第10話。謁見。

 宮廷兵団が晩餐会場を警備をしていただけあって、リユー団長は国王と王女に謝罪し、犯人の背後関係を調べると言っていた。

エヴァ王女はなかなか肝が座っているようで、特にショックを受けた様子はなかったのが驚きだ。

やはりというべきか、晩餐会はお開きとなった。

晩餐会参列者全員に箝口令が敷かれたのだが、幸いにも参加者が国の高官なだけあって、この事態を重く受け止めるだろう。

そして私は現在……

国王陛下の自室の前で待機させられていた。

室内にいるのは国王、女王、王女、バギンス閣下だろう。

先に呼ばれていたのは総軍の元帥ドナート・ヴァイヘルム卿。

部屋から出てくる卿と少しすれ違っただけだが、鳥肌がたって、冷や汗が流れるほどだ。

歴戦の古強者ほど恐ろしい人はいない。

しばらく経つと、この前王女の世話をしていた執事が扉を開けて中に招き入れてくれる。

できれば、一生開いてほしくなかったのだが。

ご褒美が何かわからないし、王族の褒美という物の見当がつかない。

犯人の頭蓋骨とかだったら嫌だな。


「失礼致します」


服装は礼装から軍服に着替えてある。

昨日のうちに三回もアイロンをかけ、シワを伸ばしておいたので万全。


「あぁ、良く来てくれた。楽にしてくれて構わんぞ」


国王陛下が室内中央にある宮殿内の装飾品にしては簡素な椅子に腰掛けている。

私から見て右側には王女殿下が国王に寄り添うように座っている。昨日は色々とありよく観察できなかったのだが、エヴァ王女のように健康な痩せ方をしており、一国の女王に相応しい美しさと気品が溢れ出ている。

その王女殿下の対になるように立っているエヴァ王女殿下。

棚でブランデーを物色しているバギンス中将閣下。お気にに入りのが見つからないのか棚の奥の方にまで手を伸ばし、何かを掴んだかと思ったが首を振って棚に戻した。

そして窓の外を眺めているのはドナート元帥閣下。

国王ハッサーX世、バギンス中将閣下、ドナート元帥閣下。このお三方は小国連盟として三カ国が結成した時の指導者三名をそれぞれの祖父に持っている。バギンス閣下やドナート元帥が国王を推薦し、今に至るの。

ハッサー王国の首脳部が一堂に会しているのは何とも形容しがたいものだ。

感激…否…恐怖、そうただただ恐怖。

呼吸ができなくなるほど濃密な王家たる者たちのオーラが室内に充満している。

言動どれか一つでも間違えた時には…


「まずは娘を守ってくれた事、感謝する。私にとって娘とは命よりも大切な存在なのだ。例えて見るならば……」


右の方から咳払いが。無視だ、無視。


「兎も角。最愛の娘を命がけで守っくれたガルー大尉とモンタニュウス准尉。ハッサー王国国王の特権によって二人は一階級特進とする」


なんと!今日の朝、特進したばかりなのに、また昇進だと。

前代未聞の出来事で、聞いたことすら無い。


「ガルー准将。バギンスが言うには今すぐ戦場へ送り即戦力として活用したいそうだが、私としては君の才能に磨きをかけたい。どうだね、前々から君が人事局に申請していた軍大学へ編入してみてみるのは」


士官学校を主席で卒業してからというものの、人事局に毎年のように大学への入学を嘆願していた。

だが、いくら主席卒業者とはいえ、学費を払えないガルーを受け入れてくれるような優しい世界ではない。

それが今、叶うなんて。


「こ、光栄です」


だが、上手い話には必ず裏がある。それがこの世の摂理。


「だが、四年間在学すると軍備に大きな穴が空くというバギンスの指摘も最もなものだ。だから君は二年間で全ての学習を修了させ、尚且つ優秀な成績で軍大学を卒業せねばならない。いくら魔装化が進んでいる我が国でも」


軍大学は一般大学とは違い一般教科にプラスアルファで軍関係の基礎知識から専門知識、ありとあらゆる戦術を叩き込まれる。

卒業者は少尉階級を与えられるため、将来国を担う人物が多く在籍している。

国王陛下御自身も軍大学を卒業した身だ。

殆どの局長や団長たちも軍大学を優秀な成績で卒業している。

それがハッサー王国最高峰の学び舎、名門シュタイツバルト軍大学。


「二年でありますか」


勉強量は相当な量である。

座学は勿論、実戦形式の訓練が行われる。

それは激しいもので毎年数名の死者が出るほどと聞いたことがある。

だが、その厳しい勉強や訓練を突破し、入学時は250名いた同胞が100名以下になった時、その中の100人の一人でいた時、卒業者には大変な名誉が与えられる。


「もし君が軍大学に編入するのであれば、モンタニュウス少尉も編入させよう。そして君が指揮する北部特務部隊の小隊長三名も同時に編入させる。君たちの新部隊を伝家の宝刀にしたいというのは、私とバギンスが今回の件に関して唯一、同意できるところだ」


バギンス閣下が苦々しげな表情でブランデーを呷る。

そんな顔で見てくるんじゃねーよ、爺!

血啜りの爺とは良く言ったものだ、ブランデーの色が赤いからじゃないのか。


「いつまでに返答すれば宜しいのでしょうか?」


軍大学へ編入できるのは嬉しい。

だけれでも、二年間で全ての学びを終えるのはやってみないと分からない。

私のような優れた能力を持っている者は大丈夫だろうが、モンタみたいなポンコツには荷が重そうだ。


「准将が決めたらで良い」


ぐっ。

ここで選択権を私に与えるとは、試されているのか?そうとしか思えない。


「では、近日中に」


美しい言葉だ、近日中に、というものは。

最終決定を見送りつつ、近いうちに返答すると約束する。


「何か准将に言っておきたい者はいるかね」


陛下、もうやめて下さい。

今すぐ自室に帰って転げ回りたい気持ちです。

すると、ドナート元帥が振り返った。

よりによって、この良く分からん人か!


「貴官に訪ねたい」

「はっ!」

「バギンス卿が設立された特務兵団は私の管轄外であるため、直接聞く機会がないだろうと思ってな」


生唾を飲む。


「貴官は何のために戦っているのだろうか?」


今日の朝ごはんは何だったか、みたいな質問であればよかったものの。


「家族のため、同胞のたえ、国のためでございます、元帥閣下」


無難な所を攻めよう。

これで終わりだとは思っていないが。


「そうか」


拍子抜け、といった感じだろうか。

何か言われると思っていたので、肩透かしを食らった気分だ。


「私も宜しいですか?」


姫!もう勘弁して下さい、本当にお願いします。

という私の心の声が聞こえるわけもないな。


「実は私も来年から軍大学に入学するのです。できれば准将と少尉に護衛を引き続きお願いしたいのですが」


だめですか、と上目遣いで見てくる。

これまた反則すぎる。

私があんな事しても、人をぶっ殺しそうな感じになるだけだろう。

別に可愛さを1ミクロメートルすら求めたことがないのだからしょうがない。


「お役にたてるかは分かりませんが、編入することになりましたら、護衛の任、お引き受けい致しました」


どっちかというと、こちらがメインな気がする。

だが、私によってマイナスな面は少ないだろう。

他、モンタニュウスを含めた数名が落第した所で私には関係ない。


「まぁ、ありがとう。お母様、私の言ったとおりでしょう。准将はすごく良い人なんですよ」


良い人か。

私もなかなか外面を保つのが上手いらしい。戦場での私を見られたらと思うとゾットするな。


「そうねぇ。あなたが准将さんとお友達になりないなんて言った時には驚いたけど、今では納得もいくわぁ。この若さで准将なんて将来、ドナートさんの位置までぐらい上り詰めるじゃないかしらぁ。私の勘って意外とハズれないのよ」


話し方がゆっくりなお陰で内容を良く咀嚼できた。

要するに、眼の前にいる外面完璧姫は私の友人になりたいと自分で言ったのか?

国王陛下の表情といったら、もう。

笑っちゃうよね。


「れ、レオラ?それは本当なのか?エヴァちゃんの友人にこの准将を?僕は何も聞いていなんだけど」


エヴァ王女殿下の呼び方は娘じゃなかったのかな。

この流れから私が聞いてはいけない事を聞いたからという理由で処刑されたら、一生夢に出てやる。


「お母様!それは言わないでって言ったでしょう!」


こいつ…王女殿下は意外とお茶目なのか?

国王に似ていると思っていたのだが、思いの他、母親からの血のほうが濃いのかもしれない。性格まで血筋に影響されるのだろうか。

それにしても友人だと。

部下とかならわかる、でも友人?

王家の友人関係とは主従関係に似ているのかな。

玩具みたいな感覚で簡単に破壊されそうで怖い。


「エヴァちゃん、後で少し話そう……」

「五月蝿い」


こんなに哀れな国王は見たことがない。

打ちひしがれて顔が死んでいる。


「と、とにかくガルー准将。今回はありがとう。今後とも貴官の活躍には期待している」


バギンスが半死状態の国王の代わりに閉めた。

ここにいる人は本当に身内なんだろうな。

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