第8話。晩餐会パート2。

 エヴァ・ガヴァナーは怒っていた。

正直、宮廷晩餐会など、どうでもいい。

面倒なだけだ。

自分の大好きな部屋で、大好きな本を読みながら紅茶でも飲んで気ままに過ごしていたい。

自分が恵まれた生活をしているのは知っている。

だが、その分、肩にのしかかる重圧はとてつもなく大きい。

平民たちは自由奔放に生きられるチャンスはあるが、金銭的に厳しいため働く必要がある。

逆に貴族や王族は娯楽に対して金を使えるが常に体面を気にする必要がある。

エヴァは平民の暮らしを羨むという、王族としては珍しい人間だ。

たまに、お忍びで町へ遊びに行くこともあるほどに平民の生活に興味を持っている。


その度に、バギンスから叱責されるのだが。


今回の晩餐会も婿候補を探すためで、エヴァの気持ちなど無視されているのだから余計に怒りが込み上げてくる。

そんなイライラの中来たのが二人の護衛。

名前は確か……ガルーとモンタニュウスだったはずだ。

エヴァが普段会うのは宮廷にいる兵士や儀仗兵などの、いわゆる戦場を知らない兵士たち。

だが、二人は違った。

特にガルーが身体に纏わりつくように羽織っている濃紺な殺気は異常だ。

モンタニュウスすら掠れて見えるほどの力。

エヴァも王族としてそれなりの魔力を保有しているらしい。

らしい、というのも一度も魔法という科学的に立証された現象を行使していないため分からないのだ。

何より王族が使うのは古代魔法と呼ばれる沢山の儀式を経て行う大魔法。

”普通”のよく耳にする魔法とは何かを媒体として行使する物である。

魔力を元素に変換し発動させる元素魔法が一般的であって、その他はまだ超常現象というカテゴリに分類されている。


では何故わざわざ魔装兵という新しい兵科を研究する必要があり、既存の魔法使い、魔女、魔術師を兵士として組み込まなかったのは。

それは偏に古代魔法を発動させる上での時間の問題なのだ。

古代魔法を魔力から元素へと変換し、魔法式を構築している間に機関銃ならば数十発は撃てる。これでは古代魔法の威力がいかに強大であろうと意味がない。

現代科学が著しく進歩した今日、古代魔法を未だに使えるのは浪漫を求める一部の者や、古代魔法への可能背を捨てきれない学者たちとごく限られてしまっている。

古代魔法が近い未来淘汰されると悟った優秀な科学者たちは科学という確認されている事象と魔法という超常的な現象を組み合わせるという無謀な挑戦を始めた。

研究には大勢の犠牲があり、一時は断念されるかと思われていた。

しかし、研究の停滞を打ち破ったのがハッサー王国出身の科学者シュイツデル・バーン。

彼の研究テーマは「魔力エネルギーの抽出とその蓄積方法」というものであった。

まだ魔力が観測されて間もない頃からシュイツデルの師がこの研究に取り組み始め、それを受け継いだシュイツデルが109年前に”魔力盾”という、魔力を一定量抽出し蓄積、更には円形状に放出する物を完成させた。

この世紀の大発見を受けて世界機構は紀元後を改め、新時代の幕開けを世界暦0年としたのだ。


シュイツデルの尽力により、ハッサー王国が現在保有している魔装兵や魔装化兵器はは世界屈指のものとなり、全てにおいて二歩、三歩と上回っている状況だ。

そんな世界屈指の魔装兵を大量に抱えている王国内でもガルーに並べる者は少ないだろう。

各団長たちや、近衛兵の十傑ぐらい、もしかしたら魔装兵団の数名。

大将や元帥たちは腕力より能力で選ばれるので、”暴力的な力”という物差しでは測れない。

王女であるエヴァと対面しても興味なさげな表情をしているガルーに、エヴァは何か新鮮な物を感じていた。

どんな大貴族であっても、エヴァの前では皆が媚を売る。

だが、ガルーとモンタニュウスは無頓着、或いは、さっぱりとした性格をしている。

それがとても好ましいのだ。


忠実な親衛隊もいいけれど、この二人の方が私、好みかも。


だが、今は晩餐会だ。

気を引き締め、王族として相応しい品格をもって来客の相手をしなければ。


 扉の向こうは私、ガルー・デンギュラントスが知っている世界とは一線を凌駕するものだった。

私が生まれたのは小さな農村だ。

両親は私を含めて八人の兄弟を日々養う必要があったため、常に忙しかった。

けれど、貧しいながらも楽しい日々だった。


しかし、ここは全く違う。

食物という娯楽に対してお金をかけられるのは一部の裕福層のみ。

そして甘味料などの嗜好品はさらに限られた天上に住まう人々。

だから幼いころ、今目の前に広がっている光景を夢想すらしなかったものだ。

テーブルの上には溢れんばかりの食物が長卓に並べられている。

様々な種類の野菜が大皿に盛られている。肉汁が滴り、湯気が上がっている厚切り肉。

見たこともない大きく赤色で、背中部分が内側に曲がり、長い足のようなものが腹から生えている”物”が皿に並んでいる。カラフルなフルーツ。山のような形をした塔の頂上部分から、あのチョコレートが溢れ出てきていた。


喉が鳴る。

昼から何も口にしていないのでお腹も鳴りそうだ。


「大尉」


そこでモンタニュウスに裾を引っ張られ、我に帰る。

いかんいかん、こんな鈍感な奴に気づかれるほど私は飢えた表情をしていたらしい。

自制せねば。

適当にモンタに頷くと、先に進んでいる姫を早足で追いかける。

私たち二人は姫の後ろで控えているだけ、簡単な仕事だ。

姫が階段上で止まり、観衆に向けて一礼する。

これまた見事なお辞儀で、腰を適度に折り、両手でスカートを持ち上げるという教範通りで素晴らしいの一言に尽きる。

再び万雷の拍手が会場から沸き起こる。

すると、そばに控えていた執事がマイクロフォンを姫に手渡す。

微かに手が震えているのは私にしか見えていないだろう。


「本日は私の成人記念晩餐会にお越しいただき、ありがとうございます。王家に連なる者の一員として、成人してからは重大な責任が伴うことも重々承知しております。ですが、それに臆すること無く、父上のように国民に寄り添い、この国の発展と繁栄のために努めたいと思います」


流石は外面完璧姫だ。

いや、意外とこれが本心なのかもしれない。


「この場を借りて父上、母上、そしてバギンス叔父様。また私を支えてくださった友人やその他の方々に感謝します」


上半身を腰から折り、背筋を伸ばした状態で四十五度曲げる。

そのまま五秒間固定すると、ゆっくりと身体を引き起こす。

あまりの流連な動作に見惚れていた人々が、ようやく拍手した。

私も釣られて拍手しそうになってしまった。

まぁ、モンタなんか手がピクリと動いていたからな。


 エヴァ姫からスピーチが終わった後、立食形式の食事が始まる。

次々と、エヴァ姫に挨拶に訪れる人々。

皆が姫を祝福し、家のパーティーに招待したり、次の晩餐会にも招いてほしいと言ったりしている。

ある者はへつらい、エヴァ姫の機嫌を損ねまいと言葉をあまり発しない。

またある者は失礼とまでにはいかないものの、傲岸不遜な態度を取る者もいる。


なんか薄っぺらいな。

それが私の素直な感想だ。


王族と貴族が仲良しこよしでいるのも如何なものではあるが、常に互いの腹を探り合い、可能なら懐に潜り込もうとしている者同士で会話をするなど相当、神経がすり減りそうだ。

貴族たちの挨拶が一段落すると、お次は各局長の挨拶が待っていた。

先程から微動だにしないエヴァ姫の笑顔に薄気味悪さを覚えつつ、まだ直接は会った事のない局長たちの観察をする。


「エヴァ姫。この度は成人、本当におめでとうございます。私、作戦局局長のドールが局長代表として挨拶させて頂きます」


なんと作戦局の局長殿は女性だった。

40代後半位だろうか。だが、ドール作戦局局長は妖艶な笑みを浮かべ、そこらの若い娘とはまた違った妖しさ醸し出している。

しかし、この女性が指揮する作戦局の指示で何度死にかけたかと思うと表情筋が引きつり、変な笑いが出そうになる。

一歩引いた所に立っている局長たちも、癖の強そうな人ばかりだ。


「ドール大将…でしたよね。各局の献身的な働きがあってこそのハッサー王国と私は父からよく聞いております。これからも宜しくお願いします」


なんと作戦局局長は軍部の人らしい。

まぁ、考えてみれば簡単な話だ。参謀局局長はバギンス閣下が努めていることだし、本当に様々な身分の人が局長になれるらしい。


次に挨拶に来たのは各兵団の団長たちだ。

こちらは一人一人が挨拶するようで、どの順番で挨拶するかを決めるために一悶着あったそうで、既に幾人かの兵団長たちからは苦虫を噛み潰した表情をしている。

時間も押していることなので、簡単な挨拶だけをすることにしたようだ。


「エヴァ王女。宮廷兵団団長リユー・バレンタインです。この度は本当におめでとうございます」


「機械兵団ベリツァイアン・ムーストです。御身の成人、誠にめでたいことでござます」


「近衛兵団のダグル・ヴェルバルトだ…であります。今回…今日の…おめでとうございます!」


「魔装兵団のパトリシエ・エインエルム。年は29。おめでとうございます」


「補給兵団を任されておりますキューベル・ナハッサであります。この度は成人の儀、おめでとうございます。王女殿下の健康が益々祝福されますようお祈り致しております」


「歩兵兵団団長のガイツェイ・ドゥ・ドン。王家の祝福をお祈り申し上げます」


「海兵兵団のガッドス・マキシマスでございます。この度の親衛隊に関する不手際、大変申し訳ございませ

んでした。ご成人、おめでとうございます」


どうやらガッドスというおっさんのせいで、私が損な役回りを任されたらしい。

そんな事を考えていたら団長たちの視線が、姫ではなく私に注がれていることに気づいた。

なんだ?

何か不手際でもあっただろうか?

私はエヴァ姫の後ろに付き従っていただけだから、戦地で何か恨まれるような事でもしただろうか。

そして思い出す、私は兵団の一つである特務兵団の兵団長になったのだ!

すかさず、姫の前に移動し片膝をつく。


「失礼致しました。特務兵団兵団長のガルー・デンギュラントスであります。成人、おめでとうございます」


そして各団長たちがいる所まで後退する。

これを戦略的撤退…とは言わない。


「まぁ、皆様、頼もしい限りですはね。ガルー大尉が兵団長なんて知りませんでしたわ。叔父様も教えてくだされば良かったものを…」


兵団長とはいえ低下級の者を名前と役職付きで呼ぶのは異常だ。

他の兵団長たちからの圧がえげつない。


「今度、皆様で意見交換の場でも設けられないですか。私、国の内政については自信があるのだけれど、外政については全くといっていいほど、分からないのよ」


当然だが私は黙っている。たかが大尉の分際で、雲上人である将官級の団長たちを差し置いての発言など片腹痛すぎる!


「はっ!後日、バギンス中将閣下とご相談したうえ、日程のお知らせをさせて頂きます」


代表してリユーが答えた。

エヴァ姫は何かを考えるように、人差し指を軽く頬に触れさせる。


反則級の可愛さだ。


「明日にしましょう!」


んんんん?????


「えっ、あっ…私の一存では決めかねます」


リユー兵団長の返答はごもっともだ。

各団長たちは多忙を極めている。

ザルス帝国とは未だ戦争状態にあるし、その奥にある国々や海を超えた大国たちも怪しい動きをしている。

兵団は常に国境線を張り付いて、警戒状態なのだ。

一日でも兵団長級もしくは戦略級の魔装兵が離れるだけで、予備の人員を割く必要がある。更に、防衛段階を数段買い上げるため普段と比べて数倍以上の予算がかかっているのだ。

それがガルーを除く七団長分。

いくら王国が裕福な新興国だからといって無駄な費用の嵩みは避けたい所。


「でも早いほうが良いでしょう。全団長たちが揃うなんてあまり無いことだし」


確かに機械兵団、歩兵兵団、魔装兵団長たちは前線に常に張り付いているので晩餐会や会合に参加すること事態が稀である。


「ですが、しかし」


これ以上、反発するのは非常にマズイのだが、事がことだ。

そこに、


「エヴァ。これ以上、団長の方々を困らせてはいけないよ。君たちもすまないね」


救世主バギンスの登場だ。

思わぬ大物の登場に団長たちはさらに、頭を低く下げる。


「あら、叔父様。足を忍ばせないでください。心臓が飛び出ちゃうところでしたよ」


ころころと笑う姫とそれを微笑む老貴族。

うむ、完璧だ。

見た目だけはな。


「というわけだ」


どういう訳ですか、中将閣下。

先程の微笑みはどこへ?なぜ、そのような人の悪そうな笑みを。


「君たちは良く働いてくれている。王宮内に部屋を用意するから数日間、気力を養うと良い。ただ、明日だけはエヴァに付き合ってくれ。この子もいつかは国を導かなくてはならない、それに来年からエヴァが軍事部門を管理するように国王陛下から申し付けられるだろう。その時に何も何も知らないでいるなんて君たちも望まないことだろう」


なんていう爆弾発言!こんな小娘、まぁ私と同い年が、バギンス閣下の配下で全部隊の指揮権が委任されるだと。


王家は気でも狂ったのか。

不敬なのは知っている。

だが、これは…あまりにも…


「かしこまりました」


リユーも流石に引き下がりざるを得ない。

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