第16話。団長会議パート3。

 モンタニュウスは思った。

兵団長可愛くない?なんでそこで声裏返って肩震わせてるの?

戦場では古兵に対してすら冷酷な態度。摂氏0度以下の感情で敵を屠り続け、決して満足する事のない強欲さ。

時折、モンタニュウスは思うのだ。

自分の上司は人間なのだろうか。


悪魔の落とし子。

或いは、

神の御使い。

なのでは、と。


だが、その程度の事は、モンタニュウスにとって、些細な事でしかない。

彼女は奇跡を体現者だ。

その強さは言わずもがな、その冷徹さこそ彼女の真骨頂というべきだろう。

敵兵に対して一切の情けを見せない。優秀な兵士として証だ。

自分がいくら研鑽を積み重ね、努力しようが到達できないであろう高みにいる。

そして日々、強さに磨きをかけ続けている。

確かに精神欠陥が彼女のマイナス面であるが、それを差し引いたとしても優秀であることに変わりはない。


 「ガルー准将。ここで階級はあまり関係ありません。皆さん、同じ兵団長ですよ」


落ち着け。

落ち着いてくれ、私の心臓!

今から言おうとしていることは、いわば上官侮辱罪や背信罪に等しい。


「小官の兵団は発足して間もないので、兵団からの意見ではなく、個人としての意見でも宜しいでしょうか?」


「構いません。続けて下さい」


気張れ!私は特務兵団長だぞ!


「皆様、この国の軍事予算は総予算の四割程であります。前の戦争から数年しか経っておらず、国の再建も途中ではありませんか。小官が非戦派と問われれば、お答えするのは難しいのですが、国民が苦しんでいる中、この予算を妥協しても宜しいのでしょうか?」


「だが、しかし……」


「ガイツェイ大将、わかっております。軍事予算を削ってしまうと、現状持っている軍備を維持できず、縮小を余儀なくされるでしょう。ですが、このまま行きますと国民は更に貧しくなる一方です」


「何が言いたい」


止まるな。畳み掛けろ。


「これからの戦争は魔装兵が中心です。戦艦、戦車、潜水艦、航空機、全て我々にとってはただの的でしかありません。我々抜きで考えても、既に戦艦などは過去の遺物。ガッドス中将、開発中の航空母艦や原子力にはどれ程の金と時間が必要なのですか?」


ガッドスが勢い良く立ち上がり、椅子が倒れる。

けたたましい音が広い講堂に鳴り響き、緊張のボルテージが上がる。


「ガルー准将!君には海兵兵団の事が全くもって分かっていないようだ!いくら、優秀な魔装兵であろうと、機銃の掃射、大砲の一斉放射に勝てる訳あるまい」


「友軍援護があれば、戦艦など容易く落としてみせましょう」


「……ッ!貴様!バギンス卿がどこから拾ってきたかは分からぬが、口の聞き方が分からないのか!それとも我が王国艦隊の戦艦を貴様らのみで潰せるとでもいうのか!?」


あぁ、ここまで来てしまったら、しょうがない。


「先程も申し上げましたとおり、容易く。戦艦など横っ腹に穴が空けば沈むだけの鉄の塊。機銃の射程外から遠距離爆破術式を打ち込めば良いのです。もし、駄目なら水の中から攻撃すればいい。戦艦は戦艦と殴り合うために設計されております。戦艦級の火力を詰め込んだ一人の人間と殴り合うのは想定すらされておりません」


「黙れ!!ならば、来週にでも演習がてら、示してやろう。人間如きが戦艦という怪物に勝てないことを!」


不気味な沈黙だ。

まさか、実演習をやる事になるとは思っていなかったが、この国のためだ。

このまま戦艦という不要な代物のために国民が苦しむのを、彼らの税金で暮らしている私が見過ごせるわけではない。

決して、魔装兵を王国軍の主力部隊にして確固たる地位を得たいわけではない。

麗しく、美しい我が祖国のためだとも。


「続けても、よろしいでしょうか?」


ヴァン大尉の顔が面白いぐらいに歪んでいる。

これ以上、私が何かを言おうとなんて思っていなかったのだろう。だがこうなってしまった以上、とことんやってやる。


「ど、どうぞ」


「感謝します、エヴァ王女。ガイツェイ大将、質問を一つ。この度の戦争で同盟国ハドマイ帝国からの援軍は御座いましたか?」


「勿論だ」


「戦場でハドマイ帝国旗を見かけませんでしたが、ハドマイ帝国軍は今どちらに?」


ずっと不思議に思っていたのだ。

ハッサー王国と条約を締結しているハドマイ帝国。

だがしかし、その援軍がどこにも見当たらないのだ。


「海側に注意せとハドマイ帝国元帥殿が仰ったので、海側の警備を任せている」


海側の警備?

海側ならば警戒すべきは皇国のみ。

ハッサー王国首都シュタイツバルト付近に、例え同盟国であったとしても他軍を配置するとは。


「何かがおかしい……」


「何がおかしいのですか、ガルー准将?」


エヴァ王女に答えなくてはならないのだが、何かが引っかかる。

海側に注意せよ、というハドマイ側からの注意。

ザルス帝国は講和条約に及び腰どころか聞く耳を持たないという。

戦端はザルス帝国首都にすら及ぶ勢いだと言うのに、本国が蹂躙されるのを何とも思わないのか。

戦端が首都に到達…戦端…前線…前線が…引き込まれている?


もし、もし、仮にだ。

ザルス帝国が意図的に我々を誘い込んでいるとしたら。

王国領内にいる兵力は全体の半数以下。

中でも精鋭である近衛兵団は殆どが前線にいる。

主力部隊も前線維持に努めているため、王都にいるのは士官学校を出たばかりのひよっ子か教官、または予備戦力として温存してある部隊のみ。

これが意図すること、それはつまり……


「キューベル大将!補給兵団はどの道を経由して前線に物資を送り届けているのでしょうか!」

頼む、私の思い違いであってくれ。

そうでなければ。


国が滅ぶ。


「ガルー准将、少し落ち着いてくれ。君の言動は少しばかり目に余る…」


「大将!お願いであります!国家存亡の危機に我々は立たされている可能性がございます!」


周囲の視線で私が許容範囲を超えたのを理解できた。

真面目に振る舞うつもりだったのだがな。

戦犯扱いで処刑されるのは、嫌だが…焦るにはまだ速い。


「……ハドマイ帝国国境付近を経由している。物資を途中で買い足しながらの運搬だ、このルートが一番効率的なのだよ」


 状況は最悪だ。

少し整理しよう。

一つ、ハドマイ帝国軍が規模は分からぬものの首都付近の海に配置されている。

二つ、ザルス帝国の不可解な行動の数々、特に前線を後退させている行為。

三つ、王女陛下暗殺未遂事件。

四つ、ハドマイ帝国から海を警戒せよとの忠告。

五つ、補給兵団がハドマイ帝国領付近を補給ルートとして使っている。

以上のことから導き出せる答えは一つしかあるまい。


ザルス帝国とハドマイ帝国が裏で結託し、我々を滅ぼそうとしている。


最初からおかしな話だったのだ。

大陸列強であるハドマイ帝国が新興国ハッサーと同盟を結ぶなど普通ではありえない。

恐らく、これまでの百年間、戦争を起こす大義名分を探していたのだろう。

だが今ではハッサー王国が列強各国の間でも頭一つ所か二つ三つも抜き出てしまった。

ここまで計算しているのだ、この二国だけなはずはない。

例え二国間同盟があろうとも我々の軍事力、主に魔装化分野においては突出している。いくら列強国が二国相手だろうと遅れを取ることはないばかりか、圧倒できるに違いない。だが、それらを考えないはずはない。子供でも、彼我の差はハッキリと分かるに違いない。だからこそ悪寒が走る。このタイミングで戦争を起こせた理由を知れば。

おそらく敵は…全大陸。


 「王女陛下、注進したい旨がございます」


私の顔は相当青褪めているに違いない。


「どうぞ」


私は説明した、全てを。

信じるか信じないかは私が心配することではない。


ただ、軍人としての義務を私は全うする必要があった。

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