第7話 発覚

「こちら、深澄・新生。異常なし」


無線に向けて丹子がそう報告すると、そのまま警備を続けるように指示が出された。

了解の旨を伝えると、三嵩とアイコンタクトを取る。


今日はS班の初任務。

いつまでも春風のために訓練だけを行っているわけにもいかないので、訓練と並行で施設の警備も行うことになっている。

そして、S班の警備対象は、運命なのか、なんなのか虹油開発研究所。

三嵩の父が亡くなった場所である。


「三嵩さん。大丈夫ですか」

「なんだ。何もない」

「ならいいですけど」


こちらをちらりとも見ずに言った三嵩はまっすぐ前を見ていた。

事件があってからずっと犯人を独自に探していた三嵩だ。

事件現場には何度も足を運ぼうとしていたが、国家機関に無関係の人物が入り込むこともできず、この2年間ずっと歯がゆい思いをしていたに違いない。

運命のいたずらで敷地内に足を踏み入れることが許された今、三嵩が何をしでかすかわかったものでないため、丹子も警備をしつつひやひやしながら三嵩を見ていた。


「人が多いですね」

「ああ。あの日もそうだった」


今日は学会が行われているため、多くの来客が訪れている。

そのため、警備の人員も増員されているが、虹油関係機関の第一線ともいえるこの施設によからぬことをしようと思っている人物もいないとは限らない。


「気を抜くなよ」

「はい」


そう返事をしたところで無線に通信が入った。


“深澄・新生バディへ。至急、一階メインホールへ移動しろ。要注意人物確認。黒いリュックを背負った挙動不審の男だ。マスクをしている若い男で、ガタイもいい”

「了解、至急向かいます」


そう告げると早歩きで歩き出す。

無線の相手は雪村班長。

班長が怪我人を出したり、容疑者を取り逃したりすることはないと思うが、メインホールは人が多い上に、バディは捕り物未経験の春風だ。

万一に備えて、応援を呼んだのだろう。

ガタイのいい男だから、対象が抵抗するおそれも十分に考えられる。


「・・・いましたね」

「ああ。確かに挙動がおかしいな」


無線で到着したことを報告する。

周囲を何度もちらちらと気にしている男と、少し離れたところで待機している雪村・春風バディを確認した。


「どうしましょうか。明らかにおかしいですけど、取り押さえるにしては早計ですしね。初めて来たから道がわからなかったと言われればそれまでですし」

「刃物でも所持してれば別だが、何も持ってなかったら逃げられるな。それにこんな目立つところで大事にして何もなかったらこちらの責任問題だ」

「でしたら、私がとりあえず声をかけてみます。男性より女性の方が向こうも油断するでしょうし。三嵩さんがそんな顔で行ったら逃げられますしね」


じろりと睨まれたが気づかなかったふりをした。

無線で雪村班長に報告すると了解との返事が来た。


「何かあったら頼みますね。無茶はしないつもりですが」

「当たり前だ」


私服警備だったため、ポケットから名札を出して首にかける。

名札はあくまで一般職員であることをアピールするためであり、警備員であることはわからないようになっている。


「こんにちは。何かお探しですか」


にこりと笑顔を浮かべながら声をかけるとあからさまにびくりとすくんだ男が振り返った。

丹子を見つけると警戒したような表情になる。


「本日開催されている学会へのご参加でしたら2階になりますが、ご案内いたしましょうか」

「あ、はい・・・。お願いします」


そう返事をした男はいまだにきょろきょろと視線を周囲に向けており、落ち着きがない。

手を何度もポケットに入れたり出したり、忙しない様子もある。

間違いなく黒だ。

何かやましいことがあるのは間違いない。


男を誘導して2階へ上がる。

そこで男が声を上げた。


「すいません、先にトイレに行きたいんですけど」

「ご案内しますね。どうぞ」

「あの、私障害がありまして、多目的トイレのほうがありがたいのですが」

「かしこまりました」


ここから一番近いトイレは多目的トイレがないため、少し歩く。

少し離れたところのトイレは学会の参加者が利用しないため、人目は少ない。

一般人を巻き込む可能性は少ないが、後ろを着いてきている三嵩、雪村班長、春風は気づかれやすく、距離を取らざるを得ない。


「こちらになります。私はここにいますので」

「ありがとうございます」


そう言った男がポケットに手を入れて、次に取り出した瞬間には折り畳み式のナイフが握られていた。

ああ、やっぱり。

そう思った瞬間、男の体を蹴り飛ばしていた。


小さなうめき声を上げて倒れる男に近寄り確保しようとした瞬間、トイレの奥から女性社員が出てきた。

最悪なタイミングに眩暈を覚えるが、男は女性社員に手を伸ばし、腕をつかんだ。

女性社員は何が起こったのかわからない様子で固まっている。


「不可抗力ですから!」


そう言って男の股間を蹴りあげると、ナイフを持っている方の腕を抱えて、力の限りひねった。

バキリという嫌な音がして、男の悲鳴があがる。


「「確保!!」」


瞬間、背後から三嵩と雪村が飛んできて男を床に抑え込んだ。

男は最初は抵抗していたが、次第に弱くなり、諦めたようだった。


「ありゃりゃ、大捕り物じゃーん」


背後から声がして振り返れば春風の後ろにいつの間に駆け付けたのか、瀧本と弥生も立っていた。


「いや、他人事かよ」

「他人事だしー?さゆりんと一緒に凶暴な女子隊員の様子眺めてたー」

「さすが、新生は優秀だなー」


褒めてくれるのは瀧本だけだ。

やれやれとため息をつくと、ぽんぽんと瀧本の手が丹子の肩に乗る。


「そうため息をつくなって」

「ボーナス出ますかね」

「でないな!」


言い切って笑う瀧本は清々しいくらい快活に笑う。


「丹子さん、お疲れ様です。お怪我はなかったですか」

「ありがとう。大丈夫よ」


心配そうに駆け寄ってきた春風にそう声かけると小さく胸を撫で下ろしている。

男を三嵩と瀧本が連れて行って、雪村が入れ替わりに戻ってくる。


「身分証見たけど、大学生だったぞ」

「え?大学生ですか?」

「最近の大学生は随分過激になったんだねぇ」

「んなわけあるか」


軽口をたたく弥生を嗜めながら男を連れていく三嵩を目で追うと、いつになく険しい顔をしていた。






その後は特に変わったこともなく、無事に警備の仕事は終わった。

怪我人もなく、学会参加者の混乱もなく犯人確保できたため、S班の初任務としては大成功に終わったみたいで、雪村班長も上からたくさんのお褒めの言葉を頂いたらしい。


「それじゃあ、撤収するぞー。・・・深澄がいないな」

「はっ!目を離した隙に・・・」

「じゃあ、深澄は保護者が責任持って連れて帰れよー」

「は!?」


丹子の肩をぽんと叩いて歩き出す雪村班長を追って弥生、春風、瀧本と歩き出す。

三嵩の自由ぶりは隊内では有名であるが、もう少しみんな厳しい罰とかを与えたほうがいいと思う。

黙認するのはずるい。

そのとばっちりを受けるのはいつも丹子だというのに。



全員が帰ってからため息をついて三嵩を探す。

三嵩のいる場所は察しがついていた。

変電施設。例の事件現場である。



「三嵩さん」


予想通り、三嵩はその場所にいた。

ぽつりと何をするわけでもなくその場に立って、父親が倒れていた場所をじっと眺めていた。


「ここにいるのばれたら怒られちゃいますよ。私たちただの警備員なんですから」


そう言って近寄ると三嵩が振り返った。

いつもよりも静かで落ち着いていて、逆に不気味に見えた。


「跡形もなく片づけられている」

「・・・もう二年も経ちますからね」


血で汚れた地面は綺麗になっており、事件があったなんて微塵も感じさせない。


「今日、犯人を確保した時に雪村班長の爪を見た」

「爪?」

「黒爪だった」

「コクソウ?どうして・・・」


黒爪とは、虹彩波にさらされると出現する症状だ。

至近距離で虹彩波を浴びて亡くなった隊士の死体で確認される現象であり、ネイルをしたみたいに真っ黒に爪が染まる。

しかし、基本的に隊士は戦場に出るときは虹油性の防具を着用しており、ある程度の虹彩波は吸収するため黒爪にはならない上に、通常、黒爪になるほどの虹彩波を浴びたら基本的に死亡しているため、一般的に見ることは少ない症状である。

丹子も戦場で見たことはあるが、生きている人で爪が黒くなっている人は見たことがない。


「黒爪といっても薄く色がついている程度だった」

「それって大丈夫なんですか」

「問題はないらしい。特異体質者によくある現象だそうだ。特異体質者は虹彩波を至近距離で浴びるような無茶をしても死なないから、爪だけが黒く染まる」

「そうなんですか。班長はたくさん無茶してそうですもんね」


確かに数々の戦果を挙げている雪村隊長なら人一倍の無茶をしていそうだ。


「あったんだ」

「何が」

「父の死体も薄い色の黒爪だった」

「は・・・?」


思わず口から滑り落ちた言葉。

死体の爪が黒かった?

そんなことあるわけがない。

だって、それは。


「深澄会長は虹彩波を浴びて亡くなった?」


三嵩が歯を食いしばるのが見えた。

虹彩波を浴びたということは、殺害には虹油性の武器が使用されたということだ。

虹油性の武器はすべてRSDF内で保管されている。


「犯人はRSDF内の誰かということですか」

「その可能性が高い」

「でも、警察の話では凶器は普通のナイフって・・・」

「父は腹部を何度も刺されていた。傷の形で凶器を特定することは不可能だったし、現場に血の付いたナイフが残されていたからそれが凶器と推測されただけだ」

「でも、ここは研究所ですし、もしかしたら所内から持ち出されたものかもしれないじゃないですか」

「虹油性の武器は厳重に管理されていて、所内は至る所にゲートが張り巡らされている。手続きなしで持ち出したら警報が鳴るからスタッフでもそうそう自由に持ち出せない。」


三嵩の中で事件が終わっていなかったのはわかっていた。

でも、こんなのはあんまりだ。


「父を恨む人は多かった。RSDF内にもたくさんいたんだろう」


三嵩はどこか遠いところを見つめていた。


「俺もそのうち殺される。バディのお前も」


その次の言葉は簡単に想像できた。

お前も殺される。

だから、RSDFを辞めろ。

自分は残って犯人を捜すくせに。

本当に勝手な男だ。

自分でRSDFに招き入れたくせに、今度はやめろと言う。


「私は絶対にやめませんからね!」


そういうと三嵩は目を細めてこちらを見る。


「ばか!ばーかばーか!三嵩のばか!!」


絶対に一人にしない。

自分でそう決めた。


「馬鹿はお前だ」


上官への口のきき方を考えろと、三嵩は小さく笑った。

昔なら頭に手が乗ってくるタイミングだった。

三嵩が近寄ってきて丹子の正面に立つ。

高い身長に見下ろされた。


「帰るぞ」


丹子を一瞥して歩き出す。

本当に勝手だ。

探しに来た丹子を置いて先に帰ろうとする。

こんな男、捨ておいた方がいいに決まっている。

わかっている。

でも。

頬を撫でる手の感触が脳裏に焼き付いて、消えない。

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