第9話 食事
研究所での事件から数日。
三嵩は存外、静かだった。
喉から手が出るほど欲していた情報を手に入れたのにも関わらず。
丹子は逆にそれに不安を覚えていた。
「あの三嵩さんが、冷静・・・?」
「鬼子はみすみんのことなんだと思ってるの?」
同室の弥生が呆れた顔でコンビニスイーツにフォークを突き刺す。
丹子はミルクティーのペットボトルを握りしめながら机に項垂れた。
「仕事をほっぽって脱走するとか、乱闘騒ぎを起こすとか、なんか、こう、それくらいの事件が起こってもおかしくないと思うんだよね」
「え、何?みすみんどうかした?動物にでも退化した?」
弥生には何も伝えていない。
もう2年も前の話を蒸し返すのはどうかと思うし、話をしてしまったら弥生を巻き込んでしまう可能性もある。
RSDF内では慎重に行動するようにと先日三嵩にもお灸を据えられたばかりだ。
「いや、三嵩さんって一個のことに執着したら周りが見えないみたいなところあるじゃん」
「あー・・・、まあ、それはあるね」
弥生が視線を宙に泳がせた。
「鬼子がみすみんとバディを組んだ時に残した伝説は忘れられないよ」
「あれはもう忘れなさい」
弥生を一睨みすると、弥生はわざとらしく口を閉じる。
「まあ、何があったのか知らないけど、気になることがあるなら本人に直接聞いてみればいいじゃん。鬼子のことだーいすきなみすみんならいることいらんこと全部教えてくれるでしょ?」
「・・・まあ、それが早いよね」
丹子はそう言うが早いか、スマートフォンで三嵩にメッセージを送った。
内容は、夕飯一緒に食べませんか、だ。
その日、丹子が予約を取った店は少し高めのイタリアンの店。
三嵩と一緒に席につくと店員が愛想よくメニュー表を運んでくる。
適当にパスタとピザとドリンクを頼んで、三嵩を盗み見る。
三嵩は急に呼び出されたことを感じさせないスマートさだ。
「どうかしたか」
手を組んでテーブルの上に置いた三嵩。
脚はテーブルの陰に隠れているが、腕だけでも十分に四肢が長いことがわかる。
話題は決まっている。
そのために誰も知り合いのいなさそうな店を選んだのだ。
「・・・三嵩さんがあれから何も言わないので」
ぶすっとした顔でそう言うとああ、と三嵩は唸った。
じと目で見つめると視線をそらされる。
「今更巻き込みたくないとか言わないですよね?」
そう問いかけると三嵩は観念したかのように視線を合わせた。
この期に及んでこの男は一人でどうにかしようと思っていたらしい。
バカにもほどがある。
「凶器に使用されたナイフがどこから持ち込まれたのかを調べていた」
「RSDF内のどこからかってことですか?」
「それももちろんそうだが、それ以外のルートも一応」
「それ以外?」
聞き返すと三嵩は視線をそらして片手で髪の毛をかきあげた。
言いたくないのが目に見えてわかる。
「昔、抗争で使用された武器を秘密裏にどこかへ流していたという噂がある隊員がいた」
「それは・・・。絶対にばれますよね」
「普通なら間違いなくばれる。でも、その件についてはあやふやなまま、結局その隊員はRSDFを去った」
「去った・・・?除隊されたわけではないってことですか?」
「ああ。その隊員は抗争では負け知らずで有名だったらしい。腕の立つ隊員にはこの組織は甘い。隊員は自ら志願してRSDFを去ったそうだ」
「そっかー」
そう呟いて食前に持ってきてもらったアイスティーに口をつける。
RSDFは日本で最も危険な職種のうちのひとつだ。
給料は目が飛び出るほど高いが、命にかかわる仕事な上に、入隊するための筆記や実技、面接の試験も難関である。
入隊してからも休日に急に呼び出されることが頻繁にあり、転勤も多い。
加えて仕事内容は国家機密なので家族や恋人、友人に仕事の愚痴もろくに話すことができないため、気が付いたら疎遠になっているなんてことも珍しくない。
そのため、優秀な隊員にそう簡単に辞められたら困るRSDFは、階級が上がるほど融通が利くことは隊内では有名な話だ。
三嵩はじっとこちらの様子を伺うように見つめていた。
居心地が悪い。
「その隊員はどうして自ら辞めてしまったんですかね。それだけ優秀な隊員なら上も手放したくなかったでしょうに」
「・・・武器の密輸が表沙汰になりそうだったからか、もしくは自分が抗争で大怪我を負ったからか。まあ、両方だろうな」
「怪我?」
「お前が入隊する前の話だが有名な話だ。抗争で片腕を無くした一尉。聞いたことないか」
「あ、聞いたことあります。たしか、その人は」
「《海賊》と呼ばれた女性隊員だ」
その日、会話の中心に上がった元RSDF隊員は隊内では知らない人はいないと言われた有名な隊員だった。
海賊の異名で恐れられ、尊敬されたその隊員の生き様は今でも語り継がれ、会ったことのない新人も憧れを抱く者も多い。
会ってみたい、会いたくない。
真実を明らかにしたい、確かめるのが怖い。
ぶわりの胸の中に広がった感情にめまいがする。
「丹子」
声をかけられてはっとする。
顔を上げると三嵩と目が合った。
「食べられるか」
気づいたら目の前には注文していた料理が並んでいた。
慌てて返事をしてフォークを持つと三嵩が目を細める。
この見透かすような目が小さい頃から嫌いで、それなのにずっと気にしていた。
この人の目に自分はどう映っているのかばかり考えていた。
「い、いただきます」
「いただきます」
静かに手を合わせた三嵩をちらりと確認して丹子はパスタにフォークを刺す。
細くて長い指は綺麗にそろえられていて、所作の隅々に育ちの良さを感じさせる。
本当は、三嵩は外食が苦手だ。
綺麗好きがゆえに、知らない人が作った料理やきちんと洗われているかわからない食器が嫌だと。
「・・・うまいか」
「めちゃくちゃおいしいです」
外で会う口実を作るために外食に誘う丹子の心理を三嵩は見透かしているのだと思う。
それでも、応じてくれると言うことは。
「そうか」
一緒にご飯を食べると三嵩はいつもおいしいかどうか聞いてくる。
丹子は必ず首を縦に振る。
すると三嵩は小さく笑うのだ。
いつも思う。
三嵩は丹子の笑顔を見るために食事についてくるのだと。
自惚れてもいいのだろうか。
この笑顔を見れるのは私だけだと。
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