第28話。特別授業。

 「それで、これはどういう事だ」

「皆、准将のお言葉に感動したに違いありません。まさか全員参加となるなんて…流石は准将です!このモンタニュウス、改めて准将の偉大さを実感致しました」


嘘だろ、おい。

あの”鬼ごっこ”ではあえて私への恐怖心を植え付けるように追いかけ回した。

料理班に無理を承知でお願いし取り揃えて貰った嗜好品の数々は無駄になってしまうのだろうか。

あ゛?

半数、いや四分の一が参加したら良い方だと思っていた。

少数精鋭から徹底的に鍛え上げた後、徐々に他を鍛え上げるつもりだった。

それはただ、47名の隊員たちを一人で見、管理するのは物理的に無理がるからだ。

だが、これでは……


「本気を出すと誓ってしまったからな。女に二言はない。よし!」


自分に活を入れ、壇上に上がる。

先程まで楽しげに雑談していた47名の兵士らが一斉に会話をやめ起立する。

ほのぼのするような光景だ。

よくアイロンがかけられ、糊がきいた制服。

美しく45度に揃えられている敬礼。

軍人特有の鋭い目つき、整えられた髪、真剣な表情。


「諸君、ようこそ”特別授業”へ。先程も伝えておいた通り、これは私の独り言であって、諸君らが勝手に聞いてしまっただけだ。それを理解した上で授業を進めていくわけだが、よろしいかね?」


数人が小刻みに頷いているのを確認し話を進める。

しかし、あれは首肯だったのだろうか。小刻みに揺れて…震えているのか?


「では、本題に入ろう。諸君らは世界暦110年に生きている現代人として、また科学の素晴らしさ知っている者として魔法という超常現象についてどう思う。私はな、とても馬鹿馬鹿しいと思っているのだよ。言葉や数式によって立証できないのは神か悪魔ぐらいにして欲しい所だが、この魔法というのを理論的に解説できた科学者は一人もいない。だが、理論的に立証できないからと言って存在を諸君らは疑うか。否、諸君らは呼吸するように己の魔力が体内から放出されているのを感じ、魔装銃を使用する際には魔力が流れ出ていくのが分かるだろう。古い文献によると、魔法が初めて確認されたのは世界に分裂が生じた時らしい。真実か嘘かは当時を知っている人が皆死んでいるため定かではないのだが、元々全大陸は一つだったらしい。それが魔法によって今の形へ人為的に”分裂”した訳だ」


兵団員たちに動揺が走る。

君たちの心境は私もよく理解できるさ。人間という脆弱な生物から放たれた魔法が世界、地殻を変動させるなどにわかには信じがたいからな。

だが、これらの情報は全て国立図書館に収蔵されている古書から確認され、歴史学者により真実である確率が高いという見解が出ている。


「これが魔法という非科学的な産物について記されている最古の記録だ。これ以前より魔法があった可能性があると私は仮定している。というのも、魔法らしき事象に関する文献は多々存在しているのだが、それが魔法なのか、それとも他の超常現象もしくは偽文書なのかハッキリとできないらしい。だからこそと言うべきか、数千年前から数百年前にかけて学者たちは必死に魔法という現象をどうにか数式で証明できないかと躍起になっているのだが、皮肉な事に現代科学をもってしても完璧な説明は不可能だそうだ。だが我々魔装兵は、そんな不完全な物を用いる軍人なのだ。それ故に、魔法を正しく理解していないと痛い目を見ると私はここで明確にしておきたい」


更に続ける。


「ここでおさらいなのだが、古代魔法とは目に見えず、存在しているはずなのに器械を用いて観測することができない魔力を消費し、何故かは理解できないがある一定の魔法言語を述べれば発動されるものだ。そして現代魔法とは複製化された魔法言語を機械の補助を受けて高速で詠唱し、完璧に計算された最小の魔力量を消費して魔法を行使する。よく古代魔法は速度で劣るが威力で勝り、現代魔法は威力で劣るが速度で勝つと言う。だがあれは、間違いだ。古代魔法は現代魔法より高度で緻密な魔法が使えるだけであって、現代魔法で古代魔法の火力を上回ることは可能である」


「残念ながら古代魔法は時代が進むにつれ廃れてしまった。戦争の道具として使われていた古代魔法だが、銃火器の進歩により行き場を失い、今では使える者がほぼいないのが現状だ。そして今、時代は変わろうとしている。魔法が再び、この世界を支配する日は近い、否、既に支配し始めている。我々の魔法盾で精製された防殻を拳銃、機銃、軽機関銃、重機関銃、狙撃銃ですら貫けない。我々は空を飛び、歩兵が目視できない所から一方的に蹂躙することができる。しかし、一部の頭のお固い上層部は先日諸君らが模擬戦を行った海上戦力へと予算を回すことにしたそうだ。魔装兵は奴等の五分の一程度の予算しか確保されていない。数年後には捨てられる海上兵力に対して過剰な予算を投資するのは愚の骨頂。国民の血税を溝に捨てる行為など許されるはずがない。故に私はこの特務兵団が圧倒的活躍をすることによって、それらの考えを変えさせようと思っている。知っての通り、私はこの年齢と性別で准将という地位が与えられ、兵団長に抜擢され、二つ名がついている。だがこれだけでは足りないのだ。軍中枢部ひいては王国の中枢組織へすら轟くような偉業を成す必要がある」


「そのためには達成しなくては課題が色々とあるわけだが、まず一つとして我々は世界最強の部隊にならなければならない。そして二つ、全員が更なる高次元的な存在へと己を昇華させなければならない。聞いただけでは怪しい宗教の勧誘にしか思えないだろうが、要するに肉体改造を徹底的に行うつもりだ。基本的に魔力量の増加は見込めないのだが可能性がゼロではない……言うつもりはなかったのだが、実は私の魔力量は参戦し、死地を通るごとに増加しているのだ」


再び動揺が走る。

だが今回の動揺は先のとは確実に違う。


「事実だ。私の仮説では魔力量は肉体の増強、そして何らかの経験を得ることによって飛躍的に増加していると思う。そこで君らはこの短期間で身体を絞りに絞り、屈強な肉体を持って欲しい。そして3つめに、諸君らに足りていないのは強敵との戦闘経験だと思う。たとえ諸君らの魔力量が相手を圧倒していたとしても、駆け引きで負けてしまえば諸君らは敗北してしまうに違いない。そこで諸君らは私との個人レッスンを一日交代で受けてもらう。これも参加の有無は諸君らに委ねられているのだが、受けた前と後とでは別人のような強さを身につけている事を私の何にかけて約束しよう。この一週間、諸君らを観察していて気づいたことや改善すべき点を徹底的に教え込む。後でそれに関する書類を配るから参加する人は明日までに提出しておいてくれ。それでは参加する人向けに実際、何をどのように行うか説明する」

公式記録に残されていない”特別授業”を経て、特務兵団は大きく変革したのである。


後にこの三ヶ月の訓練期間を体験した者たちの中からハッサー王国の中枢権力を担う大物が多数排出された。爵位を与えられた者や局長の座についた者、総軍の指揮を任された者もいたほどだ。成功の秘訣とは何かと聞かれれば彼らは口を揃えてこう答えるのだ。

「一度、本当の地獄というものを体験してしまえば、どんな過酷なことだろうと日常と変わりない」


 手足が凍えるのを感じ、モンタニュウス・ヴァイデルはまどろみの中から引きずり出された。マットレスとしての機能を全て失っているベッドに眠っているため、肩や腰に寝違えたかのような鈍い痛みがあるのを感じる。冬場ということもあり、掛け布団だけは良質なもの、といっても量産品の安物、が支給されていたにも関わらず手足が冷えている。掛け布団を手繰り寄せ全身に広げようとしたが、何かに引っ掛かってしまったのか動かせない。それより気になるのが、寒さが徐々に身体の右脇側から侵食していっていることだ。つい数秒前までは手足のみであった寒さが脇腹から右半身へと広がっていき、遂には胸の大部分を占めてしまった。流石に状況が以上であると感じたモンタニュウスの脳が働き始める。


「……あぁ、准将でしたか……ッ!?准将!?はっ?」


ガルーが手をモンタニュウスの頬に当て、大きく振りかぶった。


「いったいッ!」


パァンと乾いた音が響き渡り、同室の兵団員たちが一斉に目覚める。


「兵団長!?」「お、おはようございます?」「な、なぜここに」


などなど。


「静かに。他の部屋の者たちまで起こすつもりか?」


一気に室内の体感温度が数度下がり、肺が凍りついてしまっかのか数人は呼吸が上手くできていない。


「私はモンタニュウス少尉に要件があるだけだ。君らを起こすつもりはなかった、すまない。起床時間まで数時間ある。体力回復は軍人としての義務でも有るからな。ゆっくりと休んでくれ」


手をぷるぷると振り寝るように促すと、首を傾げながらもそれぞれの布団に潜り込む。


「さて、モンタニュウス」


ガルーが笑みを浮かべつつぐっと顔をモンタニュウスの顔に近づける。

百人中百人が天使の笑顔と認めるであろう完璧な微笑みなのだが、モンタニュウスはそれが何ら良いことが起こる前兆ではないと知っている。


「な、何でしょうか?」

「まだ君から参加の有無を確認していないのだが…おめでとう、君の事を私はかなり買っているのだよ。男であるお前なら私より筋力が上回っている。非常に残念だが、私と君が真剣勝負をしたらどちらが勝つのかは分からないと私は思っているよ」

「そ、そんな事はあり得ません。准将の考えが間違っていると否定したいわけではないのですが、この事に関してはそうだと言い切れる自信があります」

「まぁ、待て。搦手や技術のみで私が本気で挑んだらお前に勝つなど容易い。だが、もしも君がもう少しの知力を身につけたら…君は私以上の化物になれる…はずだ」


多少、語彙が濁されたのはご愛嬌という事だろう。


「そ、それで、なぜ准将が私たちの部屋に。ただそれを言うだけに、まだ陽が登ってすらいない時間に無理矢理布団を剥がして起こした訳じゃないでしょう」

「そう怒らないでくれ。確かに私は“特別授業”への参加を問うたが、君は例外だ。モンタニュウス・ヴァイデル少尉、おめでとう。貴官は私自らが執り行う“特別授業”の受講生第一号だ。十分後に第一演習場の休憩室に来てくれ」


そういうと返答を聞く必要はないと言わんばかりにガルーは早足で部屋を出て行った。


「嘘だろ」


モンタニュウスも“特別授業”を受けるつもりでいたのだが、自分の自由意志のもと参加を表明するのと。准将直々に指名されるのでは訳が違いすぎる。

静かに溜息をつき、既に寒さを感じなくなった身体をベッドから引きずり出したのだった。

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