第9話。王女暗殺未遂事件。

 引き続き護衛をするのが必要があるのだろうか。

果たして私たちは必要なのだろうかと疑問に思えるほど平和だ。

数名の令嬢たちからの嫉妬に満ちた視線を感じ取れたが、悪意はないので問題なし。

また他数名の令息が少し長いと思われるほどエヴァ姫の手の甲に接吻していたが、私が知ったことではない。

何だかんだで愛されている王女だな、というのが私の素直な感想だ。

挨拶の長い行列がようやく途切れる頃、王女が何かを探す仕草をしていたので、仕方なく声をかける事にする。


「何かお探しですか」


そんな明るい顔で見ないでほしい。嫌々聞いたのが恥ずかしくなるだろうが。


「私のために飲み物を取ってきてくださる?ここ乾燥してて、喉が乾いてしまって痛むの。あの緑色のパンチをお願い」


あれれー、おっかしーなー。開けていないボトルから飲むんじゃないの。

私の聞き間違えだったのか。


「大丈夫よ、他の方々も飲んでいるから。安心して」


こいつ、私の心を見通せるのか。

もしかしたら古代魔法に、そういう能力を付与する力があるのかもしれない。

不足している知識を補うのには経験が必要だが、今の私にはどちらとも足りていない。


「了解しました。すぐに持ってまいります」


指定されたパンチはテーブルの端にある大きなボウルの中に並々と注がれている。

中にはライムとレモンが薄切りにされた物や、柑橘系フルーツの果肉などが入っていた。

少量の香りだけでも、清涼感が鼻を抜けていく。


「飲んでみたいものだな」


空腹感もそうだが、私も喉の乾き具合が酷い。

他の団長たちは談笑しながら飲み食いできるのに、私だけこんな仕打ち。

あんまりだ。

そう思いつつ小さなグラスを取り、飲み物を注ごうとしたその時。

悪寒が背筋を走った。

前線にいた時に常日頃から感じていた、これは…殺気だ。

突然、前方のバルコニーから膨れ上がった殺気が室内を満たしたのだ。


「モンタ!」


考えろ。考えろ。考えろ!

私と王女の距離は10メートル以上ある。

一発目の銃弾をモンタが王女を地面に引き倒して避けられたとしても、次弾が飛んでくるまでは一秒もないだろう。

そうなれば、モンタが被弾してしまう。

私の”盾”が、王女の”盾”として使われるなんて最悪という以外なんと形容できようか。


「失礼!」


モンタが王女を地面に引き倒した。


状況を理解できていない者たちが驚愕し目を剥く。確かに普通ならば様々な罪状が重ねられ、絞首刑にされた上で町中で晒し者にされるような行為だ。だが、今は緊急時。幸いなことに、数名の局長と団長たちは異常事態を察知し動き始めている。けれど団長たちは王女を守ろうにも、何らかの方法で超加速でもしない限り、間に合うはずがない。


乾いた銃声が響く。

サイレンサーを付けているせいか、鈍く小さな音だ。

凶弾は姫を掠めたが当たることなく、カーペットに阻まれ跳弾となることも無かった。

だが瞬きしない内に次射がエヴァ王女、もしくはモンタニュウスの命を刈り取るだろう。


万事休す。

か?


「モンタ、動くな!」


ホルスターに手を伸ばし魔装拳銃を抜き取る。

私の存在を忘れられては困るものだ。

私は航空十字賞を史上最年少で受賞した、エース・オブ・ザ・エース。恐らくは魔装兵、ひいては全王国兵の中でも五指に入る強さを持っている。初弾の跳ね返りと軌道から狙撃手のおおよその位置は把握済み。ここまでくれば、相手より早く弾丸を撃ち出し、ただ当てれば良い話し。幸いにも魔装拳銃内に装填されているのは私特製の対人式加速版。射程は長くないものの必殺の速さと共にに音速を置き去った速度で弾丸が発射される。


「モンタ、一発受けろ」


最悪の場合に備えてモンタへ身代わりになるように言う。

これで私の評価も上々だろう。正しく素早い判断というものは戦場で最も大切なもだ。だがその判断を一瞬で下せる者は少なく、人間としての自己保身本能が刹那の間に行われなければならない判断を鈍らせてしまう。


拳銃を抜き取り、引き金に指を添え、引き金を絞る。

対人式の難点は一般的な弾丸と違って大型なため、撃ちづらく当てづらい事にある。

だが、そんな事は私ガルー・デンギュランスには意味をなさない。

弾丸は暗殺者の利き手側である右肩を正確に撃ち抜いて、骨を砕き、神経を分断させた。


だが、相手もかなりの手練れだ。

脳から発せられた信号を元に右手はまだ引き金を弾こうとしている。


「素晴らしい!」


暗殺者ではなく正規兵なら私の部下に欲しい程の腕前。

死の危険に直面しても尚、任務を必ず実行させようとする姿に脱帽だ。


「だが残念。対人式がなぜ”対人式”と呼ばれ、人に対してのみ必殺の威力があるのかを君は理解していない」


特製弾丸の中には鉄の礫が入っている。

着弾した衝撃でそれが外部にはじき出されるのだ。

暗殺者が右半身を無くし、地面に倒れた。

え、法に…戦時法に背いているって?だからナニか?


「な、なにをしているんだ!貴様ら!」


確か伯爵位の貴族だ。

残念な脳味噌では何が起きたのか理解できないらしい。

しかし、悲しいことにそれを皮切りに私を糾弾する声が起こる。

モンタは困惑した様子だが、安全確保ができていないため魔力盾を起動させている。

正しい判断だ。

だが、貴族や高官らといい。煩わしい。


「静粛に!」


王が手を上げる。

水を打ったような静けさが訪れた。

王がこっちに歩んでくるのが見えたので片膝を着こうとするが思いとどまる。


私は軍人だ。

叩き込まれた一礼こそが軍人として、最上級の敬いを示すものだ。


「説明してくれるかね」


くれるかね、この状況で選択肢があるのだろうか!

否、と答えれば即射殺、いや、すぐに魔法光線が飛んできそうなほど国王の声音は鋭利だ。


「はっ!バルコニーからエヴァ王女殿下を狙っての狙撃を感知しましたので、暗殺者を射殺致しました」


バルコニーを指差すと、近衛兵団団長のダグルと宮廷兵団団長のリユーが現場検証を行っていた。

すると後ろから歩み寄ってくる人が一人。


「陛下」

「おお、ガイツェイ!」


ガイツェイ歩兵団団長。国王と古くからの知古で、長きに渡ってハッサー王国の歩兵軍を支えている生ける伝説だ。


「ガルー団長が仰っていることは本当でございます。暗殺者が放った一発目の銃弾をあの彼がエヴァ王女を倒したことで回避し、二発目が発射される前にガルー団長が犯人を撃つのを私は”見ました”」


御年71歳の歩兵団長ガイツェイ・ドゥ・ドン大将。

最近、感覚が衰えたと周囲に話しているものの、衰えを一切感じさせない観察力だ。


「そうか。そして、ガルーと申したか」

「はっ!」


緊張する。

何も口にしていなくて良かった。

もししていたら、吐いていただろう。


「ご苦労!」


ふぁ。

そして、国王が一歩近づく。


「褒美をやるから後で私の部屋に来い」


ふぁぁ?

嘘でしょ。

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