精巧な戦闘人形は戦場で嗤う。

きぃつね

第一章

第1話。開戦。

 世界暦109年の秋。

降り注ぐは雨ではなくは160mm砲弾。

吹き荒れるは風ではなく有毒性ガス。

轟くは雷鳴ではなく爆撃機のエンジン音。

奏でるは楽器ではなく人々の絶叫。

そう、ここは地獄の戦場。

カタコンベだ。


 私、ガルー・デンギュラントスは現在、哨戒任務についている。

眼下では自軍兵士が死にゆくさまが視え、無線からは次々と撃墜されていく仲間たちの悲鳴が聞こえるが自分には関係のないことである。否、仲間が減ることは自分の存在価値をさらに高め、功績を私だけの物にできる。そういう意味では関係有ることなのかもしれない。


そして私はとても悩んでいる。


高鳴る胸の鼓動を押さえるのが、自然と綻ぶ口を結ぶのが、湧き出る笑い声を押さえるのが難しい。

この硝煙と血が噎せ返る程に充満している戦場にいるだけで、嬌声が漏れてしまいそうだ。

戦場は自分の価値を見いだせる唯一無二の場所。

強者が、弱者を蹂躙するというシンプルで、分かり易い構造。

ワンダフルだ!インクレディブルだ!全くもって素晴らしいの一言に尽きる。

そんな私の喜びに水を差すように無線が入る。


「こちら中央管理室01。聞こえるか?」


私は忍耐力のあるオトナだ、なんら問題ない。


「こちらデルタ01。聞こえている」

「中央01より10分後の2130をもってデルタ01率いるデルタ小隊はラムダ小隊とD-1区画で合流しベータ中隊とする」

「デルタ01から、意図が理解できない。説明を求む」

「中央01より、説明はできない。合流後追って命令を下す。デルタ小隊は直ちにD-1へ急行せよ」


軍隊が求めるは機械的に与えられた事を遂行する兵士であって、私情を挟むヘタレを必要としてはいない。


「こちらデルタ01。直ちにD-1へと向かう。繰り返す、直ちにD-1へと向かう」


そこで中央管理室との無線を終えると小隊各員へ通達する。


「デルタ小隊へ告ぐ。10分以内にD-1区画へ到着する必要がある。戦闘を一時中止し、壊走せよ」

「……」

「貴官らに耳はついているのかね?それとも私を無視しているのか」

「小隊長!敵に背を向けるのはあまりにも危険、何より王国軍人である我らが壊走など...」

「命令違反でもする気か。では、私自ら貴官に手を下そうか。バリエスト・ヘッケラン一等兵」


失礼しました、とという声とともに小隊は敵に背を向け、見かけ上の”壊走”を始める。

見ていて、それはとても非常に愉快な光景なのだ。

敵を蹂躙するのも、されるのも御膳上等。

だが、小隊を全滅させられるのは私自身の評価点にマイナスとなってしまう。

ちょうどいい位に減らすのがコツなのだが、これがなかなか難しい。


「バリエスト君、高度を少し上げてくれないか。私が敵を片付けてあげよう」


背中に手を伸ばすと誰よりも信頼できる可愛くて、愛らしくて、一日中一緒にいる愛銃に触れられる。だが、これは強敵用で雑魚共には愛銃など相応しくない。我が国の領土を侵攻してきたゴミケラに相応しいのは一つしか無い。


「どうだね、拳銃で撃破されるのは。屈辱か?汚辱?それとも恥辱的なのか!?」


ホルスターに刺さっていた支給拳銃をおもむろに引き抜くと、特に狙いをつけずに五発放つ。


「援護感謝します、小隊長」

「バリエスト、貴官はそのままゴッドランド班長の手伝いだ。私はダーニャ君を手伝うとしよう」


命令に反対する部下よりも、素直に従う部下のほうが生存率が高いのは上官の覚えがめでたいからではなく、自分より優れている人材の命令を守っているからだ。

一般的な組織とは違い無能はすぐに脱落していく軍隊で、上にいるのはどれも非凡な才能の持ち主。自分より階級の高い者が劣っている、という事はほぼありえない。


「さぁさぁ、私の点数稼ぎに付き合ってくれ」


加速しダーニャ班長に追いつくと後方から追ってくる敵に拳銃を向ける。


「小隊長殿!敵は重魔装兵が三名に軽魔装兵が四名の分隊規模です」


ダーニャ班長の見立ては正しいようで、かなりの弾幕が降り注いできた。


「了解。ダーニャ班は応射したのち速やかにD-1へと移動。途中でバリエストとゴッドランドに...ッ!」


敵重装兵からの機銃乱射だ。

私の魔力盾の残量は十分すぎるほどだがダーニャや他班員はどうだろうか。

射線上にいた一人が無残にも爆炎を上げながら地に落ちていく。携行していた火薬にでも引火したのだろう。

そして、


「班長!」

「落ち着けモンタニュウス。今ならまだダーニャ班長の片腕は治る。ダーニャはグレゴリオと共に帰還。指揮権をモンタニュウス二等兵に移行し一時的にモンタニュウス一等兵とする。各員、行動開始!」


だが、ダーニャとグレゴリオが離脱すると残りはモンタニュウスとバック二等兵のみ。的が少なくなるほど敵の弾丸が集中する。


「二人は回避行動に専念しろ。私がこの手で敵に天誅を下す」


小隊は既に半数以下になるまで損耗している。これ以上、減らされては自分の内申点がマイナスとなってしまう。

上が何を考えているかは分からないが、ある程度の兵を残しておく必要があるだろう。


「しょうがないか」


そう、しょうがないから私が敵を誅殺するのだ。

決して自分の撃墜数を上げてエースになりたいとか航空十字賞が欲しいという訳ではない。

拳銃に装填されている普通弾を魔力弾に切り替える。魔力弾は火薬を必要としないため発生する音は弾丸が銃身を擦れる音、そして空を切り裂く音のみだ。


「刈り取られるは仔羊、刈り取るは盗人」


先頭を飛んでくる敵に照準を合わせる。敵の速度、敵と自分の距離、弾丸にかかる様々な力を計算する。魔力盾は腕に装着されている機械から身体の片側にのみ楕円形の遮蔽物が出現する。だが、青色の盾が覆うのは上半身のみで足元にはない。

装填されたのは爆裂魔法が刻印された弾丸。足元で爆破したら木っ端微塵だ。


「まずは一人」


自動銃はあまり好みではないのだが支給拳銃は残念ながら自動式拳銃なのだ。だが、一人一人、丁寧に狙って倒すのが私の流儀であり相手に対する敬意。


「一人ずつ倒されていく方が絶望感も大きいしな」


くっくっくっー、という人の悪い笑い声が漏れ出してしまった。

危ない危ない、無線を切り忘れていたら自分のキャリアに瑕疵がつくところだった。

ガルー少尉は勇猛果敢で沈着冷静、温厚篤実に志操堅固な軍人である。

まあ、中身は腐ったエゴイズムの塊なのだが。

残りは六名なのだが集合時間も差し迫っている事なのでちゃちゃっと片付けてしまおう。

敵は上と下に分かれて挟撃するつもりなのだろうが乱れがある。

最初は下にいた軽装兵を倒す。

弾が勿体無いと思うほど呆気なく死んでいく。


「上を向く時はやはり邪魔だな。もう少しキツめ...といってもこれ以上やったら呼吸ができなくなってしまうな」


最近、体型に丸みを帯びて胸もふくよかになってきたせいで軍服がキツくなってしまった。

しょうがなく布を胸に巻いているのだが、反発が大きくズレやすいので勘弁してほしい。

一時は真剣に胸の切除を考えていたのだが軍医に止められた。

女性という性別で生まれしまった事を何度呪ったことか。

だが、既に起きてしまった事を嘆いては時間の無駄でしか無いので、ある物で常に最高の結果を残せるように努力している。


「こちらガルー。各員状況を報告せよ」


無線を長距離用に切り替える。短距離用より感度は悪いのだがより遠くまで無線が届く。


「こちらバリエスト!ゴッドランド班長は戦死。七名でD-1区画へと向かっています」

「モンタニュウスより、バック二等兵が流れ弾に当たり撃墜され一人です。バリエスト班長に合流します」


十八名いたはずの小隊が自分も含めて九名になった。

だが、これも全て想定の範囲内。

このままD-1区画でラムダ小隊と合流し与えられた新任務をそつなくこなす。

完璧。


「了解。敵掃討は完了した。D-1へ向かいラムダ小隊と合流するぞ」


今晩は豪勢に肉料理でも良いかもしれない。

といっても配給された缶詰なのだが。

思わず憂鬱な溜息をつきそうになったが気を引き締めるとD-1区画へと全力疾飛する。

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