでいたのならまだしも、戦闘時の速度で飛んでいては眼球を傷つけかねないからな」
雨がまばらに降り始め、滑走路を濡らす。
耐水性のある戦闘服であるため、水を吸わない分まだ良いのだが、襟元や袖口から入ってくる水滴が体温を少しずつ奪っていく。
それに戦闘服や下着が濡れる感覚は不快だ。
「離陸後三十分間は魔力盾を展開しつつ高速飛行を行う。雨水を防げる程度で大丈夫だが、積乱雲を突っ切る際には雷でも弾ける強度にしておけ」
すると、モンタニュウスが顔を痙攣らせ何か言いたげな表情になる。
「なんだね、言いたい事があるのなら早く言え。後々面倒な事になるのは嫌だからな」
「い、いえ准将。ただ雷を魔力盾で弾くなど考えもしませんでしたので。可能なのでしょうか」
確かに、少し説明する必要があるな。
「魔力盾は部分展開と全展開が可能なのは知っているだろう。砲撃や銃弾を防ぐだけではなく、日常的に使える便利なものだ。言ったように雨水などは容易に防ぐ事ができる。先日行った対艦訓練では酸素が尽きるまでと限定的ではあるものの、水中を“飛行”することすら可能なのだ。無論、防ごうとする対象エネルギー量が多ければ多いほど使用する魔力量は増え、仮に魔力が枯渇すれば飛行が困難になる。ただし、雷のエネルギーは常に流れており、砲撃はそこの一点にエネルギーが集中するという違いがある。雷を弾くのではなく、受け流すという感覚が大切になるな。まぁ、私も試したことはないのだが、大丈夫だろう。最悪の場合、雲の上を飛べばいい」
モンタニュウスの顔面が再度、痙攣した気がしたのだが...気のせいだろう。
積乱雲は高くても高度16,000m程度だ。生身の状態で耐えられるのは、酸素ボンベを装着していて約高度1万メートル。19,000mを超えると血液が沸騰し死んでしまう。だが魔力盾を使えば問題ない。魔力量が無限であれば、宇宙ですら活動できるはずだ。
魔力盾万歳。
シュイツデル・バーン博士には感謝してもしきれんな。
「准将、そろそろ」
「分かっている。管制室、こちらハンター01。離陸準備が完了した、第三滑走路より発進する」
「こちら管制室、了解した」
事務的で非常にスムーズなやり取り。
モンタニュウスに手で合図を送り離陸態勢になり、戦闘服に魔力を吸わせ、充填を完了させる。
魔装兵の飛行方法は2つある。
装置を介さない純粋な魔法での飛行は所謂古代魔法分類され、装置に演算や処理を任せ使用者は魔力の補給のみを行えば良い所謂現代魔法。どちらの方が優れているのかと聞かれれば難しいのだが、戦闘においては現代魔法の方が優れている。
「これは…意外と吸われますね。本当に旧型より効率化されているのか不安になります」
135%という数字に嘘はないようだが、モンタニュウスの言うとおりである。
装備を起動する際に必ず魔力を少なからず吸われるのだが、体感できるほど持っていかれたのは初めてだ。もし旧型に劣りでもしたら嘆かわしいにもほどがある。
「使ってみたら分かるだろう。30%で離陸する。スリーカウントでいくぞ!3…2…1…ゴー!」
試作機を使うのは意外と緊張するものだ。
安全性が確認されているのは知っているが、いざ使用してみると若干の恐怖感がある。
だが、それも束の間であった。
「こちら管制室!ハンターには安全第一で離陸するようにと伝達したが、こちらで確認されたのはスクランブル発進と変わらない速度だ」
「こちらハンター01。新型試作機のテストも兼ねている。性能を見誤っていた」
「…こちら管制室。了解した。良いフライトを」
「ハンター01、感謝する」
完全に新型戦闘服の性能を舐めていた。
旧型では離陸時、40%程の出力を出していたため、今回は30%にしたのだ。
だが、結果として旧型の60%に匹敵する速度で離陸したのだった。
恐らく、離陸時の衝撃で滑走路に少なくないダメージが入ったはずだ。一部、ヒビが入っているかもしれない。整備班には申し訳ないことをした。
「准将……」
「ああ、分かっている。開発部の奴等、私が前に使ったのより数倍パフォーマンスを良くしたな。魔力の循環もいいし、消費量も理想的だ。素人目でもこれが現代科学を限界まで駆使して完璧に作り上げられた傑作だと理解できる」
単純計算で旧型よりほぼ二倍は性能が向上しているな」
最初に充填した魔力量は多いものの、消費量は限りなく低く、意識しないと分からないほどだ。また、旧型にあった横ブレがなくなっており、銃撃戦時の命中率が大幅に向上することだろう。特筆すべきなのは速度だ。出力30%程度で飛行しているのだが、旧来の巡航速度に匹敵している。また加速力も素晴らしいの一言
に尽きる。
戦闘中には装置に過負荷をかけるが、一時的に出力120%で飛行することもあった。
もし、この最新型で120%出力で飛行した時、どれ程の速度がでるだろうか。
特務兵団に求められている練度は訓練でクリアできたとしても、即応力に必要な速度が課題として残っていた。この装備はその問題を解決しうる力を秘めている。
「モンタニュウス、出力120%でいくぞ!」
「え、あ、は?20%ではなく120%でありますか!試作機ですので安全重視で…」
「構わん、その時はその時だ。スリー、ツー、ワン、ゴー!!」
魔力盾で身体を防護していなかったら、今頃は身体が千切れてしまいあの世にいただろう。
モンタニュウスは…
「無事か?」
「……生きているといえば、生きています。ですが,生きた心地がしません。危うく殉職することでしたよ」
軽口が叩けるほど元気らしい、いや、よかったよかった。
「問題ないなら結構。80%まで出力を落として北方基地を目指そう。識別コードを常に発信するのを忘れるな、もし撃墜されたら目も開けられないからな」
北方基地までの所要時間は休憩も含めれば、八時間ほど。
積乱雲のせいで大回りになってしまった事もあり予定を大きく変更せざる負えない状況になってしまったが、天候が理由では致し方ない。
だが、装備には既に事前に組み込んでおいたフライト情報がある。私はただ魔力を補給すれば目的地に行けるというわけだ。
長いフライトの間、私は音楽でも聞いてゆっくりと休むことにしよう。
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