第5話 特別作戦班
「新生!」
声をかけられてはっとした。
声のした方へ丹子が顔を向ければ瀧本と目が合う。
「すいません」
「いや、大丈夫」
小声で謝ると瀧本は小さく笑った。
訓練が終わった後、バディのうちどちらか一方だけ連絡事項があるため残るように言われた。
たいてい残るのは丹子で、三嵩は任せると言ってさっさと帰って行った。
会議室に移動した丹子の隣に座ったのは瀧本で、瀧本も相手が弥生であるため同じ口である。
ぼうっとしていた丹子を瀧本は肘でつついてくれたようだ。
完全に別のことを考えていた丹子は慌ててメモを取り始める。
説明が終わるころにはなんとか巻き返すことができて、ほっと胸をなでおろした。
「大丈夫か?疲れてるみたいだな」
「すいません、ありがとうございます。あんまり疲れてる自覚はなかったんですけど」
「そうか?すごいな。俺はいつも訓練の後はへとへとだ」
そう言って笑う瀧本はいつもと変わらず笑っていた。
「ご迷惑おかけしました」
「こんなの迷惑のうちに入らないさ。これでも長月と長いことバディやってるからな」
確かに弥生とうまくやっていけているということは、それだけ振り回されている回数も多いということだ。
丹子もつられてくすりと笑う。
「そういえば、新生はもう聞いたか?」
「何をですか?」
「聞いてないか。新システム導入について」
「新システム?」
聞き返すと瀧本は俺が一番だったのかと呟いて頬をかく。
首をかしげる丹子を見て瀧本は苦笑いした。
通達が来るまで知らないふりしておいてくれよと前置きしてから話し出す。
「特異体質については覚えているか」
「特異体質ってあの、虹彩波のですか?」
「そうだ」
特異体質。
軍で使用される武器はすべて虹油加工されている特別製であり、使用時に虹彩波と言われる衝撃波が生まれる。
それに敵を巻き込むと効果的に敵を殲滅できる。
虹彩波は凄まじい衝撃を与え、まともに当たれば人間ではひとたまりもない衝撃波であるが、なぜかそれを与えられても他の人間より軽傷で済む者がいる。
それが特異体質である。
「でも、特異体質を持っている人間はごく少数ですよね」
「ああ、そうだ。今までもRSDF内でも数えられるほどしか確認されなかったし、特異体質保持者は短命だからかなり貴重だ」
「確か、現隊員の中では雪村一尉お一人しかいないんでしたよね」
有名な話だ。
歴代の特異体質保持者の中でも最も戦果を挙げている雪村康介一尉。
生きる伝説として今も数々の戦果を残している。
「出たらしいぞ」
「出たって何がですか」
「新しい特異体質保持者」
「・・・マジですか」
「それも、今年の新人女子隊員」
「それは、期待のルーキーですね」
「18だってさ」
「ひー、若い」
18と聞いて丹子は眩暈を覚える。
「加えて、雪村一尉より相当力が強いらしくて、育てるのに物凄い力を注いでいるらしい」
「もしかして、新システムって」
「そう。その子のために考案された新体制らしい。彼女が即戦力として活動できるように配慮しながら作戦を実行する班を試験的に確立するらしい」
「はあ、すごいですね。なんか」
もし自分が特異体質を持っていたらと想像するだけで丹子はぞっとする。
隊からの重圧が重すぎてつぶされてしまいそうだ。
きっと、その噂の新人も振り回されて可愛そうなことになるんだろう。
「他人事じゃないぞ」
「へ?」
「新生もその班員の一因だからな」
「え、私もってことはまさか、瀧本さんも」
「ああ」
更に眩暈がして丹子は頭痛を覚える。
丹子と瀧本が一緒ということは三嵩と弥生も一緒ということだ。
弥生も一緒なのは百歩譲っていいとして、三嵩と瀧本は犬猿の仲で有名である。
と言っても一方的に三嵩が瀧本を嫌っているだけではあるが。
なぜその二人を同じ班に入れてしまったのかはまったくの謎であるが、ミスとしか言いようがない。
「ちょっと、頭が痛いです」
「まあ、仲良くやろう」
そう言って何も考えてなさそうな瀧本が笑う。
丹子は先のことを考えると具合が悪くなりそうで、部屋へ帰る足取りが重くなった。
部屋に帰ると、室内は真っ暗だった。
先ほどの会議室にいなかった弥生は既に帰っているものだと思ったが、どうやらどこかへ行っているらしい。
服を着替えてシャワーの用意を持ったところで玄関のドアが開いた。
「遅かったね」
「もー!つっかれた!!」
靴や靴下ををぽいぽいと脱ぎ散らかしながら入ってきた弥生はどすりと部屋の真ん中に倒れこむ。
「もう、いい加減!!いい加減にしろと私は言いたい!!」
「あー。あれか」
床の上で両手両足をばたつかせる弥生が邪魔で軽く踏みつけながら歩くとぎゃっと悲鳴が上がった。
「勧誘?」
「そう!何回も何回も断ってるのにさ!まったく聞く気ゼロ!もしくはすぐに忘れちゃうただの鳥頭!?」
クッションに顔をうずめてばたつく弥生は相当ご立腹のようだった。
それもそのはず、弥生には定期的にアシストからマスターへ変更するように辞令が出ており、弥生はそれを突っぱねているのである。
弥生の体力は隊内トップクラスであり高い機動性を持っていることから、高い評価を得ている。
戦闘成績のよい隊員のほとんどはマスターになることが多いが、基本的にバディの組み合わせに細かな規定はないため最終的にはそれぞれの自由である。
丹子は弥生の性格上マスターにして野に放つのは恐ろしいと考えるため、本人もアシストを熱望しているのならそのままでいいと思っている。
「まあ、でもそれだけ成績いいのにアシスト側なのは珍しいもんね。上もそれだけ評価してるんでしょ」
「それはそうなんだけどさ!男は引き際が肝心なわけよ!」
「謙遜しろ」
こんな会話をするのももう何回目だ。
「今回は本当にしつこかったのよー」
「あー・・・」
新システム導入に向けて調整を行っている最中であるため、有望な隊員はマスターに引き込みたかったのはなんとなく想像がついた。
「まあでも、断り切れたのならよかったじゃん」
「まあね。本当疲れたー」
「癒しにお風呂いこ」
「いこいこ!今日は酒飲むぞー!」
弥生は首跳ね飛びで立ち上がると鼻歌混じりで準備を始めたのだった。
「とうとう今日ですね」
「ああ」
さっさと歩き始める三嵩の後を小走りで追いかけながら声かける。
今日は新体制が始まる初日。
期待のルーキーと初対面の日であり、犬猿の仲の2人が合いまみえて共同して活動を始めるその日でもある。
心なしかいつもより三嵩の歩みが遅い気がした。
「おはようございます」
集合場所の第一会議室へ集まるとそこには既に全員が集まっていた。
室内から一斉に視線が集まる。
「遅れてすいません」
敬礼すると一番奥に立っている人物が声をかける。
「いや、集合時間までまだ15分あるからな。早すぎるくらいだ。まあ、全員そろったなら早いけど始めるぞ」
そう言った人物は一同を見渡してから続ける。
「今回の新体制始動にあたってこの6名で構成される特別作戦班(Special Operation Squadron)、通称S班の班長を務めることになった雪村康介だ。よろしく」
知っています、知らない人などいない。
そう思ったのは丹子だけではないはずである。
ちらりと視線を部屋の隅へやると、見たことのない顔の女子がじっとこちらを見ていた。
「このチームは抗争の中でも特に難しい作戦を専門に遂行することを想定して新たに作成されている。そのため君たちメンバーはそれぞれ優秀な成績を収めており、隊からも高く評価されている者たちである。各々がその事実を受け止め、誇りを持ちながらこれからのミッションに臨んでもらいたい」
隣に立っている三嵩は言わずもがな、剣士成績No.1であり、丹子の反対隣にいる瀧本は狙撃手成績No.1、その隣の弥生は基礎身体能力NO.1である。
丹子がこの場にいることに負い目を感じるメンバーの圧巻ぶりではあるが、三嵩のバディであるからには仕方がない。
ただ胸を張って隣に立つ、それだけである。
「まあ、班長らしいかしこまった挨拶はこの辺にしておいて、みんなが興味津々だろう新人を紹介する。春風三士、前へ」
雪村に促されて隅から雪村の隣に並んだその少女は緊張しているのか硬い表情を浮かべていた。
「春風さゆり三等隊士です。よろしくお願いします」
「噂で知っていると思うが、春風は特異体質保持者だ。能力は歴代最高。虹彩波の影響は微塵も受けない」
「微塵も?」
今まで黙っていた弥生が初めて口を挟む。
雪村が頷くと弥生はへぇと感嘆の声をあげた。
ふらりと一歩前へ踏み出すと、春風を上から下まで舐めるように見渡しながら彼女の周りをぐるぐると周る。
春風は居心地が悪そうにひきつった表情で弥生を眺めていた。
「それは雪村一尉よりも強力ということですか」
三嵩がそう尋ねると雪村はにやりと笑った。
「俺は衝撃を和らげる程度だからな。まともに食らえば普通に怪我はする」
「・・・」
三嵩が春風をじろりと見つめる視線はこんな小娘にそんな力があってたまるかといった疑いの眼差しだった。
春風が委縮するように肩をすくめる。
「まだ春風は実戦経験がほとんどない。が、今後はマスターとして活躍が期待されている。新人の教育や指導はそれぞれが協力して行うように。新人がミスをするのは当たり前。それをカバーできないのは上司の責任だ。この新チームで成果を上げて俺は将来的にはRSDF内で隊将の階級を手に入れるつもりでいる」
雪村が腕を組んでにやりと笑った。
隊将。RSDF内で最高の階級、最大の名誉である。
それをこの人は不敵な笑みで言ってのける。
「全員、それくらいの熱意を持ってあたってくれ。そのためなら俺も今まで培った経験や知識を伝えることを惜しまない」
この人が言うと本当に隊将が実現してしまいそうで少し怖い。
「質問です。春風三士のアシストはもう決まっているんですか?」
手を挙げたのは瀧本。
確かに、この班の中にはそれに該当する人物はいない。
「目の前にいるだろ」
「おっしゃっている意味が、」
「俺が春風のバディだ」
「・・・・・ええ!?」
丹子、瀧本、弥生の声が綺麗に重なった。
雪村一尉は歴代で最も優秀なマスターのうちの一人である。
その人物がアシストに回るなどありえない話だ。
「アタシが言うのもあれだけど、それは考え直した方がいいと思います!」
一番に声を上げたのは弥生。
それを見て雪村は笑った。
「なぜ?」
「優秀な人材はマスターになるべきです」
三嵩が生真面目に答えると雪村は首をかしげた。
「なぜ?誰がそう決めた?」
「決まってはいませんが、雪村一尉ほどの実力者がアシストに回っては勝てる抗争も勝てません」
「虹油自衛隊 隊規 第三章 第一条 隊員は隊員同士対になって行動しなければならない。この組み合わせは各々の能力を尊重し、高め合う者でなければならない」
「・・・」
「誰がマスターで誰がアシストになるかの規定はない。お互いが協力して倍以上の力を出せれば隊規には反しない。そして俺はこの組み合わせならそれが可能だと判断している」
そう言い放った雪村を見て三嵩と春風が苦い顔をした。
春風にかかるプレッシャーはそれだけ大きいということだ。
「まあ、不満はあると思うがそれは終業後にまた個人的に聞こう。とりあえず今日は今後のスケジュールについて確認するぞ」
そう言って用意した資料を配り始め、班員が席に着いたところで丹子は小さく胸を撫で下ろした。
この班は今後どうなっていくのか。
その展望が丹子には全く見えないままだった。
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