第7話。晩餐会パート1。

 「皆様、本日は宮廷晩餐会にお越し下さり、誠にありがとうございます。本日はエヴァ・ガヴァナー姫の成人祝福式兼開戦記念式としての晩餐会でございます。まずは、海軍大将の…」


ガルーとモンタニュウスが車で宮殿に到着する少し前、大広場では晩餐会が始まっていた。

まずは、国の高官からの挨拶。

とは言っても、招待された客全員が確固たる地位にいる、上流階級の住人である。

王家、大貴族、各局長、そして大将や元帥。

因みにハッサー王国にある局とは王が王国内で管理しきれない部分をカバーするためにある組織だ。

作戦局、参謀局、財務局、人事局、政務局、広報局、王政局の七局からなっている。

戦時中であるため、作戦・参謀局が現在は幅を利かせているのだが、各局は対等な立場である、と法律に明記されている。

そのため局長たちは徹底した能力主義のもと、国王が直々に指名するシステムとなっており、それこそ貴族から市民まで、才ある者ならば誰でも局長の座につく事ができるわけだ。

現に財務局長はコルネリオという大商人が務めている。元は平民階級なのだが、その天から与えられし類まれなる才能によって現在の地位にまで上り詰めた男。最近は自分の息子を貴族の令嬢と婚約させようと画策しているという噂が流れている。


そんな平民上がりのコルネリオを疎ましく思う者たちは少なくなく、その筆頭には人事局長であるシュペルタウス子爵がいる。シュペルタウスが国王より与えられた領地はザルス帝国との国境周辺。そのため毎年、莫大な防衛兵力維持費や管理費が必要になる。しかしコルネリオが、このまま軍事予算が増え続けると国が破綻しかねない、と右肩上がりの予算を見て難を示したのだ。これにシュペルタウス子爵は激昂し、王に直談判するという暴挙にで、予算問題がどれほどシュペルタウスを苦しめているのか周知の事実となる。結果として王がコルネリオに命じてようやく必要な予算を確保したシュペルタウスだが、二人の確執はより一層深まったのであった。あと数ヶ月もすればザルス帝国との講和会議に入るだろう。ザルス帝国を完膚なきまでに潰すことも可能だろうが、兵站や財務が傷ついている状態で、防衛戦を広げるのは避けたい。高まる防衛費、そして他国の脅威。コルネリオとシュペルタウス。二人の関係は日々悪化の一途を辿っている。


そんな二人が案内されたのは同じ席。

局長たちは同じ席に案内され、副局長たちは別の席である。

一癖も二癖もある局長たちが同席する。

止める者がいない、という恐ろしい状況が作られれてしまった。


 高官らによる短い挨拶が終わると真打ち、国王からの挨拶だ。


「では、ハッサー・ネプティマス・クライデル・デュ・ガヴァナー国王陛下からのご挨拶です」


万雷の拍手を背負い、壇上へ登る国王。

国王が手を上げると拍手がピタリと…止まなかった。

後ろに控えている女王レオラヴァーナ生来、おっとりとした性格なのだ。

小さい頃、蝶よ花よと育てられた深窓の令嬢。

自由といえば聞こえは良いが、要するに空気が読めないのだ。

現にまだ一人だけ拍手を続けること三秒。

ようやく周囲の変化に気づいて更に二秒。

辺りに静寂が訪れる。

完全に空気をぶち壊し、国王の威厳が危うく削がれるところであった。

国王は一度心を落ち着けるために息を深く吸い込み、目を瞑る。

それを怒りの現れだと勘違いした客人は固唾を呑んで見守る。


「陛下、どうかなさいましたか?」


レオヴァーナが心配そうに声をかける。

いや、お前のせいなんだが!

会場にいる、国王と女王の関係をよく知る者たちが心のなかで激しく突っ込む。


「あぁ、問題ない。あー、諸君。今日は晩餐会に参加してくれたことを感謝する。今日は私の娘の成人式だ。あの可愛い…美しい…いや、麗しい…ゴホン。今回の宮廷晩餐会に招かれているのは私の盟友や信の置ける者ばかりだ。私達の祖父世代が小国連盟を結成して118年。今では同じハッサー王国国民である。ザルス帝国は強大で古くからある列強国の一つ。だけれども我々にも勝っている事がある」

「それは”新しい”物を常に取り入れられ続けている考えだ。祖父たちは連盟を結成する上で古いイデオロギーやドクトリンを捨てた。その恩恵により我々の父たちが軍隊の魔装化を進め、今では列強諸国の中でも頭一つ抜き出ている精強な軍隊を保持している。我々はその事を感謝しつつも、常に新しく変革される国であるべきだ。諸君らが19年前に連盟を国として樹立することを快く歓迎し、私を国王として据えてくれた事に感謝する。だから私は言おう、我らは王政であろうとも共に助け合い、世界の歴史に名を轟かすような国にしようじゃないか!では、今日の事を記念し、乾杯!」


ハッサー・ネプティマス・クライデル・デュ・ガヴァナーX世。

またの名を”謙虚な王”。

常に人の事を考え、平民ですら局長に取り上げる人物。

無論、貴族たちを従えるカリスマ性や、民を導く王者としての風格もある。

だが彼の全ては、この謙虚さから溢れていた。


「それでは、私の娘のお披露目といこうか」


ハッサーが右手を上げて合図を出す。

するとハッサーの右手側にある大扉が徐々に開かれた。


 扉が空いた瞬間の狙撃もありえると判断した私は即座に魔力盾を周囲に展開する。

透明感を保つために薄く張り巡らしたが、ある程度の攻撃なら耐えられるだろう。

最悪の場合、”盾”を前に突き飛ばすつもりでいる。

視界外からの一撃や、想定外な所からの狙撃はほぼ対処不可能。

晩餐会場すら視察していないため、どこが危険箇所かマークできていないのも痛い。

横で同じように魔力盾を展開させているモンタも額に大粒の汗を浮かべている。

対極的に威風堂々としているエヴァ姫だが、近くにいると彼女からは緊張が感じ取れた。

バギンス中将閣下は一足先に晩餐会場へ行ったので、扉の前には数名のメイド、執事、宮廷兵士、私、モンタ、そしてエヴァ姫。

重苦しい沈黙がある。


「大尉」


まさか私に話しかけてくるなんて。王家の御方が一介の兵と話すなんて。

一般的には王家から覚えられるとして嬉しく思うところだが、悪目立ちしたくない私に取っては大迷惑だ。


「はっ!」


直ぐ様、士官学校で叩き込まれた敬礼をする。


「貴方はお強いのでしょう?」


強い、という言葉は数字化できないので測りようがない。

勿論、測れることもあるにはある。

例えば闘技場のグラディエーターとかだろう。

もし闘技中に猛牛を殺せばそれが猛牛殺し1回とカウントされる。人でも同じことだ。

猛牛を30回殺したグラディエーターと5回殺したグラディエーターなら前者の方が強いと簡単に想像できる。

強さは時と状況、運など様々な要素が絡み合ってようやく分かる抽象的なものなため、兵士が強いのか弱いのかを知るには撃破数や貢献度を見るしかない。

その点からみれば私は強者に部類されると思う。

確定撃破数117は王国でも二番目に多い数字。

だが大男と腕相撲をして勝てるかと聞かれれば答えは、ノーだ。


「お言葉の意図を理解しかねます」


ここは安全策だ。頭が回らないと思われるか思い切り道を踏み外す、どちらを選ぶかは明白だ。


「そうね。例えばお隣の准尉と比べたらどちらがお強い?」


これは自信満々で答えられる。


「准尉が私に勝てるのは百万回に一回の確率以下です」


恐らくそんなに高くはない、精々一億回に一回程度だろう。

下手なフリをしていたとはいえ、実力差は明白だろう。


「ふふふ、それは頼もしいですわね」


姫はそれだけ言うと黙ってしまった。

何か答えを期待していただけではないだろう。

扉の向こうで拍手の音がした。長さから推測するには国王陛下のスピーチがするのだろう。


「ああ、そういえばもう一つ」


もう一つ。

大抵はろくな事がない。


「何でありましょうか?」


姫は完璧な微笑みを貼り付けながら私の方を向く。


「お手並み拝見させて頂きますね」


それはどういう意味でしょう、と答えかけた時、扉が軋む。


「エヴァ・ガヴァナー王女殿下です!皆様、拍手を!」


少しずつ扉が開く。

暗かった廊下に光が差し込み、エヴァ姫を照らした。

淡い桃色のドレスが光を浴びていっそう姫を美しくさせている。

女であるはずの私まで見惚れてしまう程だ。

いや、胸は私のほうがある。ははん、残念姫だな。とこんな事を考えていたなんてバレたら時代にそぐわない斬首刑にされそうだ。自重せねば。

姫が一歩踏み出すと国王の時より大きな拍手が沸き起こった。

向けられている邪な視線は感じない。

若干、嫉妬や恋愛的な視線は見受けられるものの無視して良いだろう。

後は護衛としての役目を果たせばいい。

無表情で黙って後ろに付き従う。

簡単だ。


 モンタニュウス・ヴァイデルは興奮を抑えるのに苦労していた。

美姫と名高いエヴァ。ガヴァナー王女殿下の護衛役を引き受けることになるとは。

王女殿下を間近で見るのは近衛兵として王家に使える時に宣誓式の時以来だ。

けれど近衛兵、いや、全軍の中でも王女殿下と会話をしている数えるほどしかいない。

ガルーから辛辣な評価を受けているモンタニュウスだが、近衛兵団序列決定戦の時、10位以内に食い込めるほどの猛者中の猛者、精鋭中の精鋭である。

王国を守護する兵団は八団ある。


精鋭のみで構成されている近衛兵団。数はおよそ五千人ほど。王より与えられし色は紫。


宮廷兵団は礼儀作法に精通している者たちで千人のみ。色は白。

素早い軍事的展開が可能な機械兵団。数は七十五万ほど。この機械兵団は航空部隊も所有している。最新鋭の装備を持っている兵団で色は黄。


傷んだ兵站に物資などを運ぶ補給兵団。時には戦争に参加するのが二十五万人。色は茶。

ハッサー王国の主要部隊である歩兵兵団。総数百五十万の地上部隊だ。主だった仮想敵国が陸地続きで存在するため、歩兵兵団が最大規模になったのは当然の帰結。与えられている色は緑。


海兵兵団はその名の通り戦艦、巡洋艦、駆逐艦、艦隊母艦、潜水艦、潜水母艦を所有している兵団だ。現在、ハッサー王国で稼働しているのは戦艦九隻、重巡洋艦を含める巡洋艦が二十隻。駆逐艦が百隻ほど。艦隊母艦が八隻。潜水艦が十五隻。そして近年開発が急ピッチで進められている潜水母艦が一隻だ。過剰とも思われる艦隊かもしれないが、海を隔てた向う側にある、皇国よりさらに向こう側にあるもう一つの大陸を警戒し、しすぎて余剰と思われる兵力が存在している。皇国が侵攻され、仮に占拠でもされたら次狙われるのはハッサー王国。近い未来起こるであろう戦争に備えているのである。そんな海兵兵団が賜った色は青。


王国の虎の子である魔装兵団。数は四千と少ないのだが、それぞれの兵団にも少人数であるが配置されいているため、実際は一万人弱である。与えられている色は黒。


最後は最近設立されたばかりの特務兵団。部隊はガルー率いる北方特務部隊のみ。しかし、それぞれの部隊員が戦略級魔装兵というカテゴリにいるため、各兵団に対する影響力は強くなると予想されている。与えられている色は無色。


八兵団の団長たちは一癖も二癖もある者たちばかりだ。

モンタニュウスの前の上司。近衛兵団団長ダグル・ヴェルバルトもそうだった。

しかし、今の上司である特務兵団兵団長兼北部特務部隊部隊長ガルー・デンギュラントスも然り。

モンタニュウスも強者の部類に入るが各兵団長たちには劣る。

彼らの強さは別格だ。

モンタニュウスも日々鍛錬し、技や体力に磨きを掛け続けている。

だが団長たちは細胞から全てが違う。

いつかは近衛兵団の団長になれればいいなー、と思っているモンタニュウスはガルーにひっついて、その強さを盗もうとしていた。

だが、今は晩餐会だ。

気を引き締めなければ。

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