第3話。作戦パート1。
ドミニク・ウィル・バラハインはこの作戦に胸踊らせていた。
ドーバスランは皇国を警戒し作られた要塞都市。その真価は攻められて初めて証明されるものだが、現在皇国とは一時的な条約の元、平和が保たれている。
ある事件より、そこで大尉という階級が与えられ、魔装大隊を長らく指揮していたドミニクではあるが、ただ食料と税金を食い潰している不要な物という世間の評価が少なからずあった事を知っているため以前のように活躍できる機会を激しく求めていたのだ。戦闘狂という程ではないのだが国王陛下や国民のために知恵と力の限りを尽くして戦えるというのは職業軍人の真っ当な”仕事”。日頃から備え、戦争を回避するための軍隊と考えている上層部もいるようだが、軍隊とは戦うためにあるのであって、決して相手を萎縮させ戦争を起こさせないためにあるのではない。
生まれながら軍人としての素質があったドミニクは自然と軍に志願して入隊した。士官学校を好成績で卒業すると軍大学へ入学、最後は将校候補生として軍大学院で学んだ。士官学校と軍大学で卒業のために書いた”敵司令室強襲でのリスクとその回避”は上級将校の間で話題になっていたことは後から知った。
今回の作戦はドミニクにとって、いわば十八番。得意分野である。
成功はあれど失敗など許されるはずがない。
そして何よりも、今回の作戦を聞かされて興奮したことが一つある。
「大尉、出撃前のお言葉をどうぞ」
横に立っている女性、否、女性と少女の中間点いる少尉に促される。
少尉はなかなか優秀な上、名持ちの魔装兵。撃墜数はかるく五十を超え百に届くとか。
次の授与式にて航空十字賞は確実だろう。
「中隊諸君、この作戦を遂行するには大きな犠牲が伴うだろう!今この時、貴官の横に立っている戦友が今日死ぬかもしれない」
これは戦争なのだ。ピクニックではない。銃を向けられ、引き金を引かれたら死ぬ。戦争とは世界が認める正当化された殺し合い。
「かもしれない、という言葉で飾るのはやめよう。貴官以外は…いや、貴官も含めて全員死ぬと考えてくれ一向に構わない。次に会うのはあの世と考えてくれても構わない」
横に立っている少尉に視線を送ると、そこには齢16歳とは思えないほどに凛々し顔立ちをした一人の軍人がいた。
「だが、安心してくれ。生きるという保証がないと同時に死ぬという確証もない。例え死んだとしても一階級特進し、ご家族には遺骨と少々のお金を送る事にするから安心してくれ」
中隊員たちが苦笑いする。
こんな作戦で戦死体の回収はほぼ不可能だし、また弔慰金もあってないようなものだ。
「それでは私の部隊は出立する。少尉の部隊は五分後に出立するように。それでは各員に星の護りと神の御護りがあらんことを」
成長とは本当に早いものだ。
最後の機会を与えてくれたあの方には感謝しても、しきれない。
まさか、本当にドミニク大尉自ら囮部隊の隊長になるなんて思わなかった。
直前で適当モンタニュウスなどなどな人材に適当な理由をつけて、隊長の座を押し付けるかと思っていたのだが。何も考えていないバカか勝利を見据えた天才のどちらかだろう。後者であることを切に願うが。
何がともあれ敵本陣を見つけて叩くのは簡単ではない。既に中央は幾度となく敵の暗号化された電波を拾い、解析しようと試みてたがいずれも失敗している。
では、どうやって見つけ出すのか。
「少尉、どのようにして敵本陣を見つけ出すのですか」
戦闘前だというのに上官の手前、本気で安眠する大馬鹿者が私に何か言っているが、鳥のさえずり程度なので無視する。
中世なら、本陣には六角の大きなテントと自国の象徴である旗を靡かせ、ここが本陣ですよとアピールしていたそうだ。だが、近代的な戦争で司令室の位置を自ら曝け出すのは愚考だと判断した”秀才”たちは通信の暗号化や出入りする兵の管理などを行い、可能な限り敵に見つからないようにした。
殆どの場合は最も堅固な場所が司令室なのだが、取り寄せた情報書や報告書を読む限り、帝国は戦場より少し離れた場所に司令室を敷く可能性が高いのが分かっている。
そこでドバル平野中央付近に展開されている主戦場を中心に、半径50から100kmの中から送られてきた通信一覧を情報部に要求したところ、何度も膨大な量の通信を行っている形跡が数件あった。
一つは遥か彼方から送られてきたので敵首都或いは軍本部からの通信である可能性が高い。
次にヒットしたのは王国から見て西側、海側から送られてきたので敵艦隊からの通信と見ていいだろう。
それ以外は移動中の列車や航空機などから発せられた他と比べると微弱な電波だったので除外する。
残ったのは三件。
どれも似たような通信であるため正直、良くわからない。
部隊を三分するわけにもいかないし、どれか一つに賭けるわけにもいかない。
「モンタニュウス君、ちょっと来てこれを見てくれないか。これは敵帝国の通信記録なのだが、内容までは勿論分からない。この三件のうち一つが敵司令室なのだが貴官の意見を聞きたい」
モンタニュウス君と呼んだのは大失敗だ。他隊員からの奇妙な視線が痛い。
っておい、モンタニュウス、近いぞ!私は...こらっ、それ以上近づいたら銃殺刑に処してやる。なぜ手で押しやっているのに寄ろうとするんだ!
「拝見します……そうですね、おそらくここからの発信は敵帝国司令室ではないと考えます」
ほう、こいつでもこんなに自信満々に言えることがあるのか。
「勿論、理由はあるのだろうな」
「はっ。ここは敵国ザルス帝国と我が同盟国ハドマイ帝国との国境付近。ここに司令室を敷くのはハドマイ帝国に喧嘩を売るようなものです」
なるほど、我らから見て東側に陣を敷くのはハドマイ帝国と我々、両方警戒する必要があるか。肉壁としか見ていなかったのだが、頭の回転が意外に早いことを短い付き合いながら知っている。
「流石だ。では、この砂漠付近からの発信と森林付近の発信、どちらだと思うかね」
海側に近い敵帝国の大森林は一度迷うと二度と出てこれないと商人たちの中で真しなやかに噂されている場所だ。
大森林から更に東側に座すのが大砂漠。敵帝国が何やら怪しい実験をしているとの情報が度々入ってくる場所だ。
「私ではこれ以上は分かりません」
自分の能力の限界を知っているのは有能な証拠なのだが、減点かな。
「こういう時はな、上官ならどうしますか、とでも聞いておくべきだ。自分の能力不足を曝け出すなら相手の能力値を図らないとリターン不足になってしまうだろう」
多分、私の言っている事を一ミリも理解してないな。
有能すぎると小虫程度の情が湧いてしまうから嫌なんだが、無能はその場で銃殺したくなってしまうので面倒だ。要するにどちらも嫌という事。
私の好みで部下を取捨選択していては誰も残らないだろうから、日々忍耐力が鍛えられて行っている気がする。
「そろそろ、時間だな。各員、装備の最終点検を行え」
愛銃、魔盾、補助具に装備一式。
緊急用パラシュートは設計士が無能過ぎたせいで女性が装着できない仕様になっているので練習以外では使わない。
携帯食料などを持っていく場合もあるのだが、今回の任務はヒット・アンド・アウェイ方式なので不要な物は一切持たない。
弾薬も爆裂式、長距離式、火炎式のみ。
もし対人戦闘になってしまったら通常弾のみで戦う事になるため厄介だ。
散弾や特定の毒は世界平和機構というエセ人権団体によって禁止されてしまったのが残念でしかたない。
効率よく狩れれば狩れるほど戦争は悲惨になるが、早く終わるというのに。
「準備はいいかね?では、諸君。楽しい時間を過ごそうじゃないか。私に続け」
ー同刻ー
「大尉!こちらベータ分隊!敵砲兵隊からの広範囲掃射です!二十秒後に到達します!」
砲弾の一発や二発なら問題ないのだが掃射となると受けきれないのが人間の脆さ故の弱点。
「各員、散開し回避行動!」
地上には無防備な歩兵がいるが、自分が盾になるという騎士道精神を持っている奴から死んでいく戦場で、そんな奴はもういない。
敵砲兵からの掃射が歩兵の身体に風穴を穿ち、彼らの絶叫が耳朶に響く。
「被害報告!」
「被弾二名、内一名は重傷です」
初めて怪我人が出た時、隊の士気が著しく低下するのを軍大学で学習した。
「回復弾を使え、そうすれば撤退は自力でできるだろう。ノアとオリバーは私に続け!他は援護射撃!」
まだ敵魔装兵は見えないがいつ現れてもおかしくない状況だ。
被害が少ないのは歩兵に火力が集中しているからで、歩兵が全て消されると敵砲は自分たちに降り注ぐだろう。
「第二波の発射を確認、総員回避行動を取って下さい!」
「こちらアルファ分隊、敵魔装二個中隊規模と接敵せり!至急、応援求む!」
既に指揮系統が失われつつある部隊にドミニクは指示を飛ばしつつ、雲の合間から微かに伺うことのできる月を見上げる。
「少尉、こちらは限界だ」
誰に聞こえるでもない呟きを残したドミニクは敵砲兵隊に突っ込んでいった。
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