第29話。装備調達。

第一演習場付き休憩室とは休憩室という名前が付いているものの、利用できるのは尉官以上となっており、軍基地にいる殆どが訓練兵或いは下士官であるため利用人数は極端に低い。更には、利用するために名前・所属・階級などの諸々を記入する必要があるため、ガルーという魔装兵の中でも異端児が利用すると知って利用するほど肝の座っている者などいるはずがない。


「遅れて申し訳ありません」


そういう事情もあり、この時間帯に休憩室を訪れるのは呼び出したモンタニュウスのみ。


「いや、問題ない。君が......貴官が遅れるのは想定済みだ」


気の緩みだろうか。

私はいつからモンタニュウスの事を君と呼ぶようになったのだろうか。

同じ部隊に配属された当初は少尉もしくはヴァイデル少尉と呼んでいた。それがいつの間にか、モンタニュウス少尉となり、階級が消えモンタニュウスのみになった。ザルス帝国戦で前線に配置され、悪夢のような逃避行を行った後からモンタ君と呼び、モンタになり今では君という呼び方になっている。いや、確かに軍内で一番親しいのがモンタニュウスである事は間違いないだろう。できれば同性の友人がいれば今後何かと便利なのだが、兵団内にいる女性士官とは何か壁を感じる。現状、モンタニュウスで妥協せざるおえないのが悔しいが、しょうがない。

そう、これはしょうがないのだ。


「0400をもって“特別授業”を開始する。尚、この訓練は明後日の2000を終了予定としているが、前後する場合もあるためそこは柔軟に対応していきたいと思う。君や他隊長級の者たちは私からの個人主導を二日間に渡って受けられようになっている。特権だ、喜びたまえ。とりあえず」


足元に忍ばせておいた大袋を持ち上げ、テーブルの上に載せる。

そこで呆けていないで手伝ったらどうかね、という不平を私はなんとか飲み込んだ。

全く。仮にも女性である私に重労働をさせるとはモンタニュウスに人の心はないのか。


「この中に装備一式が入っている。ここで着替えてくれ」

「了解しました。では少しの間外に出ていて下さいますか」

「あ、いや、私は構わないでくれ。今夜の飛行ルート上に雨雲があると通達があってな。若干の修正が求められているんだ」

「で、ですが、恥ずかしいと申しますか...」

「……貴官も軍人だろう。いついかなる時でも着替えられるようにしておかなけらばならないというのは当たり前だ。恥など捨ててしまえ」

「准将はこの情況で着替えられますか」

「は?貴官は私の柔肌が腐った視線で蹂躙されるのを良しとするのか。男なら紳士らしくしろ」


ああ、はぁ、すみませんと言いつつ部屋の隅へ移動したモンタニュウスが怯えた小動物かのように縮こまりながら素早く着替え始めた。

思わず溜息をついてしまう。

いかんいかん、溜息をついていては幸福が逃げてしまう。

だが考えてみればモンタニュウスと組み始めてから異様な速度で昇進を重ねたが、同時に戦地へ、特に激戦区へ飛ばされる回数が増えた気がする。モンタが不幸を呼んでいるのか、それとも私か。

っと、今は飛行ルートを考えなければ。

天候班によると大型の雨雲が王国に急接近中らしい。雨だろうが雪だろうが雷だろうが何だろうが、魔装兵ならば飛行すべきだろう。だが今回の訓練で雨はあまり好ましくない。


「モンタニュウス、昨日の訓練から魔力量は回復しているか」

「え、あ、魔力量ですか?完調ではありませんが、一般飛行程度なら...」

「それは良かった」

「な、なにがいいのでしょうか」

「これから行うのは敵地浸透を想定した強行偵察だ。最初は隠密行動から始め、仮想敵に発見された場合、発見されなかった場合の二つに分ける。発見された場合では、友軍援護がある場合、友軍援護が数百秒後に到着する場合、友軍援護がない場合と色々変えるつもりだ。数回下手したら数十回演習を行う予定なのだが、残園ながら雨雲が迫ってきている。そこで中央に連絡した所、北方基地での実弾演習が許可された。北方基地は現在、ザルス帝国攻略のために大変忙しくされているそうで基地長からは愚痴られてしまっらよ。ちっ、あのクソロリコン野郎め。私が准将と告げた途端ヘコヘコしやがって。ゴマスリクソ爺い...」

「准将、それは色々と不味いのではないのですか」


私とした事が何という事だ。

上官不敬罪で減給処分尚且つ停職なら良い方で、更迭される可能性もある。

適当に咳払いして誤魔化すとしよう。


「雨雲を突っ切っるぞ、モンタニュウス。そろそろ着替え......遅くないか、着替えるの」


大胸筋、僧帽筋、前鋸筋、上腕二頭筋。

どれも平均以上に盛り上がっており、一目で肉体労働でついた筋肉ではなく、しっかりとしたトレーニングのもと、計画的に段取り良く鍛え上げられた筋肉だと分かる。

私もそれなりに腹筋があるのだが、性別上これ以上鍛えると失うものが多いと軍医に言われ諦めた。

暫しの気まずい沈黙。


「着替え…終わりました」


勿論、モンタニュウスの言葉を疑っている訳ではないのだが、敢えてゆっくりと振り返る。

よし、戦闘服に着替えてる。部下が特殊性癖者でなくて心の底から安心した。


「准将、この特別仕様の戦闘服は今日の訓練のためだけに補給兵団に用意させたのですか」

「そんな訳がないだろう。資金を可能な限り渋り続けることで有名な補給兵団が私たちのような弱小兵団に用意するわけがないだろう。これは中央が押し付けてきた代物だぞ。我々は今回の訓練期間中、開発部のギニーピッグ、モルモットにされるのだ」


作戦局開発部より丁度この基地入りしたばかりの時、名指しで手紙が届いたのだ。

曰く、様々な新装備のテスターになって欲しい。特別給金が支給される。実績として上に報告する、などなど。

兵団としての資金は無いよりあった方が良いので受けてみたのだが、その決断は正しかったのだろうか今では渋面を作らざるを得ない。

今回、サンプルデータを集めたいという事で送られてきたのが魔装兵用の新戦闘服SSS-301型だ。(備考までだがSSSとは魔装兵(Sorcery Soldier Specializedの略字)用の装備全般を指している)。魔力の充填量を従来の戦闘服より大幅に増加させたことによって高速飛行が可能になったそうだ。加えて、魔力盾などもチューニングが施されたようで、非常に楽しみなところではある。

だが、実地試験を行っていない品だ。期待より恐怖のほうが上回っている。


「モルモットでありますか。勿論、性能は保証されているんですよね。使用した直後に爆発事故など洒落になりませんから」

「向こうでも性能実験を行ったそうだが、それは悪魔でも向こうの結果。実戦に限りなく近しい訓練で本来の機能を十分に出せるかは別問題だろう。現在採用されているSSS-209型より性能は135%も向上したらしいが、以前試しに使ってみた所、体感できる程の差はなかったな。私の感覚が鈍いのか、

135%という数字が信用に値しないのか。それから幾らばかりか改良されたらしいが……」


135%という事は実質三割以上も性能が向上しているなくてはならない。どれだけ開発屋の連中が自己中心的で見栄っ張りだからといっても、軍用装備の性能を誇張していることはないだろう。いや、していないことを信じたい。

実際には旧来の戦闘服とあまり大差なく、魔力補充量が多いという印象しかないのだがな。


「後もう一つ実験装備があるのだが…っと…重いな。これが新魔装銃SSF(Sorcery Soldier Firearm)-701型だ。君も使用している650型は特殊加工を施してようやく、二種類以上の弾薬が装填できただろう。今作の701型はほぼ全ての弾薬が標準状態で装填可能、加えて対艦式などの特殊弾丸まで使えるそうだ。正直、新戦闘服よりこちらに資金を注ぎ込むべきだな。加えて魔装銃で火薬の役割を果たしている魔力の小爆発の威力を大幅に改良したらしい。従来品より五割ほど火力が向上したのも魅力的だな。それに、この機能を使用することは無いと信じたいのだが、弾丸に流される魔力を敢えて暴走させることによって数倍以上の威力を一時的に出すことが可能らしい。らしいというのも、使う度に銃が破壊されるは、毎回結果が違うらしく開発連中もあまり勧めてこなかった。最終手段とでも思って、頭の片隅に入れておいてくれ」


650型は無骨で如何にも軍隊が使用する火器らしい容貌をしていたのだが、こちらは一転して流線型で滑らかな銃身、アサルトライフルより少し長く、スナイパーライフルを彷彿とさせる風貌である。取り外し可能なストックは近距離用と遠距離用で二種類用意され、様々なサイズや形のマガジンがある。どういう原理で違う形のマガジンを使えるのかは技術屋ではない私には分からないが、画期的な技術である事には間違いない。グリップも色々な種類が用意されており、使用者の好みに合わせてカスタマイズできるらしい。


「暴走ですか…個人的に何かを犠牲にしなければならない事は嫌いなのです…いえ、勿論本官は命令とあらばこの身を犠牲にするつもりでございます」


コイツは何を言っているのだ。

話しの流れを掴むことが不得意な人間ではないというのが私の見解だったのだが、一度その考えを改めなくてはならないかもしれない。

しかしこのままでは、あらぬ方へ話題が逸れそうなので無理矢理、新型銃を押し付ける。


「確かに少し重たいですね。色々な機能を注ぎ込んだ弊害でしょうが、戦闘中にこの重さの魔装銃を抱えているぐらいなら面倒でも旧型を選ぶ奴は少なく無いかもしれません」


そう、難点はその重さにある。

装備に関して詳しくはないので余り強くは言えないが、戦闘中に腕が痺れてくる程重いのだ。開発部の連中は何を考えているのかは知らない。だが、足せば良いというものでもないだろう。魔装兵は飛行部隊なのにこんな重い物を持っていては、高い機動性という利点すら潰しかねない。


「その通りだ。という訳でいらないところを私なりに削ってみたのだが、どうだ」


と言い、私はもう一丁の魔装銃を大袋から取り出す。

美しさを全て取り除かれた、言ってしまえ醜悪な銃がそこにはあった。

銃身は三分の二以下のサイズになり、滑らかなフォルムは跡形もなく消え、限界まで全てが削り落とされていた。

極めつけは、


「プラスチックを使っている銃ですか。斬新といえば斬新なのですが、強度に問題があるという事から過去に見送られたのでは」


プラスチック。

グリーシス国が数十年前に開発したのだがその脆さゆえに軍隊では敬遠されてきた。


「軍事技術は開発部の専売特許ではない。民間企業がプラスチックの強度を上げることに成功したらしく、軍が企業に委託する形でストックやグリップ、更にはマガジン、サイトなども一部プラスチックから全プラスチック製になっている。開発部の面子を潰すような事になってしまったが、参謀部経由で経済部に購入申請を出したら、スムーズに許可されたのだよ。恐らくバギンス閣下の計らいだろう。持ってみろ、お前が想像している以上に軽くなっていることを保障するぞ」


魔装銃を片手で手渡し、最初は身構えていたモンタニュウスだが新型銃を持った途端、表情が変わる。

少年が始めてパチンコを持った時に見せるようなキラキラとした瞳はあまりにも眩しい。


「こ、これがプラスチックの力ですか!普通型より体感で四割以上も軽量になっていますし、鉄混じりの時より持ちやすく肌触りも良い!何よりマガジンが重くないので携帯数も増えますよね、これ。しかもストック部分が肩に当たっても痛くない!画期的です!さすがは准将、素晴らしい!このモンタニュウス、改めて准将の偉大さを感じ感激のあまり涙が溢れそうであります」


コイツは本当に変わらんな。

このなんとも形容し難い気持ち悪さといい、だが少しだけ照れてしまうような不思議な感覚といい。


「御託はそこまでにしておけ。それより飛行ルートの説明をするぞ。北方基地までだが……」

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