第6話 適正

「春風三士」


丹子が声をかけるとびくりとわかりやすく肩が震えた。

おそるおそるといった様子で春風が振り返る。


「そーんな取って食ったりしないから落ち着きなよー。ご飯食べ行こ!ご飯!」


弥生がそう声かけると春風は緊張した様子で小さく頷いた。

期待のルーキーともてはやされてはいても、新人がこれだけ実力も経験もある隊員に囲まれていては息苦しいだろう。

同期が一人もいないのは可愛そうだが、こればっかりは仕事だからどうにもならない。


食堂に移動して女3人で日替わり定食をつつきながら話す。

春風は相変わらず緊張していたが、ぺらぺらと話す弥生の雰囲気がそうさせるのか最初よりかは居辛さが緩和されているようだった。


「さゆりんは雪村班長が好きなの?」


ど直球の質問に春風の手から箸が転げ落ちた。

いや、さゆりんて呼び方も突っ込んでいいのか。一応初対面だぞ。

と思いながら春風の様子を伺うとみるみる間に耳まで赤くなっていく。


「そ、そ、な、」

「え、だって、そんなふうに見えたから」

「ちょっと、やめなっていきなり。他にも話題なんていっぱいあるでしょ」

「だって、一番気になるじゃーん」


本日の日替わりのメインディッシュ、とんかつを食べながら弥生は言う。

一人で百面相して汗をかいている春風がかわいそうだ。


「あの、その、初めて会ったときに助けてもらって・・・。抗争中だったんですけど」

「あー。それは惚れるね。雪村班長イケメンだしね。目つき悪いけど」

「みすみんの彼女がよく言うわ」

「うっさい」


三嵩も目つきはめちゃくちゃ悪いが、それはそれ、これはこれである。

決して丹子の好みの顔がそういう系統というわけではない。


「新生二曹は深澄曹長と付き合ってらっしゃるんですか!?」


若い女子はやはりこういう話が好きなのか、今までで一番大きな声が春風から発せられる。

丹子がそんなんじゃないよと言うと、春風は少し残念そうに見えた。


「というか、階級で呼ぶのやめてよ。サンづけでいいわサンづけで」


堅苦しい階級はいらんと丹子がいうと小さく春風が新生さんと言う。

弥生が丹子さんでいいよと笑うともっと小さな声で恥ずかしそうに丹子さんと言った。


「わりとバディ同士で付き合ってる人多いよ。そんで別れるとバディ解消するみたいな感じね」

「え、でもそれって任務に影響でません?」

「出る出るめちゃくちゃでる~!別れたけどバディ解消が認証されるまでの任務まじで地獄~」

「それでも隊規では、バディ決めは個人の自由なんですね」

「深澄会長のご意志らしいって話は聞いたけど」

「マジ?それみすみん情報?」

「そう。でも、理由までは三嵩さんも知らないらしい」


一度三嵩とバディの話になった時に、ぼそりと三嵩が言っていたのを覚えている。

理由を何度聞いても教えてくれないとも。


「まあ、深澄会長はやり手で有名だったけど、わりと職権乱用気味なところもあったもんねー」

「三嵩さんに聞かれたら殺されるからやめなさい」


深澄会長は指導者として優秀だったが、その分敵も人一倍多かった。

それこそ、殺意を抱いていた人も少なくないと思う。

なにせ、政治家を後押しして総理大臣まで上り詰めた人物に虹油独占法を提唱したのは彼だと蔭ではもっぱらの噂である。

史実に名を残す偉人には裏があるものだ。


「じゃあ、話題変えよ。さゆりんは何担にするの?」

「な、なにたん?」

「剣士か狙撃手か。まあ、両方持ってる人もいるよ?」

「でも、銃も剣も持てば持つほどと重くて動きずらいから、弥生ならまだしも、春風さんが両方持って動き回るのは難しいかもね」

「えー。そんなの、雪村班長に全部持たせればいいじゃん。何のためのバディ、何のための男性隊員よ」


雪村班長に大変失礼な発言を余裕綽々で言ってのける弥生。

じろりと視線をやると弥生は飄々とした顔で受け流した。


「でも、持てればいいってものでもないからね。一応適正もあるし」

「あーそうだね。アタシ剣士も狙撃手も適正-だったからね!」

「まあ、マイナスってのも珍しいけどね」


剣士や狙撃手には適正があり、つまりは攻撃をしたときに広がる虹彩波がどれだけ大きいかによる。

また、剣を振った時や、弾が着弾した時に発する虹彩波はマスターのコントロールがある程度できるはずであるが、まったくコントロールができない場合も適正はないと判断される。

つまり、大きな虹彩波が出せれば出せるほど、また、大小のコントロールが上手ければうまいほど、適正はあると判断されるのだ。

ちなみに、弥生の適正は-。それも、虹彩波が1ミリも出せないタイプだ。


「まあでも、適正がないからと言ってマスターになれない決まりもないし、適正がなくても評価の高い隊員はマスターもアシストも含めて何人もいるしね」

「そうですか。でも、マスターになるならやっぱり適正がある人のほうが有利ですよね」

「そりゃそうだよ。特に新人なんて、成績上位者は適正あるやつらばっかじゃん?ある程度になるとそうでもなくなってくるけど」

「そうですよね」


落ち込んだ様子春風を見て丹子と弥生は顔を見合わせる。

もしかすると、これは。


「もしかして、さゆりん・・・、適正ない?」


弥生が聞くと春風は小さく頷いた。

大体の人間は大きさに個人差はあるが虹彩波を出せて、多少のコントロールくらいならばつけられる。

かくゆう、丹子も虹彩波は小さいが出せないこともないので一応は適正ありと言われており、普通程度の適正を+とし、適正なしは-、高度の適正ありは++、+++とそれぞれ評価されている。

つまりは弥生のように-の人物の方が珍しいのだ。


「まあ、そういうこともあるよねー。私と同類とかかわいそうだけど」

「てことは、春風さんも-?」

「いや、私は±です」

「あー、へそ曲がりの±ね」

「やめなさい」


±もあまりいない珍しいタイプである。

虹彩波は大きいがコントロールできないタイプか、コントロールはできるが虹彩波が小さすぎるかのどちらかである。


「私、全然コントロールができなくて・・・」

「「あー・・・」」


丹子と弥生が新人のときに±がコントロールの訓練を受けているところを見たことがある。

訓練場が倒壊するほどの事件に発展したことがあり、そのときの隊員は確か自分からアシストを志願していた。


「でもまあ、訓練で適正が上がる人もいるらしいし、まだ諦めるには早いと思うよ」

「そだよそだよ!それにうちの班は適正ある人たくさんいるし!」


弥生の言うとおりだ。

三嵩は+++の剣士、瀧本は+++の狙撃手、そして、雪村も確か++の狙撃手だったはずである。


「目標はでっかく、今年の新人成績No.1!」

「が、頑張ります・・・。ご指導よろしくお願いします・・・」

「ちょっと、顔真っ青だけど大丈夫?」


どうやら小心者の春風には荷が重いようだった。





その日の午後。

各バディの訓練の様子を確認すると言うことで雪村班長が丹子と三嵩の訓練する運動場にやってきた。

訓練用に作られたその剣は実物の白刀より、虹彩波が弱くなるように調整されており、虹油により強度を上げられた特殊な訓練場であれば屋内でも使用可能である。


「やや右」

「今度は左すぎですね」


遠方にある的に虹彩波を当てる訓練で、三嵩は100m先にある直径15cmの的を狙っている。

もちろん、簡単なことではなく、三嵩でもなかなか当たらない。

丹子の仕事はと言うと、あたった時に的を新しいものに取り換える以外はほとんど体力トレーニングである。


「お前、よくこの距離で虹彩波がどこを通ったかわかるな」


雪村が後ろから声をかけてきた。

虹彩波は閃光を伴うため、遠くの的を狙うとかすめたのかまったく違うところに行ったのかなどがわかりずらい。


「まあ、目だけはいいんで」


腹筋をしながらそう答えると雪村はふうんと頷く。


「ところで、新人にも少しやらせてやってくれないか」

「ああ、春風さんですね。確かにどのくらいできるのか見ておく必要がありますもんね」


雪村の後ろに立っていた春風がおそるおそる前に出てくる。

丹子が剣を渡すと春風は緊張した様子で握った。


「やったことあるでしょ?そんなに緊張しなくても大丈夫よ」


丹子が的を近づけて、5m程度のところまで持ってくる。

この距離なら剣をまっすぐ振り下ろすだけでまず当たる。


「基礎的なやり方は新人研修で習っただろ。とりあえず振ってみろ」


腕組みしている雪村が声かけると春風の剣を握る手に不要な力が入るのが見えた。

どう見ても雪村の発するプレッシャーが邪魔である。


「や、やってみます」

「ファイト―」


春風がノーコンなのはすでに班員の知るところなので全員春風の後ろで待機する。

先ほどまで黙々と剣を振っていた三嵩も不機嫌そうにその様子を見ていた。


親の仇でも見るような目つきで5m先の的を睨みつけた春風に、頭の中のサイレンが鳴り響くのは自分だけだろうかと丹子は思ったが、水を差したら春風が委縮するのは明白である。

黙って成り行きを見守ることにしてさり気に剣を持つ三嵩の陰に隠れた。


「なんだ」

「お気になさらず」

「お前の命の保証はしない」

「薄情者!」


そう小声で小競り合いをしているうちに、春風がまっすぐ剣を振り下ろした。

途端に雷のように鋭い虹彩波が弾け飛び、なぜか三嵩が狙っていた100m先の的が木端微塵になった。

早すぎて、眩しすぎてほとんど目で追えなかったが、おそらく三嵩の虹彩波の倍はあるであろう大きさだ。

春風の目の前にあった的はかすり傷一つもないのが甚だ疑問である。


「えーっと・・・?」


雪村の顔色を窺うと雪村も雪村で眉間に手を当てて頭が痛そうにしていた。

想像の数十倍はノーコンである。

反動で尻餅をついた春風を起こした雪村はその後丹子の肩に手を置くと笑顔を浮かべた。


「ま、じゃああとは頼んだわ」

「え!?」


どうしろと!?と叫びそうになった丹子だがが、雪村はさっそうと出て行ってしまった上に、ぽつんと取り残された春風が申し訳なさそうに立っており、今にも泣きだしそうだ。

三嵩に視線をやると我関せずと言った風に既に訓練を再開させている。

三嵩に近寄って小声で呼ぶと聞こえているはずなのに無視をするもんだから、腹が立って虹彩波を放とうとする目の前に立ちふさがってやると不機嫌そうに睨みつけてくる。


「三嵩さん、教えてあげてください」

「断る」


他人に興味のない三嵩だ。

あっさり首を縦に振るとは思っていなかったが、この態度は如何なものだろうか。


「チームメイトです」


近寄って剣先を握るとじろりと睨まれた。

丹子が教えられるものなら教えてやりたいが、大した適正のない丹子には荷が重い。

丹子個人に対するわがままなら諦めもつくが、今回はそうはいかない。

上司が部下に仕事を教えて技術を伝えるのは当然のことだ。


数秒睨みあった後に、三嵩があからさまなため息をつく。

ツカツカと春風に近寄ると、隣に並んだ。


「持ち方が違う。変に力むな」


愛想は相変わらずない。

でも、三嵩が人に何かを教えているところを初めて見た。


「お前の筋力と体感ではその馬鹿みたいなパワーの反動は耐えられない。軽く振れ」


そう言われて軽く振った春風の剣は今度はうんともすんとも言わなくなった。


「力を抜き過ぎだ。姿勢は正せ。足を開いて対象をしっかり見ろ」


口は悪いが意外にも丁寧に教える三嵩に春風も必死に着いていこうとしているのがわかる。

遠くから見て、邪魔にならないようにこっそり丹子も体感トレーニングを再開した。


若くて可愛い新人隊員が三嵩の言動にころころ顔色を変えている姿は女の丹子から見ても眩しいくらい可愛らしい。

見るからに一生懸命、言われたことは素直に聞くし、嫌そうな顔は微塵も見せない。

三嵩とは大違いである。


「あーこれは雪村班長も時間の問題だな」


言動の節々から自信のなさが伝わってくる彼女であるが、この子に惜しみない好意を向けられたらおそらく男なら一発だ。

容姿も才能も優れている春風がどうして自分に自信が持てないのかはわからないが、それもきっと時間が解決するだろうと丹子は思う。


「剣はまっすぐ振り下ろせ、視線はずらすな」

「はい!」


誰とも触れ合うことができなくなった三嵩もこの子なら助けることができるんじゃないかとふと思う。

この子がマスターでなく、アシストになると言うのならもはや、バディは丹子でなくとも。


「丹子!」


鋭い声が聞こえて丹子ははっと顔を上げた。

相変わらず不機嫌そうな顔がこちらを睨んでおり、周りには粉々になった的が何枚も散らばっていた。


「ああ、的の替えなくなりましたね。持ってきます」


そう言って走り出そうとしたら、春風が私が行きますと先に駈け出す。

丹子はアシストなんだから気にしなくていいのにと思ったが、一回り近くも違う先輩に春風が気を使わずにいられるわけもなく。


小さくなっていく背中をぼうっと見送っていると三嵩が隣にやってきて腰を下ろした。

タオルを渡すと何も言わずに汗を拭いている。


「ぼうっとするな」

「すいません」

「何を考えていた」

「いや、何も」

「嘘をつくな」


どうしてこの人はこういうときだけ無駄に鋭いのか。

丹子も隣に座りこむとちらりと視線をやって三嵩を盗み見る。

こちらをじっと見つめていた三嵩とばっちり目が合ってしまい、逸らすタイミングを失う。


「春風さんがもし、マスターでなくてアシストになるなら、」

「その時は雪村班長のアシストだ」


まるで言おうとしていたことがわかっていたかのような早さだった。


「何年一緒にいると思う」


心の中を見透かしたように言われて、なんと返したらいいかわからない。

だって、だめじゃないか。

あなたは私じゃだめなくせに。


「バディを組んで、たかが4年です」

「お前が深澄家に通うようになって20年以上だ」

「ほとんど会話なんてなかった」

「でもずっと一緒にいた」


あーずるいな。

話しかけても無視しかしなかったくせに、そういう風に言うのは。


「お前は私のバディだ」


まっすぐな目がこちらを見ていた。

必要としてくれるならそれでいいんだ。

三嵩が傍にいてほしいと言うなら、丹子はいつまでも傍にいる。

どんなに愛想がなくても、言葉が足りてなくても。

それでも一緒にいたいと思う。


「不安にさせたならすまなかった」


そう言いながら彼は何度も何度もタオルで手を拭いている。

きっとこの手が私の頭を撫でることも、手をつなぐことさえ二度とない。


「いいんです。全部、わかってますから」


今は優しく相手を思いやれているけど、自分に余裕がなくなった三嵩には丹子の声は届かない。

それでも。


「ずっと一緒にいます。これからも」

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