第2話。ドミニク・バラハイン。

 「小隊長。こちらがラムダ小隊長のドミニク・バラハイン大尉です」


よくそられた顎髭。短く刈られた髪。眉間や目尻に刻まれた皺の数がその歴史を物語っている。既に50代半ばのはずであるが、前線将校として投入されるところから見て現役バリバリなのだろう。


しかし、


「貴官がガルー・デンギュラントス少尉だな。私は先日、南方のドーバスランよりここに派遣された。」


なんだろうか、この懐かしいような感覚は。

声音…だろうか。過去に聞いたことがあるような気がする。

遥か昔に忘れ去っていた何かが、記憶を蓋している何かが開こうとしている。だが思い出せそうで、思い出せない。


「いえいえ、とんでもないです。大尉殿の御高名は兼ねてより伺っております。大尉殿と私が作戦行動を共にするのは今回が初めてでしょうか。どうにも以前、お会いしたことがるような気がいたしまして」


聞いた話によると、ドミニク・バラハインはその頭脳を高く買われている老兵らしい。私も何度か彼の名前を作戦提案書で見たことがある。確か今回の作戦の一部も彼が立案しているずだ。


「……いや、貴官とは会ったことがないはずだ」


他人の空似だろうと思っていると、司令部から作戦が通達される。


「こちら中央02。2130をもってベータ中隊となった各員に告ぐ。現刻2200より、明日0600までに敵侵攻司令室を強襲し、これを破壊されたし。繰り返す、敵司令室を破壊されたし」


一瞬、本当の本当に理解できなかった。


「こちらベータ01、敵侵攻司令室を強襲せよとは、失礼だが何かの手違いではないのか」


ドミニクに同意だ。


敵本陣にたどり着くには数々の警戒網をくぐり抜け、敵の砲弾を浴び、魔装兵と戦わなければならない。例え無事に辿り着いたとしても守りの固い本陣を強襲し目に見える、上が望んでいるような損害を与えるのは不可能に等しい。


「中央02、作戦局は戦争の早期終結を望んでいる」


国のために死ねというのか!

とは思ったものの周りを見渡せば私のように怒っている奴はおらず、むしろ……


「こちらベータ01、国のためならば我ら一同、命を喜んで捧げる所存でございます」


これだから狂愛国者は嫌いなのだ。

私がいうのもおかしな話しだが命をそんな粗末に扱うとは悲しいかな。


「こちら中央02、作戦成功の暁には航空勇猛賞と一階級特進が約束されている」


なんなら一階級特退でも良いので今すぐ帰投したい気持ちだ。


「ベータ01、作戦を受理した。任務遂行に尽力する。国王陛下に栄光を!……少尉、素晴らしい特権だとは思わないかね。我々へ任された祖国の勝利のための任務を。今日は素晴らしい日じゃないか。本当に…素晴らしい日だ」


目元に涙すら浮かべているドミニク大尉を見て若干引き気味になる。

落ち着いたドミニク大尉はどこにいった、というぐらいの変貌ぶりだが、ここは笑顔だ。


「はい、大尉殿。私も国のために死ねることに狂喜乱舞したいほどです」


ドミニクは私の言ったことを聞いて何度も頷いている。どうやら私は国に使える忠犬と見られたようだ。


「さて中隊諸君、我らに与えられた特命は至ってシンプルだ。敵の首魁を打つ」


目に見えて中隊員たちの頬が上気していく。

特命と言われれば魔装兵とはいえ、特別扱いされていく気がするのだろう。

私でさえ少し、心浮き立つ気分になるのだから。


「しかし、簡単な事ではないのは皆も知っての通りだ。そこで私は一つの作戦を提案したい」


”作戦局のダークホース”と呼ばれているドミニクが提案する作戦か、少しばかり期待したいところだ。


「元デルタ小隊の九名と元ラムダ小隊の十八名、総勢二十七名を二つに分ける。一つは私の囮部隊、もう一つはガルー少尉が率いる本部隊だ。名前の通り私の部隊が暴れている間にガルー少尉の部隊が敵司令室を叩いてもらう」


古典的な作戦。部隊を二分するのはそれ相応のリスクを背負うことになるが悪くない手だ。


「大尉殿、我ら王国にとって有益なのは私が囮部隊を指揮することです。優秀な指揮官を失うのは大きな損失となりますが私のような一介の軍人が死ぬことは何でもありません」


建前上の自己犠牲精神は非常に大切だ。

とくにドミニクのような男には有効だろう。


「何をいうかね少尉。”大隊潰し”という二つ名はドーバスランにすら轟いているからな。なんでもたった一人で三十名構成の大隊を潰したのだろう」

「砲兵隊と観測手の援護がついていましたから。私一人では到底成し得なかった事です」


世界暦108年の夏にたる国と開戦したハッサー王国で当時、私が班長として警戒に当っていた時、敵強襲大隊と交戦した。

班員二名は交戦間もなくして落とされ、私ともう一人の生存者モンタニュウス・ヴァイデル三等兵は即時撤退を願ったものの作戦局は徹底抗戦を厳命したのだ。


その時、私の脳内の大切な部分が壊れてしまったらしく、重症を負いながらも敵大隊を殲滅してのけた、のけてしまった。今思えば適当に戦略的撤退を敢行しつつ、援軍を待つべきであった。そうしていれば”大隊潰し”などというむず痒くなるような二つ名が与えられることはなかったというのに。だが良いことが無かった訳ではない。当時、士官学校を出たばかりで、私は准尉だったが一階級特進で少尉に、モンタニュウス三等兵も二等兵になった。それ以降、私は”大隊潰し”と呼ばれているのは言わずもがな、モンタニュウス二等兵も二つ名が与えられ、”天才回避師”という軍人としては何とも不名誉な呼ばれ方をしている。それより誰が頼んだわけでもないのに、モンタニュウスとは同じ部隊に配属されている。


「名持ち(ネームド)が私を含めて三人いる。なんていう大盤振る舞いだろう。それで振り分けなのだが、私の部隊が十五名で君のが十二名にしよう。私の部隊は南西側から敵に対して派手にやる、その間に君は司令室を探し、占領し、狩ってもらう」


十二名。


正直な所、大人数で行けば発見されるリスクが高まって迷惑だ。

だがそれなりの”盾”要員も欲しい。


「分かりました。でしたら、モンタニュウス二等兵を私の隊にお願いします」


そこらの有象無象共に比べたらモンタニュウス君は非常に優秀といえるだろう。

正直な話、あの回避精度は私以上かもしれない。

いや待てよ、そう考えると囮役の方が向いてるかもしれない。


「やはり......」

「そうかそうか、長きに渡って一緒に戦ってきた戦友を同じ隊に欲するのは至極当然。無論、最初から少尉とモンタニュウス二等兵は同じ隊にするつもりだ」


しょうがないか。モンタニュウスが一緒でも何ら問題ないし、むしろ好都合な事の方が多い。


「では振り分けをする。作戦は夜陰に乗じて行うつもりなので一度下降し野営する。作戦開始は2500からにする。各員、振り分けが終わり次第、二人一組になって野営地を探すこと。まずは私の部隊にオリバー、ノア、ジェイコブ......」


◆◇◆◇◆◇◆◇


 不味すぎる。


まるで泥のような口当たりに、粘土のような食感、味はプラスチック、これが我が王国が誇る軍事携帯食だと思うと悲しくなる。

火が使えないので水でふやかして真空乾燥凍結技術、フリーズドライにされた鶏肉の香草風味は今まで食べてきた中でもワースト3に入る酷さだ。


「しかしモンタニュウス君、その美味しそうなドライフルーツはどうしたのかね」


早々に食事を胃に流し込んだモンタニュウスが、先程から何かを美味しそうに頬張っている。


「これでありますか。実家が私に送ってきてくれた物です」


買ったものなら奪えたのだが、残念だ。


「君の両親は農家なのか」


それにしても、吐き気がする。先程食べたポリッジを私の胃が猛烈に拒否しているのだ。


「小さいながら商店を首都で営んでおります。小さい頃はよく店番なんかをしたものです」


おっと、今のは危なかった。確実に喉上まで込み上げてきていた。

けれど吐き出すような事は断じてしない。少しでも胃に入れておかないと身体がもたないからな。面子など関係ない、女としての面子などとうの昔に捨てた。


「首都に住んでいたのか。すると君の家族は...」

「いえいえ、首都といっても外れも外れ、外周にあった商店ですので。中流と下流階級の間らへんですね」


首都に住んでいる時点でそこらの農民より、遥かに文明的な暮らしをしているはずだ。たとえ外周に住んでいようと、基本給を単純計算するならば農民より都市民の方が二倍以上稼いでいる。そして、首都の中心部に近づけば近づくほど身分が高くなり、中心部には貴族や王族が住まわっている。


「よろしければ少尉も食べてみますか。この杏なんかは結構美味しいですよ」


モンタニュウスがそう言って私の手に杏のドライフルーツを三個のせてくれる。

仄かに香ってくる杏は、鼻孔に入り頬を緩ませ、舌を刺激し口内に唾液が滲む。

甘い。


「んーーーーーー!!!!」


甘味!身体が長いこと得られていなかった、幸福感が波の如く押し寄せてくる。


「少尉もやはり女性なので甘いものは好きなんですね」


少し腹が立つ物言いだが、この杏のお陰で怒りは湧いてこない。

もう二つは取っておくべきだろうか、それとも食べてしまおうか。


「ちなみに桃と林檎ありますけど、食べてみますか?」


手を突き出してアピールするのが私流だ。

恥ずかしいとかでは決して無い事を誓おう。


「少尉が心から笑っておられる所、初めて見た気がします」


どうやら知らないうちに頬が緩むだけでなく、笑っていたのか。

だが、一つだけ不可解な点がある。


「私だって人間だから喜怒哀楽位感じるさ。それより”心から”というのが気になるのだが、どういう事かね」


言った瞬間、モンタニュウスが目を泳がせ始める。


「そ、そのですね。普段、准将が浮かべられている笑みもとても、そりゃもう、とても魅力的なのですが。一般的に…私の意見ではないですよ、一般的に冷静に観察すると少しばかり、その、人を不安に…本能的に不安にさせる笑みでして」


そういう事か。

昔からそうだ、ガルーは無表情な時が一番美人で、笑ったら狂人にしか見えないと、士官学校時代の学友によく言われたものだ。

悲しいかな、悲しいかな。

だがこの笑みは生まれつきだ、矯正しようと努力するのは愚かなこと。


「そんな事はどうでも良いだろう。それよりモンタニュウス君、私が見張りをしておくから休んでいろ。それに安心しろ、お前だけこんな安全な場所に残していくことは決してないからな」


モンタニュウスは私と同じ年齢のはずなので、まだまだ成長期だ。

私の成長は止まってしまったので睡眠がなくとも問題はない。


「では、お言葉に甘えて」


毎度、同じような事が起きる度に色々と言い争っていたが、ようやく学習したようでモンタニュウスが腰ほどの高さしかない一人用簡易テントに入っていった。


「あれは…また食べてみたいな」


あの甘さはこの戦場において純金よりも価値がありそうだ。

私が独り占めしてしまおう。

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