第12話。休日の王族。

エヴァ・ガヴァナーは寒さを感じ、遠い夢の国へ旅立とうとしていた意識が覚醒する。


来月はもう新年だ。

日に日に、寒さがましている今、羽毛布団だけでは足りなくなってきてしまった。

メイドに布団を追加するように言っておかなくては。

ナイトガウンを羽織ったまま寝てしまったらしく、皺が寄っている。


昨日は色々とありすぎて、頭が状況に全くついていけなかった。

実際、ガルーさんが銃を撃ち返すまで、なぜモンタニュウスさんに押し倒されたのが理解できなかった。


そう私が……と、殿方にだ、だ、だーーーああああああああ!!!


だってだって、今まで包容してくれたのは父上ぐらいだし。

モンタニュウスさんは力強いというか、なんていうか。

ガルーさんの強さを鋭い、突き刺すような強さだとすると。

モンタニュウスさんの強さは全てを包み込むようなものなのだ。

その後も、次弾が飛んできた時、身代わりになれるように盾となってくれていた。


「エヴァ王女」


「ひゃっ」

扉の外からメイドに声をかけられて、思わず変な返事をしてしまった。

慎ましく、物静かな私で居なくては。


「大丈夫ですか?」

「えぇ、少し驚いただけよ。それより何かしら」

「朝食のご用意ができました。いかが致しましょうか?」


メイドがどう考えたかは分からないが、口外するような事でもないだろう。


「いつも通りでお願いします。あと、もう一枚羽毛布団を足しといてくれるかしら?」


そうだ、今日は目抜き通りに一人で行こう。

変装セットはクローゼットの奥に仕舞ってある。

目の色を変えて、カツラを着け、服装を変えれば誰も気づかない。

当たり前なんだけど。

なんか…ね。


 目抜き通りはいつも通り賑わっていた。

青果店のおじさんが客と談笑している間にいたずらっ子がリンゴを一つ盗っていった。

なんでお金を払わないのかしらね。

靴屋の青年が真っ黒な手で靴を磨いている。

壮年の紳士が孫と手をつなぎながら菓子を買ってやっている。

たまに服を買っている婦人服専門店の中で少女が……少女???

あの珍しい黒髪。

身長。

服装。

嘘でしょ。

と、気づいていたら店に入っていた。


「いらっしゃいませ。これはこれは…」


店主であるハンクが迎えてくれるが、今はそれどころじゃない。

バレないと思っていたら、流石は戦地帰りの野戦将校だ。目を細め良く観察したかと思うと眉を少し釣り上げていた。一国の王女が付き人も伴わず城外を歩いているのは問題だろう。


「あなたは…」


まずい。

信号は真っ赤だ。


「やーだー、ガルーちゃん!」


あ、実名…いっか。


「王都に来ていたのね!散々、探したのよ。私と服を買いに行く約束してたでしょう」


ガルーの顔面を自分の胸元に持ってきて、話せないようにする。


「ハンクさん、ごめんなさいね。この子、都会に来たことがないど田舎出身なの。迷惑かけなかった?」

「なんだ、エーヴィーちゃんの知り合いか。さっきから服を一週間分欲しいとか。ここには服がないの、とか言われて困っていたんだよ」


一切、化粧をしていなかったからまさかとは思っていたのだが。

私の胸元で呼吸困難に陥っているこれは本当に女なのだろうか。

私と同い年と叔父様が言っていたのだが、今ではそれすら疑わしい。


「今度、埋め合わせするから今日はこれでね」


リスクを最小限に留めて撤退することを恐れるな。

ドナート元帥が良く言っている言葉だ。


「そんな気遣わなくていいよ」


早くこちらに来てください、王女殿下。

私のキャリアがかかっているんだぞ!


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 「エヴァ王女、お一人で城外を出歩かれるというのは、如何なものでしょうか?」


少し奥まった所まで行き、ガルーを離すと直ぐ様、片膝最敬礼ポジションまでいった。


「立ちなさい」


すると、ガルーは瞬きする瞬間の間に立ち上がり、最敬礼ポジション。


「敬礼もやめてくれる」


すると、手を後ろに組み、少し足の感覚を開けて立つ。

これ以上矯正し続けると脳味噌が壊れてしまうだろうからやめておく。

まずは大切な事。


「私が一人で外出しているのは秘密にしておきなさい」

「残念ながら私が使えているのは軍隊です。私には上へ報告する義務があります」

「貴方が使えているのは軍隊でも、軍隊の上にいるのが王家よ。そして私は現国王の娘なの。その意味が理解できて?」


ガルーが少し考えた表情になるが、相変わらずの能面さだ。


「だからこそです。国の宝である王女殿下に何かありましたら、その事を知っていた私はなんと国王陛下に申し開きしていいのか分かりません」


頑固者。

国の宝とかいいつつ、本心では特に何も思っていないのであろう。

ならば。


「ガルー。私と貴方は友人。貴方が私の事を心配してくれているのは嬉しい。だから、私が外出する時は貴方が私を守ってくれればいいの。何も起こらなければ、貴方は何も申し開きする必要がない。以上。だから、今は友人である貴方の服を買いに行きましょう」


呆然と突っ立っているガルーをズルズルと引きずりながら、目抜き通りを目指した。

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