第17話。魔装兵団。

 「准将、お疲れの所申し訳ありません。バギンス中将よりお電話です」


どうやら、寝てしまったようだ。

私は頬をペチペチ叩くと電話に出る。


「はい、ガルーであります」


「ぶわっはっはっ!」


開口一番の大爆笑。


「か、閣下?」


なんで笑っているんだ?

普通は叱責じゃないのか。


「いやいや、すまない。エヴァが泣きながら駆け込んで来て、国が滅びるとか喚いていたもんで、誰がそんな事を言ったらと聞いたら案の定だったよ」


「も、申し訳ありません。あくまでも私個人の意見ですので、そこは汲んでいただければと」


「ああ、勿論だ。だが、驚いた。君が独自に考え抜いた、ハドマイ帝国の裏切り行為は我々上層部の中では

随分前から真しなやかに噂されていたことなのだ」


なんと、既に幹部らは察していたのか。

まだ情報が断片的にしか揃っていない状況で物事を判断するのは愚かだ。

しかし今回に限って云えば、確証があった。

時に完璧すぎてあり得ないと思われることが本当だったりするのだから。


「閣下のご用件は何でしょうか?」


気づいていたなら、私があんな風に振る舞うことはなかったのだが。


「ああ、そうだった。来週までにドーバスランまで行くように。君が提案した対戦艦戦闘の演習があるぞ。喜べ、国王陛下もご興味がお有りのようだ」


別に対戦艦戦闘の演習ではなく、私が行おうとしているのは一方的な蹂躙だ。

だが、国王陛下が演習にいらっしゃるとなると話が変わってくる。


「勝てるのかね、准将?」


「容易く」


戦艦一隻沈めるのは簡単だ。

だが。海兵兵団の士気ごと海の藻屑にしては、来る戦いを乗り越えられない。

航空兵力を輸送する海上部隊は必ず訪れる新時代には必要不可欠な存在。


「准将、分かっているだろうが、あまり虐めてやるなよ」


「心得ております」


憂鬱だ。


 「准将…ガルー准将。兵舎に着きましたよ」


どうやら移動中の車でまた寝てしまったようだ。

午前は王女殿下と買い物。

午後は歴戦の強者たちが集う軍会議。

そして今、王都から少し離れた位置にある兵舎に来ている。

個人的には自室のベッドに飛び込んで寝たいほど疲れている。


「ありがとう。それでモンタニュウス、私の部下たちはどこで待っているのだ?」


「スーザン少尉は幹部用レストランでコーヒーを飲みながらカードゲームをしていると思います。ウワン少尉は筋肉トレーニングだと思われます、ですので地下低酸素トレーニングルームですね。ルーカス少尉なら可愛い女の子を探してそこらを彷徨っていることでしょう」


私の頭がおかしくなったのか?


「捕まえるならスーザン少尉からが良いと思われます」


待て待て待て、


「いや、待て。なんなんだ、隊長たちの堕落ぶりは。軍人なら銃でも担いで山に行ってハンティングだろう」


それは、准将の考えがおかしいんですよ。と、言われた気がしたので軽く拳銃ホルスターに手をかけてみたが、効果てきめんだな。


「特務兵団の任務はいかなる戦況でも投入可能な部隊である事です。ですが、そんな優秀な魔装兵を手放す兵団はいませんので…それで…正確に少々難ある、彼らが選ばれたと思われます」


言われてみれば、そうだな。

今回の兵団編成はかなり強引に行われただろう。

これによって大幅に兵力を削られた隊があるのかもしれない。

私のせいではないと言え、知らぬ所で恨みを買っているかもしれないから、気をつけておこう。


「まさかとは思うが、少尉。君の士官学校時代の同輩たちは、皆、頭のネジが飛んでいるのか、それとも生まれつき無いのか?」


「そうですね、昔からそんな物はありませんでした」


変な事を聞いたせいで余計、不安になってきた。

昨日までは軍大学に入学し、無難な成績で卒業。

その後、局入りを果たして、出世コースを歩むという完璧な人生計画があったのに。

一日で全てが根底から崩れ去った。

なんで…


「貴官らのせいで私が出世街道を外れたら、銃殺刑をくれてやる」


今は部下に当たって鬱憤でも晴らすとしよう。


「……誰から声をかけますか?」


「小腹が空いた。レストランにいるスーザン少尉から会いに行くとしよう」


 わお、なんか無駄に豪華だな。

幹部専用レストランは王城内にあるレストランに引けを取らないほど豪華だった。

ここに投資されている費用を少しでも前線に回せば、何人の兵士が寒さに凍えず、腹を空かさず、感染症に汚染されないだろうか。

ここに来るまでの途中で通りがかったの士官用レストランもとい、食堂にはパイプ椅子が所狭しと置かれていたのに対して、ここは、まぁ。

一目見て高価と分かる丸テーブルには軍の紋章である鷲獅子が刺繍された純白のテーブルクロスがかけられ、それを囲んでいる四脚の椅子も高級羽毛が使われて座り心地も良さそうだ。またテーブルから落ちそうなほどに並べられている食べ物もどれも食指が動かされる。

食事に舌鼓を打っている将校たちも、准将や少将が多いため、その中で窓際のテーブルに一人で座っている女性尉官がスーザン少尉だとはすぐ分かった。


「スーザン。久しぶりだな。士官学校卒業式以来だが元気にしていたか?」


眠たそうな顔をしている。

無気力とは少し違う。面倒、そんな感覚だろうか。

長めの茶髪が目元にかかっていても少しも気にしている様子はないし、猫背のせいで強調されている胸も今はテーブルの上に預けられている。


「ああ、モンタニュウス似の誰かかな。前線に送られているモンタニュウスがこんな場所にいるはずがない。それで、モンタニュウス似の誰かさん。何か御用?」


平坦!ずーーっと、一定の音で喋ってる。

え、こわ。


「目大丈夫か?俺は俺だよ、モンタニュウスだ。聞いてないのか?スーザンと同じ部隊に配属されたんだ。知らなかったのか」


「聞いてるし、知ってる」


「じゃあ……」



このままだと一生、会話が平行線で進み続けてしまうな。


「少尉…少尉…モンタニュウス少尉!スーザン少尉に私を紹介してくれないか。上官である私を無視して話を進めるなぞ言語道断だ」


あぁ、すみませんという内容の謝罪を受け、紹介させる。


「准将、こちらが私の士官学校時代の同僚で、軽装部隊隊長のスーザン・バイエル少尉です。士官学校ではとても優秀な成績を座学と実技、両方で収めていますので腕は確かです。スーザン、こちらガルー・デンギュラントス准将だ。スーザンと私が配属される特務兵団北部特務部隊隊長。もしかしたら聞いているかもしれないが前線では”大隊潰し”と呼ばれている有名ネームド持ちな方だよ」


「宜しく頼む、ガルー・デンギュラントスだ。今日から貴官の身を預かる訳だが、隊長として私を支えてくれ」


するとスーザンが勢い良く立ち上がり、直角に身体を折る。


「し、し、し……」


え、なに?こわ。


「准将。スーザンはあがり症でして。特に上官に対して過度な緊張感を抱いてしまうんです」


「それは…軍人として致命的なのではないか?」


私の知る限りあがり症で緊張して言語障害を起こしてしまう軍人など見たことも聞いたこともない。

毎日のように上官と話す必要があるというのに、一体全体今までどうしていたのだろうか。


「ですが、スーザン少尉を含め他の三人の隊長たちは、多少問題があるとはいえ、優秀という部類を軽くこえる実力の持ち主ですから」


なるほど。

実力はあるが扱いの難しい面倒な兵をよせ集めたのが私の部隊なのかもしれない。

かくいう私も、モンタニュウスも扱いが面倒な部類に入っているのかもしれないが。

とりあえず、いまするべき事は。


「スーザン少尉、少し落ち着いてくれ。先進的な王国軍でも、女性士官の数は全体の割合から見て、とても少ない。友達とはいかないが、私は貴官と仲良く、円滑なコミュニケーションを取れるような間柄になりたいと思っている」


優しい性格をアピールすれば、おのずと”仲良く”なれるかもしれない。

だが、まぁ、私の命とこいつの命、どちらを優先すると聞かれたら、1億パーセントの確率で私のだがな。


「な、な、な…」


「そうだ、仲良くしたい。今すぐには無理だろう。だが時間をかけたら、なれるのではないかと私は考えているのだが」


仲良くか…

生まれてこの方、友人など出来た事がない。

人は信用するものではなく、上手く付き合い、利用し、裏切る。

これが私の信条である。


「私も一緒に夕食を食べようとしていたのが、これではあれだな。モンタニュウス少尉はここに残れ。私は残り二人を探してみるとするよ」


探すのは面倒なのでそこらにいる下士官にでも任せて、私はゆっくりと夕食を食べよう。

後方の飯は美味しいと聞いたことがあるので、楽しみだ。


 ウワン・ケルカス少尉、及びにルーカス・グーグリエルモ少尉との面談も順調にいった。

二人共、なかなか、いやかなり個性的な性格でスーザン少尉と張り合えるほどだった。

ウワン少尉は今にもはち切れそうな程に服が張り、盛り上がった筋肉の跡がハッキリと分かる程鍛え抜かれた筋肉をしており。その腕力で重機関銃を二丁担ぎ、友軍諸共、血祭りにあげそうな勢いだ。

赤、黄、青と三色に髪を染めたあげた、ルーカス少尉。見た目は完全なる軍規違反だが、飛ぶ抜けて良い”目”を持っているらしく、索敵のエキスパートらしい。軍機違反だがな。

それにしても、


「なぜ、私の部隊には一癖も二癖も強いやつが多いのだ。確かにあいつらの強さは折り紙付きだとしても、扱い易い兵がいいに決まっている」


全くもって、理解できない。

当初は後方で安全に出世街道を歩もうと思っていのだが、やれ貴族やら王族やらのゴタゴタに巻き込まれるのはゴメンだ。

かといって、最前線に引っ張り出されるのも二度とゴメンだ。

実をいうとあの兵団長会合の後、エヴァ王女猊下直々に親衛隊員への勧誘があったのだが…


「だが。それだけは嫌だ。あの方といると、精神の損耗が激しすぎる」

と考えている途中に、ディナーが運ばれてきた。

前線に居たときは、毎晩冷たい缶詰か硬い、硬いパン。

火を使えば狙撃兵に頭を抜かれてしまう、だがここは違う。


「野菜のスープで御座います。全て新鮮な物を使っております」

まずは香りだ。

湯気に乗って鼻腔をくすぐる野菜の匂いは実に素晴らしい。

スプーンを使い一口含む。


「あぁ…」


これは…あれだ…生きる意味というやつだろう。

まだ前菜だというのにここまで感動できるなんて。

メインディッシュがきたら、昇天してしまうかもしれないな。

やはり後方勤務を目指すべきだろうか。

前線で武勲をたてるのも良いが、後方で美味しい食事にありつくのも良い。


「准将閣下、お口に合いましたでしょうか?」


ナイスミドルなウェイターが気を使ってくれる。

小娘相手でも礼節を尽くす。

やはり軍隊という階級制度の中にある、合理主義かつ能力主義的思想は素晴らしい!


「感動しております。前線帰りの身としては嬉しい限りです」


私が高級士官専用食堂で一皿、数万もする食事を食べている。

10年前までは予想だにしなかった事だ。


私をあの地獄から救い出して下さった方を忘れはしないだろう。

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